ヤマト運輸で宅急便ビジネスを築き上げた小倉昌男氏は、自分から離れた遠い知と、今自分が持っている知を組み合わせる「知の探索」を実践しました。小倉氏の名著 『小倉昌男 経営学』 (日経BP)を、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。

3つの学習姿勢

 ヤマト運輸で宅急便ビジネスを築き上げた名経営者、小倉昌男氏が自身の経験と教訓をまとめたこの本は、まさに『経営学』というタイトルにふさわしいものです。特に本書の神髄は「学習の経営学」にあります。

 それを端的に表すのが第2章冒頭の「経営とは自分の頭で考えるもの」という言葉です。小倉氏は「学習を止めない人」です。経営には絶対の正解はなく、それでも経営者は「決断」をしなくてはなりません。経営者は常に自分の頭で考え続ける必要があり、学習しなければならないのです。

 本書からは小倉氏の3つの学習姿勢が読み取れます。それらは「学術的な」経営学の理論と見事に符合するのです。

 第1はエクスプロレーション(「知の探索」)という理論です。新しい知見・アイデアは「既存の知」と「別の既存の知」の新しい組み合わせで生まれます。

 しかし、人の認知には限界があり、近くの知だけを組み合わせがちです。よって新しいビジネスアイデアを出すには、自分とは一見関係ないことを幅広く探索し、学ぶことが有用です。

 第2章では、小倉氏が様々なセミナーや講演に出席し、得た知見を試行錯誤しながらヤマトの経営に反映させていった様子が描かれています。例えば1976年、当時の通商産業省外郭団体の若い研究員の話に驚かされます。「製造業とサービス業ではビジネスの根本発想を変えるべきだ」との主張でした。

小倉昌男氏は様々なセミナーや講演に出席したという(写真/shutterstock)
小倉昌男氏は様々なセミナーや講演に出席したという(写真/shutterstock)
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 製造業は一般に商圏が広く、在庫を抱えながら長期で売っていきます。サービス業は商圏が狭く、運輸業・ホテル業などは在庫を持てません。製造業のような大規模の少数拠点ではなく、小規模で多数拠点を持つことが重要という、真逆の発想が必要なのです。

 当時は両者の違いなど議論されておらず、小倉氏はこの話から学びを得ました。結果として、今は全国に約20万以上ある小商圏の取次店を中心とした、宅急便ビジネスの発想に行き着くのです。

小倉氏はたとえ上手

 ここからは、別の角度から小倉氏の知の探索を考察してみましょう。私は「一般に知の探索力が高い人は、ものをたとえるのが上手」という特徴があると考えています。

 知の探索とは、自分から離れた遠い知と、今自分が持っている知を組み合わせることです。知を探索する人は「自分の現在のビジネスが遠く離れた分野の言葉・ロジックではどう表現できるか」をよく考えます。

 実際、この「たとえる力」すなわち類推思考(Analogical Thinking)が人・組織の創造性に欠かせないことは、経営学でも主張されています。

 例えばスタンフォード大学のロバート・サットン教授らが1996年にAdministrative Science Quarterlyに発表した論文では、世界で最も創造的と言われる米デザイン会社IDEOの事例分析から、同社が類推思考で数々の革新的なデザインを生み出してきたことを明らかにしています。

 (これは私がIDEOの人から直接聞いた話ですが)、同社が病院の手術室のデザインをしたときは、なんと自動車レースのピットインを参考にしたのだそうです。

 皆さんもテレビで見たことがあるかもしれません。自動車レースでは車がピットインすると、飛び出してきた数名のピットクルーが、一瞬のうちにタイヤを付け替えたり、ガソリン補給をしたりします。医師・看護師など数名が役割分担をしながら、一瞬で作業する病院の手術に似ているのです。

 IDEOのデザイナーたちは、この類推から新しい手術室のデザインを生み出しました。

配達員はサッカーのフォワード

 本書を読むと、小倉昌男氏もまた「たとえ・類推の名人」であることがうかがえます。例えば、小倉氏は自社の宅急便ビジネスの営業活動を行う配達員には「寿司屋の職人であってほしい」と述べます。

 寿司屋は、(1)朝、魚河岸で仕入れ、(2)魚を必要な形にさばき、(3)お客が来ればネタの説明をし、(4)世間話をしてお客の機嫌をうかがいながらセールストークをして、(5)お客さんの満足度を高めてリピート客を増やす──のが、成功の要件です。

 同様に配達員も、(1)送り主の家や取次店に出向いてモノを受け取り、(2)それらを必要な形に梱包し、(3)自社サービスや発注方法などをお客さんに説明し、(4)世間話をしながらセールストークをして、(5)満足度を高めてリピート率をあげる──必要があるからです。両者に求められるものはよく似ている、と言うのです。

 ちなみに小倉氏は配達員を、サッカーのフォワードの選手にもたとえています。いくら中盤や守備の選手が頑張っても、試合を決めるのは点をとるべきフォワードです。フォワードには、とっさにシュートを打つか打たないかの判断力が求められます。これはお客さんと相対して「受注を決める」最前線にいて、しかもとっさの機敏な判断が求められる配達員の要件そのものです。

 私は「たとえ話をすれば名経営者になれる」と言いたいのではありません。経営者に必要なのは「知の探索」を続ける態度であり、その結果として「たとえ話がうまい人」になるのでしょう。

 他にも、例えば日本電産の名経営者である永守重信氏も、自社のM&A(合併・買収)戦略を「小さな会社をコツコツ買って成功させる」という意味で、野球のイチロー選手の打法にたとえています。やはり知の探索ができる名経営者は、たとえ話が上手になるもののようです。

『小倉昌男 経営学』の名言
『小倉昌男 経営学』の名言
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人を幸せにする経営の極意

「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親、戦後40年間でヤマト運輸を日本屈指のエクセレント・カンパニーに押し上げた希代の経営者、小倉昌男氏。政財界からジャーナリズムに至るまで数多くの支持者がいた小倉氏が自ら筆を執り、書き下ろした著作。

小倉昌男著/日経BP/1540円(税込み)