米シリコンバレーのトップクラス投資家、クリス・ディクソンが25年間のソフトウェア業界でのキャリアを基に、インターネットがこれまで経てきた時代と向かうべき未来を語る新刊『Read Write Own』から一部抜粋・編集して解説する。初回は、大手テック企業が初期段階ではサードパーティの開発を奨励するがネットワークの規模が大きくなると相互運用をやめてしまう問題や、企業が運営するソーシャルネットワークの不透明さを解説する。

 フェイスブックとかつて親密なパートナーだったゲームメーカーのジンガとの関係の変化が、この問題を象徴している。2007年の創業以来数年間、ジンガのゲームはフェイスブックで最も人気のアプリだった。「ジンガ・ポーカー」、「マフィア・ウォーズ」、「ワーズ・ウィズ・フレンズ」などのヒット作が数千万人ものユーザーを引きつけていた。雑誌「ニューヨーク・マガジン」の2011年の記事は、ジンガの最初の主要なヒットゲームである「ファームヴィル」を引き合いに出し、同社の人気を次のように説明している。「フェイスブックをそれなりに使っているほとんどの人(いまやほぼ全員)が、“牛をもらいうけよう”というリクエストを受け取ったことがあるはずだ」

 ジンガのこのゲームは大金を稼いだ。2012年までに、デジタル家畜の販売を含め、ジンガのゲームはフェイスブックの収益の2桁%を占めるまでに成長していた。ウォール街のアナリストたちは、ジンガがフェイスブックの売上に占める割合が大きいことを重大なリスクと指摘している。ジンガは独自のゲームプラットフォームにユーザーを引き連れて行ってしまうかもしれない。そこでフェイスブックは収益源を多様化し、ジンガとのパートナーシップを断ち切ることにした。これによりジンガは倒産間際まで追い込まれたのである(ジンガはその後、再編に数年注力してから事業を再開し、2022年にゲーム会社「テイクツー・インタラクティブ」により127億ドルで買収されている)。

集客と搾取のサイクル

 この事例は、相互運用は特定の状況下では大規模なネットワークに利益をもたらすが、ライバルにもたらす利益のほうが多くなる可能性を示している。このトレードオフは、最初のうちは両者間の協力を促進し、しばらくすると競争を促進する。

 私はこれを「集客と搾取のサイクル」と呼んでいる。企業ネットワーク(フェイスブック、Xなど企業が運営するネットワーク)でこれが起きることは避けられない。補完財(コーヒーに対するコーヒーフレッシュのような一緒に使われる製品)にとって、協力から競争に転じる企業ネットワークの振る舞いは裏切りのように感じられる。しばらくすると優秀な起業家や開発者、投資家は企業ネットワークを活用した事業に手を出さなくなった。この数十年の間に、こうした事業はうまくいかないことが何回も証明されたからである。

 これによりどれほどのイノベーションが失われ、世界の不利益になったかを定量的に測ることは難しい。企業ネットワークがコミュニティ所有のネットワークのままだった世界線を覗き見ることに最も近い方法は、メールやウェブを活用した事業の活動と比べることだろう。誕生から数十年経った今でもこれらのネットワークを使った活動は盛んだ。毎年、何百万ものウェブサイトやニュースレター、ソフトウェア会社、メディア企業、小規模なECサイトをはじめとする事業が立ち上がっている。

 私を含め、一部のスタートアップの創業者や投資家は、騙された気分になって企業ネットワークモデルから遠ざかった。とはいえ、高い志を持ち、企業ネットワークの運営企業で働いている知り合いもたくさんいる。人が悪いのではなく、ネットワークの設計に原因がある。ネットワークの運営と参加者の利害が一致せず、結果としてユーザーにとって悪い体験が生じているのだ。

ウェブは第2幕で読み書きの時代へ

 不透明さは、企業ネットワークのもうひとつの欠点だ。アルゴリズムによるランキング、スパムのフィルタリング、デプラットフォームによる排除が営利企業のブラックボックス内で実行されていると、人々はサービスを信頼できなくなる。なぜアカウントが停止されたのかわからない。なぜアプリストアでのアプリの掲載申請が却下されたのかわからない。なぜ以前ほどソーシャル上で他のユーザーから反応を得られなくなったのかわからない。企業ネットワークは人々の生活に影響を与える重要なツールとなり、常に議論の的となっているが、人々の期待に応えられていない。経営陣は変わるかもしれないし、企業の方針や価値観は個々人が支持するものと同じだったり、そうでなかったりする。もう一度言うが、問題はネットワークの構造にある。誰もが企業の気まぐれに従わざるをえない仕組みになっているのだ。

 これをプロトコルネットワーク(メールやウェブのようなオープンなネットワーク)の透明性と比べてみよう。メールやウェブは、法律への準拠を求める組織の集まりと、技術的な決定を行うユーザーやソフトウェア開発者のコミュニティによって管理されている。どちらもオープンで民主的だ。クライアントソフトウェアはモデレーションやフィルタリングを自由に追加できる。ソフトウェアの機能に満足できないユーザーは、フォロワーや友人を失うことなく別のソフトウェアに乗り換えられる。コミュニティに決定権がある。ステークホルダーが増えるほど、ネットワークへの信頼は増す。

 フェイスブック、ツイッター、リンクトイン、ユーチューブなどの企業ネットワークの良いところは、この20年間、インターネットの成長に大きく貢献した点だ。2007年に登場したiPhoneと、翌年に登場したアップストア(AppStore)により、ワッツアップ、スナップ、ティンダー、インスタグラム、ヴェンモをはじめとする有用なネットワークが次々と誕生した。これらの企業ネットワークは、50億のインターネットユーザーに洗練されたサービスを届けた。インターネットに接続できる誰もが発信者になり、フォロワーを増やせる。場合によっては生計を立てることも可能になった。

 企業ネットワークは、ウェブサイトの作成やメールだけを使うよりもはるかに効果的で、幅広い人に発信するためのハードルを大幅に下げた。専門知識がなくても、たくさんの手間をかけなくても、それができるようになったのである。この点で、企業ネットワークはプロトコルネットワークを改良した。ウェブの第2幕では、2000年代初頭の技術者たちの目標であった「読み取り専用」から「読み書き可能」に、インターネットがアップグレードしたのだ。

有用なネットワークが50億のネットユーザーに洗練されたサービスを届ける(写真:Jess rodriguez/stock.adobe.com)
有用なネットワークが50億のネットユーザーに洗練されたサービスを届ける(写真:Jess rodriguez/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

ウェブは第3の時代へ進む

 企業ネットワークは、優れた機能と持続的な資金調達の手段によってプロトコルネットワークを超えた。初期のインターネットの遺産であるメールとウェブだけが、企業ネットワークの集中化の力に屈しなかった。その理由はプロトコルネットワーク特有の背景と持続性、そしてこれらのサービスを使う習慣が定着していたからだ。「リンディ効果」のおかげである。リンディ効果とは、あるものが存在している期間が長ければ長いほど、生存する可能性が高くなるという現象だ(ただし、想像しづらいかもしれないが、これらのプロトコルネットワークが企業ネットワークに取り込まれる可能性は残っている)。

 その後に登場したプロトコルネットワークにそのような力はなかった。30年の試みの中でどんなに優れたプロトコルネットワークも、一部のコミュニティで採用される以上の成功を収められていない。いまやプロトコルネットワークは珍しくなり、新しいものが登場しても必ずと言っていいほどユーザー集めに苦労してしまう。そして企業ネットワークが新しいプロトコルネットワークを繁殖力の高い植物のように侵略し、乗っ取ってしまうのだ。成長しているプロトコルネットワークでも、「集客と搾取のサイクル」に陥る利益追求型のネットワークに屈してしまう。これがツイッターとRSSをはじめ、多くの対決で起きたことだ。企業モデルはあまりに効果的なのである。

 しかし、ソフトウェアは探求の余地がある創造的なメディアであり、インターネットは完成形にはまだ程遠い。新しい構造のネットワーク、具体的にはプロトコルネットワークと企業ネットワークのいいとこ取りをしたブロックチェーンベースのネットワークは、企業ネットワークの問題を解消できる。開発者やクリエイター、消費者の全員に利益をもたらし、インターネットを第3の時代へと進ませるのだ。

(翻訳=大熊希美)

米シリコンバレーのトップクラス投資家、クリス・ディクソンが25年間のソフトウェア業界でのキャリアに基づいて、より良いインターネットのビジョンとその実現方法を提示します。今日のインターネットは一部の大手テック企業の支配下に。これを正し、開発者、クリエイター、ユーザーなどのコミュニティに権益を与える本来のオープンなネットワークを取り戻す鍵となるのがブロックチェーン技術です。本書を読めば、ブロックチェーンの本来の力によってどのようにインターネットを再創出し、それが私たちの未来にどのような影響を与えるのかを理解できます。

クリス・ディクソン 著/大熊希美 訳/日経BP/2420円(税込み)