私たちは日々の生活において様々な情報を得て、それを基に決断し、行動する。しかし、なぜか集団や組織となると、その基本がないがしろにされがちである。典型例が太平洋戦争の開戦であり、日本は米国に勝てないと分かっていながら、戦争に突き進んだ。恐らく日本の組織は「組織内で情報より重視される要素があり、それが優先された結果、情報を軽視している」ように見える。ここでは、国家が収集する秘密情報とそのための活動=インテリジェンスについて詳解する新刊『教養としてのインテリジェンス エピソードで学ぶ諜報の世界史』(小谷賢著)から旧日本軍の情報運用に関して抜粋、どこに問題があったのかを検討する。第1回は「インパールの悲劇」を題材に。
「情報」はつかめていたが、“新しい戦争”に対応できず
旧日本軍、特に陸軍では情報収集の重要性についてはよく認識されていたと言っても良いだろう。第一次世界大戦後の世界の趨勢に追いつくため、陸軍は1923年にポーランド参謀本部のヤン・コワレフスキー大尉を招聘(しょうへい)し、当時最先端の技術とされていたソ連の暗号を解読する方法について学ぶだけでなく、1924年には千葉の下志津(しもしず)陸軍飛行学校において、航空機による写真偵察要員の教育訓練を開始している。
また、1931年の満州事変以降、陸軍の特務機関が中国大陸に派遣され、現地の情報を収集していた。つまり情報収集に限って言えば、旧日本軍は様々な手段を駆使し、積極的に情報を収集していたことが窺(うかが)える。問題はそうやって収集した情報を活用する段階に問題があったと推察される。
日本陸海軍において情報部は設置されていたが、情報の運用については作戦と情報が混在している状況だった。つまり作戦立案過程や指揮命令において、情報は漠然と組み込まれてはいるものの、情報が主体となって作戦や指揮命令に判断の基盤を提供する、という欧米流の考えが根付いていなかったのである。
これは日本が第一次世界大戦に本格的に参戦しなかったことの影響が大きく、日本軍の情報運用は日露戦争で止まっていたともいえる。日露戦争はまだ「限定戦争」の延長で、戦場で敵軍に打撃を与えて講和に持ち込むという形であったから、とにかくまずは作戦戦闘で優位に立てば良かった。
しかし第一次世界大戦は従来の戦争とは比較にならない複雑な総力戦となり、そこでは軍事情報だけではなく、経済力や産業力、国民の士気、同盟国の意向など様々な情報を収集し、それを戦争指導や作戦戦闘に反映させる戦いに変化した。日本が第一次世界大戦を経験しなかったことで、その後の日中・太平洋戦争期になっても、とにかくまずは戦場で相手に打撃を与えれば良いという考えが根強く残り、それは作戦重視の傾向となって顕在化した。
特に太平洋戦争中は作戦ありきの傾向が強く、陸軍参謀本部作戦部で作戦計画が立案され、その計画に合致するような情報のみが情勢判断として貼り付けられた。太平洋戦争中に情報・宣伝・謀略を担当する参謀本部第二部長を務めた有末精三中将によると、作戦部に呼ばれて作戦室に入ったのは、1944年のインパール作戦直前の一度きりであった。
「情報の政治化」と「ベスト・ケース・アナリシス」と
インパール作戦は、牟田口廉也司令官が率いた、英領インド帝国のインパール攻略の作戦である。家畜を連れていく、敵軍の食糧でまかなうなどの安易な兵站(へいたん)無視の姿勢、無謀な計画から「史上最悪の作戦」とも言われ、死者約35万人、戦傷病者約4万人以上を出した。
しかもその時、有末は作戦計画に反対したにもかかわらず、その意見は黙殺されたという。これは参謀本部内における組織力学が、作戦部優位に傾いていた証左だろう。
そうなると作戦部の計画に反するような情報は、たとえそれが正確なものであっても、無視されるか曲解されることになったのである。これを一般的には「情報の政治化」と呼び、世界各国の情報機関でも繰り返されてきたが、日米関係史が専門のハーバード大学のマイケル・バーンハート教授は、特に旧日本軍の情報運用を「ベスト・ケース・アナリシス」と呼んでいる。
これは日本陸海軍が常に自分たちに都合の良い状況判断や希望的観測を基に、作戦を立案していく有様(ありよう)からそう名付けられた。しかし、戦争のような究極の危機管理ともいえる状況にあっては、むしろ「ワースト・ケース」を想定して、刻々と入って来る情報を基に柔軟に対応してくことが基本である。ところが、陸海軍は情報に基づかない「ベスト・ケース」を想定して戦争を戦い続けたのである。
問題の背景には、旧日本軍が情報によって勝利を収めたという成功体験が希薄だったことや、部内の規範や要領に、「作戦は情報を基に作成される」、「指揮命令は情報に基づくものとする」という考えがなかったことがある。そのため、部内の教育においても情報より作戦が優先され、情報を重視するカルチャーが組織に定着しなかったものと推察される。
情報軽視の風潮が部内で広まれば、作戦参謀や司令官は主観的な判断と人間関係を重視するようになる。その結果、誰が見ても成功の可能性の低いインパール攻略のような作戦が実行されるに至ったのである。

小谷賢著、日本経済新聞出版、1320円(税込み)
