元財務官で、ミステリマニアとしても知られる渡辺博史さんは2025年10月、全米を踏破した自身の体験と読書遍歴をもとに、大著『 ミステリで知る全米50州 』(早川書房)を刊行。本書にはアメリカの広大さ、多様性、時代の変化が詳細に描かれている。渡辺さんインタビュー第1回は、アメリカの地域の違いが分かるミステリについて。
若き日の全州踏破経験を盛り込む
ミステリ作品の描写をもとに、アメリカ50州の特徴をまとめてみようと試みたのが、本書『ミステリで知る全米50州』(早川書房)です。私は1974年夏から76年夏までの2年間、アメリカ北東部、ロードアイランド州プロビデンスにあるブラウン大学大学院に留学していました。その2年の間に断行したのが、米国50州全踏破です。本書の項目には、そのときに見聞きしたことを盛り込んでいます。
本書の執筆を具体的に考えるようになったのは、1993年、早川書房から『ミステリで知る世界120カ国 開発途上国ミステリ案内』を刊行した後でした。次はアメリカかなと、少しずつ準備を始め、本格的に執筆を始めたのが2024年夏頃。早川書房には引用部分のチェックを始め、ご苦労をおかけしました。
私がこれまで読んできたミステリはおそらく8000冊ほど。内訳は国内外で半々。海外作品4000冊の中で2500冊ぐらいはアメリカを舞台にしたものです。アメリカは実に多様であり、人種や宗教、気候風土、産業、ジェンダー観などが地域によって大きく異なります。
各地に行った経験があるからこそ、そうした多様性に興味がかきたてられました。ミステリ作品を読む中で、地域の暮らしや風土についての描写など面白いと思った箇所を見つけると、ページの角を折ってまずはワープロに、その後はパソコンに入力していきました。本書は、そうした記録をマサチューセッツ州に関する引用、ロードアイランド州に関する引用というように州ごとに分類、さらにはホテル、ビール、ファストフードのようにテーマ別に構成しました。アメリカ留学時に読んだ本から最近出版された本まで、約270冊を紹介しています。
執筆を思い立ったきっかけは、ロードアイランド州という全米最小の州を舞台にしたミステリが、日本物にも海外物にもあることに気づいたから。それならばミステリ作品の引用をもとに、アメリカ各地を紹介してみたらどうか、50州すべてカバーできるのではないか、と考えました。
でも、これは大きな間違いでした。45州ぐらいまでは順調に見つかったのですが、残り5州で非常に苦労しました。原則として日本語の翻訳が出ている作品に限ったので、とりわけノースダコタ州については最後まで難航し、ようやく1冊を見つけて“全米”にすることができました。本探しに際しては、故・西尾忠久氏によるミステリ・データベースに大いに助けられました。
連続殺人犯が犯行現場を再訪する旅
アメリカの多様性がよく分かるミステリ作品4冊を挙げてみましょう。アメリカは太平洋から大西洋まで本土48州を横断するだけでも4000キロ以上あります。州の違いだけでなく、シティ、カウンティ、タウン、ビレッジという地方自治体のレベルごとに、独自の文化を形成しています。そんなアメリカの地域の違いを知ることができるミステリの1つが、『旅行者(上・下)』(ジョン・カッツェンバック著/堀内静子訳/ハヤカワ文庫)です。残忍な連続殺人犯が、かつての犯行現場を再訪する旅はアメリカの東半分をほぼ網羅しており、各地の描写は見事で、ミステリ作品としても優れています。
「マンチェスターは、かつて賑(にぎ)やかな工業の町として栄え、がっしりした煉瓦(れんが)造りの建物や工場が並び、ニューハンプシャーの晩夏の濃い緑につつまれて、いまなおあちこちにブルーカラーの汚れと重労働の跡をとどめていた」(『旅行者』)
『 とむらい家族旅行 』(サマンサ・ダウニング著/唐木田みゆき訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は、主人公が、南部のジョージア州アトランタを起点に北西へとアメリカ大陸を斜めに横断しています。著者注にある通り、作中のモーテルとレストランは全て架空ですが、アトラクション、観光名所、博物館は全て実在します。ロードムービーであり、車内やモーテルという閉じられた空間で進む物語です。20年前の旅と現在の旅が語られ、ところどころに顔を出す祖父のコメントにおかしみがあります。
「祖父はアーカンソーを、最も過少評価されている州だと言った。なぜなら、見るべき変わったものがいっぱいあるからだ。エルビスが軍隊へ入る前に髪を刈ってもらった場所、ウォルマートの発祥の地、ビル・クリントンにまつわるいくつもの名所。合法的な人体解剖がおこなわれた最初の州であることを示すモニュメントは言うまでもない」(『とむらい家族旅行』)
ニューヨークの多様性が見える
ミステリを通じて都市が持つさまざまな表情を読み比べることもできます。特にニューヨークは作品の舞台になることが多く、作家ごと作品ごとに見える部分が違ってきます。『 二流小説家 』(デイヴィッド・ゴードン著/青木千鶴訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)はブルックリンやクイーンズなどのディープなサブカルチャーの世界や、民族ごとの異なる生活スタイルなども含めてニューヨークの街のざわめきがたっぷり描かれています。ニューヨークに行く前にこれを読んでおけば、また違った楽しみ方ができるかもしれません。といっても、あまり危なっかしいところに行っていただいては困りますが。
同じニューヨークが舞台、作家が主人公と共通点は多いのですが、『 人生は小説 』(ギヨーム・ミュッソ著/吉田恒雄訳/集英社文庫)はまた違った表情の作品です。そこで描かれるニューヨークは、フランス人である著者のアメリカに対する、そこはかとない批判的な視点がうかがえます。ニューヨークが大都会だからといって、アメリカ人の誰もが憧れを持っているわけではありませんし、本書は外国人がどう見ているのかを知ることができる作品です。
人口の多い大都市で犯罪が起きるのは当たり前で、都市は多くのミステリで舞台となります。その中でも発表作品の数が多いことから、ミステリ界で「アメリカ十大犯罪都市」と呼ばれるものがあります。まずニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴが三大犯罪都市で、その後にデトロイト、サンフランシスコ、ニューオーリンズ、マイアミ、シアトル、セントルイス、ダラスと続きます。それぞれの街で活躍する探偵小説も無数に存在します。
一方で、ニューヨークのイーストリバーで死体が見つかっても、それほど驚きませんが、田舎の町にある清流に死体が浮いていると、町の人にとっては衝撃的です。きれいで平和そうな街にも、いろいろな悪が潜んでいるんだよというところも、ミステリの魅力だと思います。
(第2回に続く)
取材・文/中城邦子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也





