元財務官で、無類のミステリマニアとしても知られる渡辺博史さんは2025年10月、全米を踏破した自身の体験と読書遍歴を基に、『 ミステリで知る全米50州 』(早川書房)を刊行した。本書ではアメリカの広大さ、多様性、時代の変化が詳細に描かれている。渡辺さんへのインタビュー第2回は、人種問題を扱ったミステリについて。
「レッド」「ブルー」「スイング」の色分けを知る
大学院留学中の2年間、夏休みを使って行った全州踏破では、地図を見て一番効率的と思われるコースを入念に考えました。なんと言ってもアメリカは横に広いだけでなく、縦にも四重五重に州が連なっています。抜けてしまってからでは戻るのは大変ですから。
最初の年は車がなかったので、飛行機で第一目的地まで行き、そこから先はローカルバスや長距離バスを利用しました。2年目は車を購入したので、毎朝スーパーマーケットで氷、パン、ハム、ジュース、ミルクなどを購入してアイスボックスに詰め、あらかじめ調べておいた景色の良い場所で昼食をとる。国立公園があれば立ち寄るなどしながら、1日平均600kmほどを走るという行程でした。
『ミステリで知る全米50州』で各州を紹介するときは、可能な限り日本人にとって「よく知られていない」州都を舞台にした作品を紹介することを心がけました(ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、マイアミは州都ではありません)。加えてそれ以外の都市、田舎の中から私が実際訪れたところを優先しています。
それぞれの州については、共和党支持の「レッドステート」か、民主党支持の「ブルーステート」かを明記しました。というのも政党支持の「赤・青」の色分けが固定化し始めており、2024年の大統領選挙では、わずか7つの州が「スイングステート」(支持率が拮抗し選挙のたびに勝利政党が揺れる州)と報道されました。本書では過去25年間のデータに基づき、15州を「スイングステート」として扱っています。
逆に言えば、25年間で7回の選挙があり、大統領は民主党と共和党の間で交代しているにもかかわらず、一貫して同じ政党を支持し続けている州が多数あるということです。この色分けを背景として知っておくと、各州の政治・経済動向、人々の暮らしに対する不満や思いといった実態に触れる助けになります。
例えばミシシッピ川とロッキー山脈の間の農業地帯は、ほぼ一貫して共和党支持です。東京の一つの区に匹敵するような広大な土地を所有する農業経営者たちが、共和党の支持基盤を形成しています。一方で、かつて自動車産業の中心地として労働組合が強く、民主党支持だったデトロイトも、最近は様相が変わってきています。現在では民主党は富裕層の政党となり、共和党が貧しい労働者や中小農民を代表するという、従来イメージと逆転した構図も生まれています。
人種問題の過去と現在
支持政党だけでなく、人種問題も地域によって濃淡は異なります。本書でも紹介していますが、例えばヴァージニア州は、かつて農業のみならず、造船業、鉱業に奴隷を使ったこともあって奴隷の存在が大きかった。南北戦争ではヴァージニア州は南軍の中心となり、州都リッチモンドは「連合軍」の首都となっていました。そういった経緯から、ヴァージニア州には歴史的な意味での「南部」が強く残っています。
人種問題を扱ったミステリ作品は多数ありますが、ヴァージニア州出身の作家で、現代の人種差別を鋭く描いている作品が、S・A・コスビーの『 頬に哀しみを刻め 』(加賀山卓朗訳/ハーパーBOOKS)です。単純な白人対黒人という構図ではなく、今も脈打つ差別や格差の根深さ、複雑化する問題を、両者が混じり合いながらどう乗り越えていくかについて深く切り込んだ作品です。
さらに南のミシシッピ州が舞台となっているのが、『 天使は振り返る(上)(下) 』(グレッグ・アイルズ著/雨沢泰訳/講談社文庫)。ミシシッピ州などのディープサウス(最南部)のことを、過去の状況を引きずってブラックベルトとも呼びますが、中でもミシシッピ州は総人口に占める黒人の比率が全米1位。南北戦争には南軍側で参加、「人種間結婚禁止法」が廃止されたのは1987年のことです。
「ただ、その場合裁判では陪審員の反応がはっきり分かれるだろう。白人は、黒人で不良の麻薬密売人なら、ケイト・タウンゼントのような若くておいしい女をためらいもなくレイプして殺すと頭から決めてかかる。黒人の陪審員はその反対だ」(『天使は振り返る』)
ディーリア・オーエンズの『 ザリガニの鳴くところ 』(友廣純訳/ハヤカワ文庫NV)は、ノースカロライナ州の村を舞台に、湿地で遺体が見つかることから物語は始まります。1952年から現代までの人種問題への意識の変化を読み取ることができ、黒人が店に入ることすら許されず、窓口でも物を売ってもらえないような時代が徐々に変化していく過程が、自然描写の美しさとともに描かれています。
「その店には、不適切だという理由で女性や子どもたちは立ち入らないのが慣例だったが、壁に持ち帰り用の窓が設けられており、そこでなら通りからでもホットドッグやニーハイ・コーラを注文することができた。ただし、有色人種はドアからであれ窓からであれ、店を利用することは許されなかった。[注:1952年の状況描写]」(『ザリガニの鳴くところ』)
人種問題への意識は、アメリカ全体としてはだいぶ変わってきたと思います。私は全米を旅行していたとき、シカゴ南部の黒人居住地域の映画館で『マンディンゴ』を見ました。南北戦争前のアメリカ南部を舞台に、奴隷牧場を運営する一家を描いた有名な映画です。映画館に入って周りを見たら、みな黒人でした。白人農園主が黒人をいじめる場面になると、周りの観客は大騒ぎとなり、「俺ここにいても大丈夫なのかな?」と思いました。最近はそういう体験をすることはほとんどなくなりました。
この全米踏破の地図で点線(バス・電車)になっている南のほうは別として、ワシントン、ニューヨーク、フィラデルフィアあたりだと、人種によって職業の違いがあるという感じではなくなっています。むしろ、早期に北部に移って教育を受けた黒人と、南部に残った黒人との間に格差があります。
また、ヒスパニックを巡っては、ロサンゼルス辺りで「この店は英語が通じます」という看板が出るほど、スペイン語が話されている地域がある一方で、昔に移民としてやって来て定着した者が、新規に来た者を歓迎しないという、ヒスパニック同士の緊張関係も生まれていますね。
(第3回に続く)
取材・文/中城邦子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也





