東京駅前の大型書店、丸善 丸の内本店の2階に、絵本をモチーフにしたグッズの企画・販売を行う店舗「EHONS TOKYO(エホンズトーキョー)」がある。20坪ほどのエリアに、ロングセラーの古典から最近の話題作まで、さまざまな絵本から派生したグッズが所狭しと並ぶ。なぜ、ビジネス街で絵本グッズなのか。児童書担当でEHONS事業担当の兼森理恵さんにお話を伺った。

コロナ禍の危機感から絵本グッズ店を立ち上げる
丸善 丸の内本店といえば、その立地からも、日本を代表するビジネス書に強い書店というイメージがあります。その丸善 丸の内本店が、なぜ絵本グッズのお店を始めたのでしょうか。
丸善 丸の内本店のお客さまは、平日の仕事終わりにお店に立ち寄る方がほとんどです。それが、コロナ禍になって、少ない時は、通常の半分以下の客足になってしまいました。
そもそも、東京駅自体が閑散としてしまって、出勤時に駅構内を歩いていると外からハトが入ってくることもありました。いつも混雑していた東京駅で、こんな風景は初めてでした。東京駅は国内外からさまざまな方が訪れる場所なのですが、この頃は旅行者もかなり減っていました。
それでも、お店を開けている以上は何かをしなきゃいけないということで、新規事業の一つとして始まったのが絵本グッズの企画・販売を行う「EHONS」でした。


2020年、4階の文房具売り場で、白泉社の絵本雑誌『MOE』にご協力いただき「Pop up shop MOE絵本雑貨店」を開催したところ、大好評でした。これがEHONS立ち上げのきっかけになりました。ヒグチユウコさんや酒井駒子さん、島田ゆかさんといった、大人にも人気の絵本作家の方々のマグカップや複製原画などのグッズを陳列したところ、コロナ禍にもかかわらず、たくさんのお客さまに来ていただきました。絵本や雑誌『MOE』の売り上げも約3倍になりました。うれしいことに、お客さまはグッズと一緒に本も買ってくださったのです。
絵本が好きだからこその戸惑い
兼森さんは、児童書の担当とのことですが、本を売るのと、グッズを企画、製作し販売するのは全く別のことでしょう。特に絵本グッズを作ることについてはどう思われたのですか。
実は、当初は書店が絵本グッズを製作することに、戸惑いを感じていました(笑)。それは、絵本が好きだからこそで、グッズを作ると作品の世界観からずれてしまわないかと思ったからなんです。一方で、絵本の持つ可能性については、過去の経験から思うところがありました。
それは、2011年の東日本大震災の時の経験でした。当時、私はジュンク堂書店新宿店の児童書部門を担当していました。お店は三越(当時)のビルの6~8階にありましたが、地震の大きな揺れで、店頭の本棚がばたんばたんと倒れていきました。お店に立っていた私は、ベビーカーを押すお客さまがあわてて避難する光景を見て、青ざめました。
翌日、やるせない気持ちで店の掃除をしていると、なんと、お客さまが来店してくださったんです。まだ完全に片付いた状態ではなく、販売可能な本をかき集めて陳列している状態でしたが、親御さんと一緒に来た子どもたちが本を手に取る姿を見て、本の持つ力ってやっぱりすごい、と思ったんです。

その時のことがあるから、絵本グッズについてもやみくもに拒絶するのではなく、児童書の担当者だからこそできることをやってみようと思うようになりました。
これまでも絵本の世界観をきちんと届けるために本の棚作りに工夫をしてきました。例えば絵本に合わせて果物の香りのするスプレーをかけてみたり、視覚、触覚、嗅覚を刺激する仕掛けをたくさん考えたりしてきました。その延長線上で、EHONSでは絵本グッズを通し、お客さまに絵本と出合っていただくきっかけをつくろうと思えるようになりました。私にとって、EHONSの仕事は児童書の売り場をつくることと同じ意味を持つようになりました。

絵本好きの女性がやって来る
先ほど丸善 丸の内本店の客層は会社帰りのビジネスパーソンが多いとおっしゃっていましたが、EHONSのお客さまはどうですか。
EHONSのお客さまは、20~40代の女性が中心です。これは想定通りでした。丸善 丸の内本店のお客さまはビジネスパーソンが中心なのですが、コロナ禍をきっかけに客層はがらっと変わりました。土日はファミリー層が中心で、平日もビジネス書以外の本を買う方が増えました。
新しい客層を開拓しようとした新規事業のEHONSは、その変化にうまくハマり、絵本の世界観が好きで、絵本グッズも好きという新しいお客さまがいらっしゃるようになりました。
最近、人気なのは 「わかったさんのおかし」、「わかったさんとおかしをつくろう!」シリーズ(寺村輝夫 文/永井郁子 絵、あかね書房) のグッズです。企画する時に、「わかったさん」が今はやっている昭和レトロのテイストに近いと思い、作品の世界観を損なわず、時代に合った商品を作ることができました。
中でもおすすめは大判のハンカチです。これは、シリーズの最初のページに出てくる、クリーニング屋さんである「わかったさん」が、車を運転して仕事に出かけるシーンの絵がプリントされています。ただ絵本のキャラクターをあしらうだけではなく、ハンカチを使っていただく方のことを考え、大人っぽさを出すことを意識しました。
画家の永井郁子先生とお話しする機会がありました。私は、「大人になった読者は、わかったさんがクリーニング屋さんだったことを忘れているかもしれないので、物語のはじまりのページの絵をハンカチに載せて、子どもの頃のワクワク感を思い出してもらってはどうでしょうか」とお伝えしたところ、とても喜んでくださいました。

絵本の世界観をグッズで伝えるためには、どの場面を、どう商品に落とし込むのがいいかを常に考え、ただキャラクターがついているだけの商品にはならないように心がけています。一方で、私自身の作品への思い入れが強い分、押しつけがましいものにならないようにすることも意識しています。
書店の児童書担当だからできた絵本グッズ
実際、グッズの製作はどのように行っているのですか?
まずは、当店と取引のある出版社に連絡し、絵本担当の編集者や権利関係の部署につないでいただき、当事業の説明をするところから始めました。
最初は何もかもが手探りでした。打ち合わせでSKU(Stock Keeping Unit=受発注、生産管理を行うときの最小単位のこと)などの生産管理に関する用語が出てくると、終わった後で調べる日々でした。さまざまなメーカーに連絡を取り、「すみません、この絵本でグッズを製作したいんですけど」というようなお願いを半年くらいやったところで、次第に形になっていきました。
当社にはオリジナル文具を製作する部署があるので、そのノウハウを使わせてもらったこともとても大きかったです。EHONSのチームは少数精鋭で、デザイナーを含む5名程度がコアメンバーです。スピード重視で年間約20作品、100種類以上の雑貨を製作しています。オリジナル商品の他にも、入手が難しい絵本作家や画家の展覧会のグッズを取り扱ったりしています。

最初は、ポプラ社の 『ねずみくんのチョッキ』(なかえよしを 作、上野紀子 絵)シリーズ と 『めがねうさぎ』(せなけいこ 作・絵) シリーズ、白泉社の 『ドン・ウッサ』(キューライス 著)シリーズ 、 『ひみつがあります』(布川愛子 著) 、 『ゲナポッポ』(クリハラタカシ 著) 、 『あつかったら ぬげばいい』 、 『つまんないつまんない』 、 『それしか ないわけ ないでしょう』 (すべて、ヨシタケシンスケ 著)をグッズにすることが決まりました。この『ねずみくんのチョッキ』のビムくんのピンバッジは最初に作ったグッズです。現在、『ねずみくんのチョッキ』は39巻まで出ていますが、その間1度だけ出てきたキャラクターがビムくんです。ピンバッジの中でサプライズ的な存在として選びました。
グッズを製作する作品は、ロングセラーと新刊・近刊のバランスを意識しました。児童書の棚作りの時にも気をつけていることですが、お客さまには今まで読み継がれてきた名作にも、これから読み続けられるだろう新作にも出合ってほしいからです。


どの絵本をグッズにすべきか。バランス感覚を失わないためにも、普段はなるべく絵本売り場に立つようにしています。そうでないと、お客さまはどんな作品を読みたいと思っているのか、どんな作品が好まれる時代なのかということが分からなくなってしまうからです。
最近では、EHONSでグッズを製作してほしいという出版社からの引き合いもあります。絵本画家の展覧会に合わせ商品化したり、EHONSだけでなく、1階の催事スペースや丸善ジュンク堂書店の他のお店で一緒に展開したりもしています。店舗も東京だけではなく、大阪、博多にもあります。

50年後も読まれる絵本を育てたい
出版不況で本が売れないといわれるなかで、児童書の市場は好調とのことです。なぜでしょうか?
あくまで売り場から見た感覚ですが、理由の一つに児童書分野で話題書が出てきたことが大きいと思います。例えば、 『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』(今泉忠明 監修、高橋書店) は、児童書の範囲を超えた大ベストセラーになりました。これまで児童書の範囲で書店全体をけん引するような例はあまりなかったですから。
話題作があることによって、多くのお客さまが売り場に来てくださり、別の本も知っていただく機会が増えているのではないかと思います。

児童書の棚には世代を超えて読み継がれるロングセラーがたくさんあります。子どもだった頃に読んでもらった絵本を、今度は自分が親になって子どもに読んであげる。その中で、また新しい本に出合い、その本がロングセラーになる。そういう理想的な循環があると思います。書店員としては、名作を絶やさずに50年後も読まれるような、未来のロングセラーを育てることが目標です。

取材・文/木村やえ(日経BOOKプラス編集部) 写真/中西裕人
【フォトギャラリー】






