東京・大田区にある「TEAL GREEN in Seed Village」は、もともと常連客だった種村由美子さんが、創業者の店主から店名を引き継ぎ、自宅を改装して始めた、子どもの本とカードのお店だ。子育ての合間に一息つけるよう、店内にはティ―ルームを設け、原画展や読み聞かせなどのイベントも定期的に行っている。種村さんにお話を伺った。

初代のお店のファンでした

 筆者が初めてこの店を訪れたのは、台風の日だった。東京南部を走る東急多摩川線の武蔵新田駅で降り、環八通りを渡ると、下町風情漂う住宅街に出る。しばらく歩くと現れたのが、白壁に緑色の「TEAL GREEN」の看板。びしょぬれになって店のドアを開けると、種村由美子さんが「大丈夫だった?」と言って笑顔で迎えてくれた。悪天候にもかかわらず、赤ちゃんを抱えたお母さんほか、先客が何名かいらしていて、まるで地域の集会所のようだった。

住宅街の一角で、店の前は通学路になっている
住宅街の一角で、店の前は通学路になっている

 TEAL GREENは1997年、小林優子さんが、絵本とカードのお店として大田区久が原で開業した。TEAL GREENとは、コガモのオスの頭部の深緑色の部分を意味する。

 9年後の2006年、久が原から約10キロ離れた大田区千鳥で、種村由美子さんが店を引き継ぎ、「TEAL GREEN in Seed Village(種村)」として再スタートした。18坪ほどの店内には、約4000冊の本と200枚以上のグリーティングカードが並ぶ。

 近所には小さなお子さんのいる家が多いこともあり、赤ちゃん向けの絵本や幼児向けの読み物が充実している。「のりもの」や「科学えほん」などの本がジャンルごとに棚差しされている一方、店主おすすめの本は、表紙がよく見えるようにラックに差さっている。

おすすめの本のコーナーは1カ月ほどで変わる
おすすめの本のコーナーは1カ月ほどで変わる
小さな子の手にもなじむ真四角の絵本
小さな子の手にもなじむ真四角の絵本
ジャンルごとに本が並ぶ
ジャンルごとに本が並ぶ

種村さんは、どうしてこのお店を引き継がれたのですか?

「私はもともと、TEAL GREENの常連客でした。お店のたたずまいがイギリスの本屋さんみたいで、ひと目でファンになりました。『シェイクスピアとグローブ座』(アリキ ブランデンバーグ 文と絵、小田島雄志 訳/すえもりブックス)や『ちいさなちいさな王様』(アクセル・ハッケ 作、ミヒャエル・ゾーヴァ 絵、那須田淳、木本栄 共訳/講談社)といった大人っぽい絵本が並んでいて、こんなお店が地元にあるんだと誇りに思いました。

 当時は子育てをしながらサークルに参加して、近所の子どもたちに読み聞かせをする活動をしていたのですが、TEAL GREENは仲間内でも話題でした。お店に通ううち、いつの間にかお手伝いをするようになっていました。今考えればおしかけのファンだったのかもしれませんが。

種村さんの笑顔が初めて訪れた人の緊張をほぐしてくれる
種村さんの笑顔が初めて訪れた人の緊張をほぐしてくれる

 5年ほど前までは、書店の仕入れ担当は取次会社に出向いて、仕入れたい本を自由に選ぶことができました。私も小林さんに同行し、本の仕入れを学びました。

 私は、本を仕入れる際には、明るい気持ちになれる本、子どもたちが希望を感じられる本という視点で選んでいます。こうした本選びのセンスは小林さんに教えていただきました」

2016年3月、移転して10年目、小林さんと(種村さん提供)
2016年3月、移転して10年目、小林さんと(種村さん提供)

育児経験を生かした店づくり

「2005年のある日、小林さんから、『一身上の都合でお店を閉める』と告げられました。ショックでした。

 どうしてもTEAL GREENをなくしたくないと思い、夫に相談し、自宅の一角でお店を始められないか、と考えました。ちょうど、一番下の子が高校生になり、子育てから少し手が離れ、引っ越しを考えていたタイミングでした。そこから開店準備が始まりました。

 自宅を改装し、お店を始めるまでの1年間は、小林さんがお客さまの注文書を配達するだけの無店舗書店として営業を続けました。店舗再開後の5年間は、小林さんから書店経営のノウハウをみっちり教えていただきました。

 さらに子育ての経験を生かし、赤ちゃんや幼児向けの絵本にも力を入れるようになりました」

店内には小さな子どもが座れるスペースも
店内には小さな子どもが座れるスペースも

地元で長く愛されていた「TEAL GREEN」を継ぐことに、不安はありませんでしたか?

「もちろん、ありました。でも、読み聞かせサークルのメンバーが応援してくれて、みんなでお店をつくっていくという感覚でしたので、なんとかなったのかもしれません。毎日が文化祭の前日みたいでした。誰もが街の本屋さんを残したいという一心から手伝ってくれました。

 そしてお店でやってみたいことがありました。私にとって育児の合間に本屋さんに行き、本や雑誌を見てお茶をするのは、一番のリフレッシュでした。ですから、お店にはカフェを作りたいと思ったのです。

 お店の入り口の手前に本を置き、奥には絵本の原画を飾れるスペースとティールームを設けました。買いたい本が見つからなくても、お茶を飲んで一息ついてもらうだけでもいい。手紙を書いたり、友達と待ち合わせしたりしてもいい。皆さんが思い思いに時間を過ごす姿を見るとうれしくなります」

ティールームと原画展のスペース。展示は3~4週間に1回ほど変わる。取材当日は装丁家の中嶋香織さんの作品が展示されていた
ティールームと原画展のスペース。展示は3~4週間に1回ほど変わる。取材当日は装丁家の中嶋香織さんの作品が展示されていた
版画で作品を作る岡本雄司さんのトーク&サイン会の様子(種村さん提供)
版画で作品を作る岡本雄司さんのトーク&サイン会の様子(種村さん提供)

本の情報を発信することは「本屋の命」

お店を継ぐに当たり、大切にされたことはなんですか?

「『コガモ倶楽部』というフリーペーパーを作ることです。おすすめの本や原画展の情報、『種村由美子の本のタネ』というコラムも載せています。

 以前は毎月発行していましたが、今は隔月です。本に関する情報を発信することは本屋の命だと思います。『コガモ倶楽部』はTEAL GREENの歴史そのものなので、ずっと続けていくつもりです。私は2011年5月の138号から引き継ぎ、220号まで来ました。レイアウトはデザイナーをしている娘が担当しています。

 最新号では、『こうもり』(アヤ井アキコ 著、福井大 監修/偕成社)という絵本を紹介しました。夕方になると、東京でもコウモリがたくさん飛んでいるのを知っていますか。最初はコウモリなんて怖いと思ったけれど、かわいく感じるようになるものですね。『コガモ倶楽部』を作るために、私も日々新たな絵本と出合っています」

「コガモ倶楽部」のバックナンバーはファイルに入れて保存されている(種村さん提供)
「コガモ倶楽部」のバックナンバーはファイルに入れて保存されている(種村さん提供)
「コガモ倶楽部」220号の表面(種村さん提供)
「コガモ倶楽部」220号の表面(種村さん提供)
おすすめの1冊として紹介した『こうもり』(種村さん提供)
おすすめの1冊として紹介した『こうもり』(種村さん提供)

この連載では、子ども向けの本屋さんにはあまり行ったことのない読者にも、子どもの本の魅力を伝えたいと思っています。大人にもおすすめできる本を教えてださい。

「いろんなところで何度も紹介しているのですが、『くるみのなかには』(たかおゆうこ 著/講談社)は、著者のたかおゆうこさんの幼い頃の体験がもとになっています。たかおさんは祖母が信州に住んでいたので、身近なところにくるみがありました。こんなに堅いくるみの殻の中にはきっと大切なものが入っているに違いない、という発想から描いたそうです。なんといっても絵が素敵です。大人の方には、余白に想像を巡らせて、心を自由にする時間を持ってほしいと思います」

『くるみのなかには』
『くるみのなかには』

「『橋の上で』(湯本香樹実 文、酒井駒子 絵/河出書房新社)は、つらいことがあったとき、自分を見失いそうなときに、そっと寄り添ってくれる絵本です。橋の上でたたずむ少年のなかに、人と人のつながりが感じられます」

『橋の上で』
『橋の上で』

「『えんどうまめばあさんとそらまめじいさんのいそがしい毎日』(松岡亨子 原案・文、降矢なな 絵/福音館書店)は、私の大好きな作家さんのひとり、松岡先生の遺作です。忙しい毎日でもユーモアを忘れず、地に足の着いた暮らしをしようというメッセージが込められています」

『えんどうまめばあさんとそらまめじいさんのいそがしい毎日』
『えんどうまめばあさんとそらまめじいさんのいそがしい毎日』

 現在は、定年を迎えた夫の一朗さんもお店を手伝い、2人できりもりしている。取材のときも、ティールームで提供するお菓子を店内に運び込んでいた。

 ティールームでは、近所にある「サンドイッチマルコ(Sandwichies Marco)」の商品も持ち込むことができる。本を選んだ後は、おいしいお茶とサンドイッチ、もしくはお菓子で、ゆっくりとしたひと時を過ごしてほしい。

喫茶メニュー。種村さんお手製の「クルミのクッキー」も(種村さん提供)
喫茶メニュー。種村さんお手製の「クルミのクッキー」も(種村さん提供)
日の光が差す、気持ちのいいティールーム。お皿に載っているのは、クルミのクッキー(種村さん提供)
日の光が差す、気持ちのいいティールーム。お皿に載っているのは、クルミのクッキー(種村さん提供)
種村さんと夫の一朗さん
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取材・文/木村やえ(日経BOOKプラス編集部) 写真/中西裕人

【フォトギャラリー】

自然科学系の子どもの本も、絵本から読み物までそろう
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福音館書店の名作シリーズ
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先代店主の小林さんのときからお店にカードを置いていた。展示会をする画家のカードも購入できる
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子どもたちに楽しんでもらえるように、人気キャラクターのぬいぐるみも
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「サンドイッチマルコ」のサンドイッチはボリュームたっぷり
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