売り上げが伸びなければ、まずは苦しまぎれの値下げをして販売数量を伸ばす。これは多くの企業で取られている施策だが、実は大きく利益を損なう「悪手」である。今回は、書籍 『プライシングの技法』 より、安易な値下げがどれほど業績にダメージを与えるか、そのメカニズムについて見ていきたい。

コロナ禍でも時価総額過去最高だったナイキ

 2020年の全世界的な景気後退は第2次世界大戦以来のワーストレベルといわれる。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から人びとの移動が制限されたことで、接触・対面型のサービス需要を減退させ、同時に生産活動を伴う供給や物流の足かせともなった。

 しかし、2021年の世界の実質GDP(国内総生産)成長率は6.1%と大幅な回復基調となっている。全体としては景気後退によって収益性が悪化したものの、強靭(きょうじん)な経営体質によって早期にショックを軽減できた企業も少なくない。

 例えば、スポーツアパレル業界では、アディダスやアンダーアーマーが景気後退による減収を補うためにEC(電子商取引)での販売価格や仕切り価格(卸売価格)を値下げし、利益率を90%近く落とす結果となった。

 その一方で、ナイキは世界トップの売上規模と利益率を維持し、時価総額で過去最高を記録した。

 ナイキ、アディダス、アンダーアーマーの営業利益率を比べたい。単年の数値では結果が偏る可能性があるため、2017年から2021年までの平均値をとると、ナイキは12%、アディダスは9%、アンダーアーマーは4%となる。ナイキとアンダーアーマーとのあいだには実に3倍もの差があることがわかった。

 なぜこれほどまで利益率に差が生じるのであろうか。

 理由は値下げにある。アンダーアーマーが足元の減収を補うためにECでの販売価格や仕切り価格を下げたことを述べた。実はこの値下げが企業の業績に重くのしかかっているのだ。

値下げは悪

 例として、図1を見ていただきたい。

 ここでは説明をシンプルにするために、値下げ前の商品の単価を1000円、利益を300円、月間の販売数量を1000個として計算する。すると月間の利益は300円×1000個=30万円となる。

図1 「値下げは悪」である理由
図1 「値下げは悪」である理由
出所『プライシングの技法』より
画像のクリックで拡大表示

 では、商品を200円値下げ(2割引)したらどうなるだろうか。

 まず、商品の単価が1000円-200円=800円となる。そして利益は300円-200円=100円に下がる。

 仮に値下げ前の月間の利益であった30万円を達成しようとした場合、必要な月間の販売数量は、30万円÷100円=3000個となる。

 つまり2割引してしまうと、値下げ前の3倍もの数量を売らなければ利益を維持できなくなってしまうのだ。どうだろうか。私の感覚では2割引をしても売上はせいぜい1.2倍になる程度だろう。良くても1.5倍ではないか。とても3倍には届かない。

 仮に売り上げを3倍にしようとすれば追加で広告や販促などの販売費がかかる。それによってますます利益が下がるため、値下げ前の水準には到底届かない。

 これが「値下げは悪」と呼ばれるゆえんである。足元の減収を補うための値下げは多少販売数量を上げる効果はあっても、利益アップにつなげるのは至難の業だ。

 価格は下げるのは簡単だが上げるのは難しい。

 下げるのに理由はいらないが上げるのには理由がいる。

 一度下げてしまうとなかなかもとに戻せない。

 したがって安易な値下げは避けるべきである。むしろ商品・サービスに付加価値をつけて値上げできないか。プライシングの担当者は大きなマインドチェンジをしなければならない。

利益に最も貢献するのは価格の改善

 別の文脈からも価格の持つ力について述べたい。プライシング界隈(かいわい)ではよく1%効果と呼ばれるものである。

 企業のコスト構造を分析すると、価格を1%改善できれば利益は10%以上改善するといわれている。価格に続いて変動費、販売数量、固定費を1%改善する順に利益に貢献するといわれている。

 実際にトヨタ自動車の2020年度、2021年度の財務諸表をもとに1%の改善効果を計算してみた結果が図2である。

図2 トヨタ自動車の1%効果
図2 トヨタ自動車の1%効果
画像のクリックで拡大表示

 価格を1%改善すると10%、変動費を1%改善すると8%、販売数量を1%改善すると2%、固定費を1%改善すると1%の利益アップに貢献している。価格の改善効果が最も大きいことがおわかりいただけたと思う。

 日本企業はコストダウンや売上のボリュームをとることに目を向けがちである。シェア拡大のために値段を下げることまでしている。しかし、最も優先すべきは価格であり、価格を改善できる余地がないかを常に考えていかなければならないのだ。

 ここで京セラの創業者である稲盛和夫氏の言葉を引用したい。

 稲盛氏は著書『稲盛和夫の実学 経営と会計』の中で、「経営の死命を制するのは値決め」であると記している。そして値決めは営業担当の役員や部長に任せるのではなく、経営者が判断すべき重要な仕事であるとも強調されている。

 値決めに失敗すると取り返しがつかない。

 安すぎると狙った採算を出せず、高すぎると在庫の山を抱えて資金繰りに行き詰まる。
 値決めで経営は大きく変わるのである。

日本人の値上げへの抵抗感

 日本人は値上げへの抵抗感が強い国民だといわれる。

 数円でも安い商品を求めてスーパーの買いまわりをしたり、この前まで広告の品だった商品が通常価格に戻ると購入をためらったりするといった購買行動にそれが如実に表れている。

 2016年に赤城乳業の主力製品であるガリガリ君が25年ぶりに60円から70円に10円値上げされることが話題となった。値上げをおわびするテレビCMが米国のメディアで大きく取り上げられ、日本は値上げするときに謝罪をしなければならない国なのかという誤解が生まれたほどである。

値段は下げるのはたやすいが、上げるのは難しい。特に日本人の値上げへの抵抗感を拭い去るには、工夫が必要だ(写真:shutterstock)
値段は下げるのはたやすいが、上げるのは難しい。特に日本人の値上げへの抵抗感を拭い去るには、工夫が必要だ(写真:shutterstock)
画像のクリックで拡大表示

 他にもひとたび牛丼の値段が上がると報じられれば、SNSの急上昇トレンドに「牛丼値上げ」のキーワードがランクインする。その日だけは普段牛丼屋に行かない人までこぞってツイッターで賛否の意見を交わす。

 日本人は本当に値上げに敏感である。

 米国はここ20年で1.6倍に物価が上昇しており、頻繁に商品・サービスが値上がりする。そのため値上げに対する許容度も高い。一方で日本はこれまでゼロインフレ社会とも呼ばれ、物価指数が比較的安定していたため、値上げに対する反発や顧客離れにつながるという懸念が根強いのだ。

 もちろん理由なく値上げをすることは難しい。

 理由が明確でない値上げが消費者にネガティブな印象を与えるのは否定のしようがない。最近よく見かける原材料費や物流費の高騰に伴う値上げも企業努力を最大限行った上で踏み切るのであればやむを得ないが、やはり消費者としては受け入れがたい。

 商品のサイズや成分の変更、機能やメニューの絞り込みといった直接的な値上げを回避する策、過度な値引き競争に巻き込まれない新たな価値軸の創出、価格を重視する層に向けた廉価ブランドなどのセカンドライン投入、といった施策とセットで行うことが鉄則である。

 私は値上げへの抵抗感は消費者側よりも企業側の方が強いと思っている。企業側に強い抵抗感があるからこそ値上げをためらう。
 値上げは手段であり、商品・サービスの価値に見合った適正価格を設定する方が重要なのである。

 適正価格が現在よりも高い水準を示唆している場合は自信を持って値上げに踏み切っていただきたいと思っている。

値決めの悩みを完全解消! 原料高、エネルギー価格の高騰……逆風下でも利益を出すための値付けの方法をやさしく説明。身近な値段の秘密からビジネスモデルの考え方、意思決定の方法までを網羅した決定版です。「堂々と値上げする」ための方法が分かる1冊です。

下寛和(著)/日経BP/1980円(税込み)