「2万円の靴下」「1億円の住宅」……いったい誰が買うのだろうという大胆な値付けも、実は綿密な価格戦略の上に成り立っている。今回は、書籍 『プライシングの技法』 より、知られざるプライシングの世界の秘密についてご紹介していこう。

ハイブランドは高いからこそ売れる

 エルメス、ルイ・ヴィトン、グッチ、プラダなど、昔から日本人はブランド好きとして知られる。これらハイブランドの商品は贈り物の定番であるとともに、海外旅行に行けば一つはブランドの紙袋を手にして帰国する人も多いはずだ。

 そんなハイブランドの値付けはどのようにされているのだろうか。

 グッチの公式サイトをのぞいてみると2万円の靴下が売られている。
 2足で1000円が相場の私からすれば、誰がこんな高価な靴下を買うのかと疑問を持つ。

 しかし、ハイブランドの価格はブランドのエクイティ(資産価値)そのものである。
 わかりやすい例として、高級バッグの代名詞ともいえるエルメスのバーキンは100万円を優に超え、素材によっては300万円、500万円というクラスまである。しかし店舗では入荷待ちの状態が続いている。

 製造原価はかなり安いといわれるが、エルメスはカジュアルなブランドとの競争は望んでいない。月給やボーナスよりも高い値段に設定することで、そう簡単には手が届かない憧れのブランドになる。

 ハイブランドは高いから売れるのだ。それは今後も変わらないだろう。

 また、在庫が過剰にあると顧客は買う気を失ってしまう。あえて品薄状態にすることで希少性をアップさせ、値下げや値崩れの防止にもつなげている。

 供給量のコントロールによるプレミアム価格の維持。見事な戦略である。

欧州本社が基準価格を設定

 エルメスやルイ・ヴィトンには200年、グッチやプラダには100年の歴史がある。
 そのため、第1回のナイキの例と同様、過去の販売実績から、この商品、この素材、このターゲットであれば、この価格でこれくらい売れ、利益がいくらになるという計算ができる。

 フランスやイタリアの本社にいる商品別のマーチャンダイザーがその計算結果をもとに基準価格を設定する。それを目安に各国でライバルブランドの価格帯を見ながら店頭やEC(電子商取引)での販売価格の最終案を決定する。

 ハイブランドの価格は大きく分けてEU価格、米国価格、日本価格、中国価格がある。

 国ごとの価格差が大きくなると転売が発生してしまう。そのため、各国の販売価格の最終案を本社のマーチャンダイザーがジャッジすることで、グローバルの価格水準を統制している。

 国ごとの価格差には為替も影響するが、為替変動によって販売価格を頻繁には上下させられない。そのため、シーズン問わず売られている定番商品の価格は年に数回ある商品の入れ替えタイミングで改定するのが業界の通例だ。

 また、商品は銀座や青山にある各ブランドの直営店だけでなく、三越伊勢丹や高島屋といった百貨店でも購入できる。

 なお、店頭における販売価格は直営店も百貨店も同じである。以前は百貨店でシーズンオフ商品のセールをしていたブランドもあったようだが、それを行ってしまうとバーゲンハンターのセール待ちが起きるため、現在は余った在庫は国内の指定のアウトレットに集約するのが主流となっている。

ハイブランドは高いからこそ売れる。欧州本社が値崩れしないよう、グローバルの価格をコントロールしているのだ(写真:shutterstock)
ハイブランドは高いからこそ売れる。欧州本社が値崩れしないよう、グローバルの価格をコントロールしているのだ(写真:shutterstock)
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1億円の分譲住宅は、回転率で勝負

 生涯で最も高い買い物とされている不動産。私はマンションを中古で一度、分譲戸建てを新築で一度購入した経験がある。
 購入されたことのある方ならおわかりいただけるであろうが、高額なだけに契約書にサインするときの緊張感はかなりのものである。

 不動産の購入は、モデルハウスの見学、契約、手付金の支払い、住宅ローンの申し込み、内見、引き渡しなどやたらと現地での手続きが多い。そのような中、戸建てを購入した際の営業担当の方とは年齢が近かったこともあり、世間話も含めていろいろなやり取りをさせていただいた。そこから得た知見も入れて、値付けのカラクリに踏み込んでみたい。

 まず私が購入した戸建ては注文住宅ではなく分譲住宅で、販売戸数が10棟を超える都内では比較的大規模なプロジェクトであった。
 モデルハウスの見学者には各棟の販売価格が記された価格表が配られ、すでに成約している物件には選挙の当選を思わせるバラの花のシールが貼られていた。

 では肝心の値段はどのように決められるのだろうか。話はプロジェクト単位で事業計画を書くところからはじまる。

 土地代、建築費、販管費にデベロッパーの利益を乗せて販売価格を決めるのだが、その際、近傍の別プロジェクトの情報、すなわち平均いくらで販売して売り切るのに何カ月かかったかという情報を参考としている。

 プロジェクトには何カ月で売り切るというスケジュールがあり、予定通りの進捗である場合、値下げは極力行わないというのが基本スタンスだ。

 しかし、棟数や部屋数が減り、最後の1棟、1部屋だけが売れ残ってしまったようなケースでは、そのためだけに営業やスタッフを張り付けるのは非効率であるため値下げやオプションを付けることで早期に売り切る。つまり分譲住宅はいかに土地を安く仕入れ、早く売り切るかの回転率勝負なわけである。大手デベロッパーの有価証券報告書を見る限り、営業利益率の中央値は10%台といったところである。

 なお、利益の構造はアッパーエリア、ミドルエリアで多少異なる。いわゆる高級住宅街にあたるアッパーエリアは、土地代が高い。また、建物のスペックも高いものが求められるためコストが上がり、当然販売価格も高くなる。1億円を超える物件も少なくない。ただし、人気のエリアであるため、販売期間は短くて済み、販管費などの間接コストが低く抑えられる(回転率が高い)。

 一方でいわゆる都心郊外にあたるミドルエリアはその逆であり、土地の値段が安く、建物のスペックや販売価格は標準である。その分、比較的販売期間が長くなり、間接コストが重荷となる(回転率が低い)。

 特に戸建ての場合、棟数が少ないプロジェクトはコストが割高となってしまうため、大手のデベロッパーは最低でも5棟開発といった基準を定めている。大きな差はないものの、回転率が高いアッパーエリアの利益率の方がミドルエリアよりも高くなる傾向がある。

生涯で最も高い買い物である不動産。ここにも、知られざる値付けのカラクリがある(写真:shutterstock)
生涯で最も高い買い物である不動産。ここにも、知られざる値付けのカラクリがある(写真:shutterstock)
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「土地の指名売り」で安く仕入れる

 プロジェクトの事業計画における主要パラメーターである土地代、建築費、販管費、利益、販売価格のうち、最もボラティリティ(変動率)が大きいのが土地代である。

 一般的に土地の売買は仲介業者が入札で行う。そのため安く仕入れづらいという特徴があるのだが、地権者からの指名売りが実現できれば価格はぐんと下がる。デベロッパーは各社とも用地取得の専門部隊を置き、地権者との関係構築に力を注いでいる。

 例えば、大規模プロジェクトの場合、用地の地権者は農家であることが多い。畑や駐車場として土地を利用しているが現金資産はあまりなく、相続税が払えないため土地の一部を売りたいというケースがよくある。その場合、地権者はこれまでと変わらず売った土地のそばに住み続けることになる。

 入札で売り先を決めてしまうと、名前も知らない事業者が土地を開発し、周辺環境との調和や景観が損なわれ、新たな隣家からの騒音などによってこれまでの快適な暮らしが奪われてしまう可能性がある。

 そのため、デベロッパーは地権者に対してもし自社が土地を購入した場合、どのように土地を使うかといった案を提示しながら地権者に安心して土地を手放してもらうためのサポートを行う。
 それが結果的に条件の良い土地を安く仕入れることにつながるわけである。

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