「日本サッカーを世界一に」――。サッカーベルギー1部リーグ、シント=トロイデンVVのCEO、立石敬之氏は壮大な夢を抱いて、2018年1月、欧州へ渡った。それから8年。シントトロイデンを経由して多くの日本人選手がビッグクラブに羽ばたき、日本代表は「史上最強」と言われるまでに成長した。立石氏が自身の挑戦、苦闘の軌跡を綴った『史上最強のサッカー日本代表をつくるために僕はベルギーへ渡った』から、その内容の一部を抜粋してお届けする。第1回は、日本サッカーへの不安感から膨らんでいった“妄想”。
私は1999年に大分トリニータで現役を引退した後、大分のフロントに入り、主に強化の仕事をしていました。イタリアでの指導者留学をはさみ、2007年からJ1のFC東京の強化部に入り、2010年から強化部長、2015年からGMとして強化と育成の全権を担うようになりました。
あの頃はFC東京から日本代表の長友佑都をイタリアへ、武藤嘉紀をドイツへ、中島翔哉をポルトガルへと多くの選手を海外へ送り出していました。
ちょうど、若い選手が海外に行き始めた時期で、他のクラブでは代表クラスが海外へ行って、すぐに戻ってくるケースもありました。成功した選手もいれば、失敗というか、現地になじめずに帰ってきた選手もいました。
私のような送り出す側からすると、日本で大事に育てた選手たちには欧州でなんとかうまくいってほしい。しかし、それは簡単ではないという現実も感じていました。力のあるはずの選手が、欧州で十分に力を発揮できないことも多かったのです。
日本人選手は獲得費用や年俸が安いからと、2010年前後のドイツ1部リーグは、日本人ブームのような形で多くの選手がプレーしていた時期もありました。ただ、2014年のブラジルW杯が終わった頃には、欧州の5大リーグといわれるイングランド、ドイツ、イタリア、スペイン、フランスのトップチームで活躍する日本人は、数えるほどになっていました。
実は、この頃、私には「日本代表がすごく強くなる未来」が見えなくなっていました。日本のサッカーの限界というか、「日本人って、サッカーに向いていないのではないか」という不安感がありました。
「世界一を目指す」と公言して臨んだブラジルW杯は1次リーグ敗退。Jリーグではストライカーはどうしても外国人選手に頼り、強くて大きな日本人のセンターバックも少なかった。ゴールキーパー(GK)も外国人が多く、韓国人選手が増えていた時期でした。
当時は、体が小さくフィジカルの弱い日本人が世界と戦うには、組織的に戦い、コンタクトを避け、賢く走力を使って数的優位を作って守り、攻める「ジャパンズウエイ」を確立することが日本サッカーのトレンドでした。良くも悪くも、旧ユーゴスラビア出身の名将で日本代表も率いた故イビチャ・オシムさんがおっしゃっていた「日本代表を日本化する」が合言葉となり、日本中がその理想に向かっていました。
確かに、それは大国を倒すための手段の1つではあるのだけれど、欧州に試合を見に行くと、その方向性だけでは限界を感じることも多かったのです。
日本では圧倒的にフィジカルが強いはずの長友や武藤も、向こうに行ったら普通のレベルです。欧州のトップ選手は体が大きいし、速いし、うまいし、献身的に守備にも走る。どんどんサッカーの強度が上がっていく欧州の試合とJリーグの試合を見比べると、このままでは差が開く一方ではないかと感じました。
FC東京では、下部組織の選手を育て、トップチームに上げて、Jリーグで活躍して国内タイトルを目指す、あるいは日本代表に送り出す、という道筋は見えていて、ある程度できていました。ただ、そこから、「世界へ」という絵が描けていなかったのです。
日本サッカーを強化するにはどうすればいいか。あの頃は、サッカー関係者と会ったり、食事をしたりすると、そんな話ばかりしていました。そして、「今の日本は独自進化を目指すというよりも、まずはハイレベルな欧州リーグでもまれて、欧州スタンダードを身につける選手の絶対数を増やすべきではないか。日本化はその先ではないか」と考えるようになりました。
では、どうするか。私の中で妄想が膨らんでいきました。
日本人選手が欧州でなじめずに帰ってくるケースの多くは、フィジカルコンタクトが強く、1対1の攻防がより重要な現地のサッカーに慣れるための時間が足りなかったことが原因でした。すぐに結果を出さなければ、出場機会を与えられず、コンディションが整わず、パフォーマンスが落ちる。悪循環でした。その選手の獲得を決断した強化部長やGMが加入前に退団してしまい、新任の強化担当者に評価されないというケースも多くありました。
欧州に挑戦する日本人選手が確実に出場機会を得られる方法はないか。例えば、日本が欧州クラブの経営権を握り、公式戦に日本人を出場させながら、成長を促せばいいのではないか――。
経験を積みながらプレーの精度を上げていけば、日本でプレーしているよりも他の欧州クラブのスカウトの目にとまりやすい。世界へ羽ばたくための中継地点を作ればいい。日本人選手を成長させてトップクラブに移籍させることができれば、その移籍金でクラブ経営も回る。まさに、一石三鳥。アイデアはどんどん膨らみ、いろんな人に伝え始めました。
いくつかの企業にも伝えました。しかし、当初はほとんど相手にされませんでした。
立石敬之(著)、日経BP、1980円(税込み)



