「日本サッカーを世界一に」――。サッカーベルギー1部リーグ、シント=トロイデンVVのCEO、立石敬之氏は壮大な夢を抱いて、2018年1月、欧州へ渡った。それから8年。シントトロイデンを経由して多くの日本人選手がビッグクラブに羽ばたき、日本代表は「史上最強」と言われるまでに成長した。立石氏が自身の挑戦、苦闘の軌跡を綴った『史上最強のサッカー日本代表をつくるために僕はベルギーへ渡った』から、その内容の一部を抜粋してお届けする。第2回は、日本代表強化と並ぶ、プロジェクトの「もう1つの顔」。
日本人選手の活躍によって、プレーヤーとしての日本人のブランド価値が向上しました。そして、シントトロイデンの安定した経営により、日本流のマネジメントのレベルの高さも証明できたのではないかと思います。
私は強化責任者としてのGMではなく、最高経営責任者としてシントトロイデンに来ました。それまでのように、与えられた予算の中で選手との契約をやりくりするのではなく、自分でお金を作って、みんなに配る役割になりました。これは大きなチャレンジでした。
フットボールクラブの一番のコンテンツは当然、トップチームのパフォーマンスです。ただ、社員や選手を統括して、予算管理をして、持続可能な経営を続けていくこともまた、同じくらい大事な要素です。
今、野球の大谷翔平選手は、おそらく米大リーグでナンバーワンの選手でしょう。サッカーでも中田英寿さんや香川真司さんら欧州のトップクラブで活躍した選手がいます。ただ、プロサッカークラブの場合、選手は1チームに約30人います。それに対して、監督は1人、強化部長も1人、社長も1人です。海外クラブで未来の絵図を書いて戦略を練る、組織を組み立てる、経営のかじ取りをする人が日本のスポーツ界からはなかなか出てきませんでした。
確かに、サッカーに関して、日本は欧州に比べて後進国だという要因もあります。ただ、海外の組織で腕を振るう経営者が少ないという点では、他の産業でも同じではないでしょうか。
シントトロイデンでの挑戦に関して、私は究極的には「日本を売りに来た」と思っています。
サッカー界では、大きなマーケットがあり、大きなお金が動いて、人的交流の容易な欧州と比べると、アジアのマーケットは構造的に不利な状況にあります。クラブの規模が小さく、動くお金も小さい。リーグのレベルもなかなか上がらない。欧州には日本より格上のリーグが多くあります。
しかし、Jリーグのクラブで働いていた時から、日本の経営者も同じ土俵に立てば、十分にやれるという自信がありました。日本の緻密で誠実なマネジメントに対して、Jリーグにきた外国人監督や外国人選手から称賛の声を何度も聞いていたからです。「日本のオーガナイズは本当に素晴らしい」と。
私は欧州に学びに行く時代は終わり、戦いに行く時代が到来していると思っています。世界的な競争に選手だけでなく、強化担当者もGMも監督も経営者も参加しなければいけません。「プレミアリーグに視察に行きました」とか、「ドイツのクラブで勉強してきました」とか、そういう時代ではなく、同じステージで戦っていかなければならないのです。
実は、日本には過去にもフランスやスペインのクラブを買収した先人がいました。でも、彼らは目的、目標が明確でなかったと感じています。結果として、成功しませんでした。だから、私は明確なビジョンを打ち出しました。「ここから、世界へ」と。
シントトロイデンのプロジェクトには2つの顔があります。
日本の人たち向けには、「シントトロイデンは日本人選手を成長させた」「日本代表の強化に大きな役割を果たした」というメッセージでいいと思います。一方で、欧州の人たちに対しては、「日本人は経営もいい」ということを証明しようと考えていました。
私が今やっていることはベルギーの小さなクラブでの仕事ではありますが、7年もの間、しっかり経営をしてきたことで、当初からの思いを数字で示すことができたのではないかと思っています。少なくともシントトロイデンで「日本人」のブランド価値がかなり上がったのは間違いありません。
もちろん、シントトロイデンのチーム自体が完全に軌道に乗ったといえるわけではありません。山あり、谷あり。特に2024 ― 2025シーズンは生きた心地がしませんでした。
このシーズン、クラブは残留争いに巻き込まれました。思えば、経営者として、私の判断ミスが原因だったのかもしれません。選手人件費を2億円ほど削って 、シーズンに突入したのです。
立石敬之(著)、日経BP、1980円(税込み)



