日本を代表するインターネット企業の社長から東京都副知事に転身した宮坂学氏。宮坂氏のキャリアに影響を与えた5冊を紹介する本連載。最後は、小学校の教科書にも登場する名作『銀河鉄道の夜』について話を伺った。大人になった今だからこそ読み返したい、ウェルビーイングのためのヒントに満ちているという。

宮坂メモ:人は誰かとの関係性の中でしか生きていけない。その際、どういう関係性の中で生きるのか? 自分のために生きる(物語に出てくる、鳥を捕る人)、大切な人のために生きる人(沈没船の人)、苦手な人のためにすら生きる人(カムパネルラ)。苦手な人のために死んだカムパネルラはジョバンニの生き方に多大な影響を与え、そしてジョバンニは未来において"ほんとうのさいわひ"を追い求めたくさんの人に貢献するだろう。イタチとさそりの話も本質的。自分のために生きたさそりと死後に旅人を照らし出すさそりになった話も印象的。「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」とかすごい。

 小学校の時に読んで、当時は、面白くも何ともなかったのですが、社会人になってその奥深さに感動した本です。ちょうど、今から15年ほど前ですね。

 週末にスノーボードをするために、長野や東北地方と東京を往復10時間ぐらい一人でドライブしていました。当時はCDに音声が吹き込んであるCDブックというのがあって、岸田今日子さんが朗読をする『銀河鉄道の夜』を聴いていました。当たり前ですけれど、岸田さんの語りが素晴らしくて、何回聴いても飽きなかった。運転中、何度も何度も聴いて、お経みたいな感じで覚えていきました(笑)。

 この小説にはそれこそ、色々な解釈があると思いますが、僕の中では、結局、これは人の関係性についての物語だと感じました。

「『銀河鉄道の夜』は、ドライブ中にCDブックで何度も聴いていました」
「『銀河鉄道の夜』は、ドライブ中にCDブックで何度も聴いていました」
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 主人公のジョバンニが汽車に乗っていると、色々な人が出てきます。おそらく死んでいった人々なのではないか。僕はあの登場する順番に意味があるのではないかと思っています。

本当の幸せとは何か

 最初に出てくるのは、「鳥捕り」です。サギを捕まえる商売をしていて、要するに、自分のためにキャリアを積む利己的な人間です。その次が、乗っていた豪華客船が沈んだきょうだいと家庭教師の青年です。そして最後のカムパネルラ。ザネリという、意地悪ないじめっ子を助けるために、自分の命を懸ける。つまり、出てくる人物が利己からより利他を大事にする人へと変化していくと感じました。

 今、時代も何となく利己より利他という雰囲気になっていますよね。ウェルビーイングも、究極的にはそこに行き着くかもしれない。だから、本の中で出てくる「ほんとうのさいわひ」という言葉が、ウェルビーイングの日本語訳としてふさわしいのではと思います。

 「ほんとうのさいわひ」って、何なんだろうか。これも色々な解釈があると思いますが、僕はこの本を通して、人のために貢献する生き方にヒントがあるんじゃないかと受け取りました。それを象徴するような、2つのエピソードがあります。

 一つはさそりの話です。最初にさそりは日々、生き物を殺して獲物にしていたんですね。要するに、自分のために生きていた。ところが、ある日イタチに追いかけられて、逃げ回ったあげく井戸に落ちてしまうんです。そして、溺れながら、後悔するんですよね。自分は今まで腹が減って、動物を殺し続けてきた。翻って、イタチもすごく腹が減ってたはずで、自分が身をささげれば、イタチの命の役に立てたのに、自分は最後まで逃げ回って水に沈んだ。むなしい人生だったと言って、溺れていくんです。それが天に上り、蠍座になっていく。

 そして、蠍座になって空から旅人を照らす星になる。自己に生きた前世から旅人の道を指し示す星になる。利他の極致みたいな話ですよね。

 もう一つの挿話は、その延長で、それを聞いてジョバンニが、ほんとうのさいわひのためなら、自分は身を焼き尽くしてもいいという話をします。本当の幸せというのは、自分のためでなく、人のために生きることだと言っているわけですね。それは内村鑑三の言う「生き方を残す」に近く、カムパネルラは死んでしまったけど彼の生き方はジョバンニに継承されていく。私はこんなすごい生き方ができるとは思えないけど憧れます。これも小学校で読む本じゃないですよね。

あなたはどう生きたいのか

 僕が紹介した5冊に共通して言えるのは、自分が置かれたライフステージによって、もしかしたら違う解釈ができる本だということかもしれませんね。

 小学校の時に読んだ印象と、就職してから読んだ印象とでは違うと思うし、さらに結婚したり子供が生まれたらまた違って読めるかも知れません。どれも、何回読んでも面白い本です。僕自身も、今後も時々読み続けたいと思う本ばかりですね。

 以前、『龍馬伝』というNHKの大河ドラマがありました。その中で吉田東洋が、若き日の坂本龍馬に言う台詞がとても印象に残っているんです。

「紹介した5冊は、今後も時々読み返したい本です」
「紹介した5冊は、今後も時々読み返したい本です」
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 「おまえは、自分の命を何に燃やすんだ」

 僕にはとても印象的でした。若い頃は深く考えなくても、だんだんと年を重ねていくと、身近な友達や親が亡くなったりして、死を意識するようになります。すると、考えますよね。なぜあの人が死んで、自分は生きてるのかと。

 おそらく、自分が何に時間を使い何に命を燃やすのか?なんて、動物は考えないと思うんです。人間だけですよね。そんな、人間ならではの、究極の問いを考える時間を持つのも良いと思います。あまり悩みすぎると病んでしまいますけど、人間にしか与えられていない問いを考えることは豊かな時間だと思います。

取材・文/蛯谷敏 写真/中西裕人