臨床心理士の中島美鈴さんが『 会社でいちいち傷つかない 認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動 』をもとに行ったオンラインイベントをまとめました。認知行動療法のメソッドを紹介し、視聴者からの悩みに答えた、連載第1回。

同じ職場でも病む人、病まない人がいる理由

 みなさん、日々仕事をする中で「自分でどうにかしようとして、残業してしまう」「上司がなかなか決めてくれず、振り回される」といったことに悩んでいませんか。

 でも、同じ会社で同じように働いていても、心が傷ついてしまう人と、タフに仕事を楽しめる人がいます。

 今回、私は心が傷ついてしまう人に向けて『会社でいちいち傷つかない 認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動』という本を書きました。私は普段、臨床心理士として認知行動療法を用いてカウンセリングを行っています。

 この本には、認知行動療法の手法をもとに、自分の心を守りながら仕事で成果を出すためのスキルを詰め込んでいます。今回は、具体的なスキルをご紹介する前に、仕事でストレスを感じるようなことが起きたときの捉え方、思考のクセについて解説します。

 職場におけるストレスは「業務量の多さ(定量的・定性的な過重労働)」「将来やキャリアへの不安(キャリア、将来への曖昧性)」「人間関係の問題(上司や同僚からのサポート不足)」「仕事のコントロール不足(裁量のなさ)」「勤務時間の長さ(長時間労働)」「評価制度の不備(不公平な人事評価)」といったことが考えられます。

 こうした中で「分からないことがあっても聞けない」「同僚の愚痴に付き合わされて、嫌なのに断れない」「上司の『いい感じで』などの曖昧な指示にどう応えればいいのか分からない」「注意されると人格を否定されたように感じてしまう」「管理職になってから割り込み仕事が多く、仕事が進まない」……といったことに悩んでいる人が多く見受けられます。

職場におけるストレスは一つだけではなく多種多様で複合的。しかも会社は簡単に辞められず、人間関係も適当にできないので解決が難しい(写真:kimi/stock.adobe.com)
職場におけるストレスは一つだけではなく多種多様で複合的。しかも会社は簡単に辞められず、人間関係も適当にできないので解決が難しい(写真:kimi/stock.adobe.com)

 最初にはっきり申し上げると、これは個人の能力や性格が問題なのではありません。職場を見渡してみると、同じような環境にいるのにストレスを感じずに働いている人もいると思います。何が違うかというと「物事の捉え方」が違うのです。

 企業の体質や構造、管理職との関係性や評価制度も大きな要因となります。実際に仕事をしているとこちらの要因も大きいのですが、まずは現場レベルで起きたことに対して自分で対処する方法を知りましょう。

仕事の足を引っ張るのはスキーマ

 個人の「物事の捉え方」ですが、上司に叱られたとき、「落ち込んで立ち直れない」という人と、ショックは受けつつ、反省はしつつも「あんな叱り方をしなくてもいいと思わない?」と同僚に愚痴りながらデスクに向かう人がいると思いませんか。

 その人の物事の捉え方を専門用語で「認知」と言います。さらに認知は「自動思考」と「スキーマ」に分けられます。「自動思考」は認知の中でも比較的浅く、変えられやすいもの。たとえば、丸くて赤いものを見たら「りんごだ」と認識したり、直感的に「あのりんごをもらいたい」と思ったりするのが自動思考です。
 これに対して「スキーマ」は意識しづらく、変えにくく、その人の性格を形成しているもの。たとえば「どうせ自分は嫌われ者だからみんなの輪の中に入れてもらえない」というのがスキーマです。
 ほかにもスキーマの代表例としては「どうせ自分は駄目だから」「どうせ自分は仲間には入れてもらえない」といったことです。こうしたスキーマがあると、上司に注意されたとき「どうせ自分は上司に好かれていないから」という思考のクセが出てきて、必要以上に傷ついてしまうのです。

スキーマはその人の中に深く根ざしているので、意識しづらく変えづらいのが厄介だ
スキーマはその人の中に深く根ざしているので、意識しづらく変えづらいのが厄介だ
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 このスキーマは思春期までの経験を通して形成されます。厄介なことに、私たちはスキーマと一致した情報だけを受け取りやすいのです。親や周囲に愛されて育ち、クラスの人気者だった子どもは「自分は愛される」というスキーマを持ち、ますます愛される人生を送ります。
 反対に親に厳しく育てられ、クラスでもパッとしなかった子どもは「自分なんて」という思い込みから抜けられません。世の中は不公平ですよね。
 このスキーマは大人になっても影響しますから、「今は自分のスキーマが足を引っ張っているんだ」と覚えておくといいと思います。

 たとえば、プレゼンの内容を上司が褒めてくれたとします。そのときに「愛されて当然」というスキーマを持っている人は素直に受け取れます。しかし、「自分は駄目だ」というスキーマを持っている人は「プレゼンのスライドぐらいしか褒めるところがないんだ」「褒められたのはスライドで、自分じゃない」「上司がこれだけ褒めるのは、後で面倒な仕事を押し付けようとしているのかも」と警戒してしまうのです。

職場で起きたことに対して、ポジティブに捉える人もいれば、ネガティブに捉える人もいる。この違いはその人の思考のクセであるスキーマが影響している(写真:rrice/stock.adobe.com)
職場で起きたことに対して、ポジティブに捉える人もいれば、ネガティブに捉える人もいる。この違いはその人の思考のクセであるスキーマが影響している(写真:rrice/stock.adobe.com)

 この悪循環から抜け出すには「スキーマに気づいて、補整し、行動を変えていく」といった地道な方法しかありません。スキーマに気づき意識を変えるには、本気で取り組んで2年間ぐらいかかるとも言われています。気が遠くなるかもしれませんが、スキーマは一生を通じて影響するものです。それならば、日々の中で自分のスキーマに気づき、それを変えるよう意識し乗り越えたほうが生きやすくなります。

 会社は簡単に辞められません。そのためにも自分のスキーマに気づき、行動を変えていきましょう。次回からは実際に職場で起こった事例について、どう行動すればいいかをアドバイスします。

取材・文/三浦香代子

会社がつらい、でも簡単には辞められないという方へ。臨床心理士の中島美鈴さんが、行政や企業で行ってきた研修やカウンセリングをもとに、具体的な職場の悩みを扱いながら、認知行動療法の手法を用いて自分で解決・改善できる方法を伝えます。

中島美鈴著、日経BP、1760円(税込み)