2025年2月10日、『2030年の戦争』(日経プレミアシリーズ)の刊行を記念し、本書の著者、軍事研究者の小泉悠さんと山口亮さんが登壇したトークライブが、東京・紀伊國屋書店新宿本店で行われた。その模様を紹介する。2回目は尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領弾劾裁判後の韓国の行方、中国に対するロシアの感情、北朝鮮のウクライナ戦争出兵について。

第1回 小泉悠×山口亮 東アジア人の視点から戦争を考える

先の読めない韓国

東京大学先端科学技術研究センター准教授・小泉悠さん(以下、小泉) 直近の国際情勢で、今、山口さんが注目していることは何ですか。

東京国際大学国際戦略研究所准教授・山口亮さん(以下、山口) 仕事柄、注目しなくちゃいけないのが朝鮮半島ですね。最近だと韓国での動きが目まぐるしいですが、正直、追いついていくのがやっとです。弾劾裁判後の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に関する情報も流動的ですし、これでまた反日政権になるかというと、そう簡単ではないかなと。野党の中にも「日本と米国の協力・連携関係は重要だ」という意見がありますし、「北朝鮮の相手はできない」という本音もあると思います。

小泉 それは2024年に北朝鮮が憲法改正で韓国を「敵対国」としたからですか。それとも、もっと以前から?

山口 ずっと前からです。厳密に言うと、2020年に北朝鮮が開城(ケソン)の南北共同連絡事務所を爆破した時点で、韓国としても「もう南北融和は無理だな」と思ったはずです。

小泉 ある意味、北朝鮮はストレートですよね。「関係断絶」となると、一緒に作ったビルを爆破する。とても分かりやすいお別れの合図です。

山口 韓国の融和派の中では「統一は無理かもしれない。でも、穏やかにいこうよ」という気持ちがあったと思うんですが、それすら駄目なのかと。

小泉 韓国は文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の太陽政策で、北朝鮮にかなり寛大でしたよね。「あんなにやっても駄目だったのか」という気持ちがあるでしょうね。

山口 駄目だったから、今、文在寅は田舎で本屋さんをやっているんじゃないですか。

小泉 のんびりやっているんですかね。

山口 いや、意外と鍛えているかもしれないですよ。文在寅は特殊部隊出身ですから。

小泉 昔、僕は「G20加盟国で個人戦闘力が最強のトップはプーチンか文在寅」と言ったことがあります。文在寅が軍の施設を視察したとき、銃の照準を合わせるために空を見上げ、瞳孔をすぼめる動作をしたんですよね。もう、完全に訓練された兵士の動きでした。尹錫悦の弾劾後、また文在寅政権のように反米左派になったら困ると思っているのですが、どうですか。

山口 韓国の反米左派はパフォーマンスにすぎないのかなと思います。特に最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表はパフォーマンスが大好きですが、このままは続かないと思います。

 ソウル市は2032年夏のオリンピックを「北朝鮮の平壌と共同で開催する」という案を提案しましたが、韓国の方たちとその話をしたら、全員大爆笑でした。「本音と建前って言葉知ってます?」って。今や韓国では「統一は夢であっても目的ではない」。以前、南北統一は悲願でしたが、実際にやろうとすると、政治的、経済的、文化的にもいろいろと障壁があるし、難しいですよね。

「韓国の建前と本音を見極めるべきだ」と話す山口亮さん
「韓国の建前と本音を見極めるべきだ」と話す山口亮さん
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小泉 そうなると米韓同盟はどうなりますか。尹政権はめちゃくちゃ前のめりに日米韓合同演習をして、軍事的に一体化する姿勢を見せていました。我々のように安全保障を研究する側からすると「ありがたい」。でも、同時に「ここまでやって韓国内で怒られないのかな」と思っていたら、想像の斜め上を行き、自爆してしまいました。さすがにこのまま保守政権が続かないとしても、次期政権はどうなるのでしょうか。

山口 日米韓の軍事同盟のペースは多少落ちると思います。ただ、今まで一歩前進しては一歩後退の繰り返しでしたが、ここ2、3年で3歩ぐらい前に進んだので簡単にはひっくり返せない。当局間の連携が強化されていますし、政府内でも「日本と連携できるんだ」という自信と認識が相当高まっています。あまりメディアでは言われていませんが、韓国は北朝鮮、中国の脅威を強く認識しています。問題は本音と建前をどう混ぜ合わせるかですね。正直、そこは分かりませんし、次期大統領に誰が出てくるかにもよります。もちろん、北朝鮮はいろいろ懐柔し、譲歩を引き出そうとするでしょうけど。

小泉 本音と建前というのは北朝鮮に対して? それとも日本や中国ですか。

山口 全部です。韓国では中国に対する脅威は昔からあります。「日本には2回しかやられていないけど、中国には何百回もやられている。本当の脅威は中国だ」という声が結構聞かれます。

ロシアも中国を恐れている

小泉 複雑な感情があるんですね。ロシアにとっても中国はおっかないんですよ。デカい国で核兵器を持っていますから。『2030年の戦争』では中国の核兵器は500発と書きましたが、その後の米国国防総省の発表によると600発保有しているそうです。100発増えているんですよ。「2030年までに1000発」という目標に向け着々と進んでいる。

 ロシアは中国に技術的に依存しているし、エネルギーを買ってくれる相手でもある。だから中国という存在は、すごく恐ろしい。恐ろしいがゆえに敵に回したくない。少々のことは水に流す。「とりあえず中国についておけば安パイ」という雰囲気ですね。

「ロシアから見ても中国はおっかない国」と話す小泉悠さん
「ロシアから見ても中国はおっかない国」と話す小泉悠さん
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 韓国からすると、中国は貿易相手としてナンバーワンですよね。台湾有事の際に韓国が参戦したら大変です。韓国から在韓米軍が出撃する事態になる。実際、この「恐ろしい」という気持ちは抑止に働くのか、融和に働くのか。理論上はどちらもあり得るでしょうね。

山口 韓国は北朝鮮への対応で精いっぱいだと思います。中国まで手が回らないでしょう。北朝鮮と戦うことを覚悟しても、中国に関してはなるべくぶつかりたくないというのが本音です。

小泉 韓国のロシアに対する態度も興味深いなと思います。韓国はロシアとも貿易関係があります。そういえばロシア人は激辛ラーメンのドシラクを食べるんですよ。ロシア人はあんまり辛いものは食べないんですけど、極東地区の人は喜んで食べる。極東の船員が韓国で買って帰って、人気になったみたいです。モスクワでもドシラクを食べる人は多いですよ。

山口 どうりで釜山港近くのスーパーマーケットで品切れなわけだ(笑)。

小泉 みんな買い占めて帰っちゃうらしい。安全保障に話を戻すと、外交で「韓露関係」ってあんまり聞いたことがなかったんです。でも、ここにきて北朝鮮がウクライナ戦線でロシアに協力している。韓国ではロシアの要素は注目されていないのですか。

山口 ウクライナ戦争に関してはそこそこ注目されていましたが、北朝鮮が出兵するようになってから、さらに注目されるようになりましたね。長期的には影響するのは間違いないわけですから。

北朝鮮出兵の見返りは?

小泉 北朝鮮には見返りが来るじゃないですか。クルスクの前線には北朝鮮兵が1万2000人ぐらい送られて、3分の1ぐらいが亡くなった。1万2000人というのは朝鮮人民軍の1%に当たる。ウクライナの情報総局長からの情報によると、残りの兵はいったん引いて再編中だとか。また、ロシア軍は年に1000万発ぐらいの砲弾を撃つわけですが、2023年以降、北朝鮮が毎年500万~600万発を提供している。

 ロシアは、北朝鮮の支援なしでは今のような規模で戦争を遂行できない。北朝鮮はロシアに対する貢献が大きいですよね。その見返りに何をもらうのか。

山口 原子力潜水艦関連の技術は絶対にリクエストしそうですね。最新のC4ISR(指揮・統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察)技術も当然ほしいでしょう。

小泉 北朝鮮の国防5年計画では「核兵器の戦術兵器化とICBM(大陸間弾道ミサイル)への複数の核弾頭搭載」と書かれている。つまり小さい核弾頭が必要だと言っていますね。

山口 ただ、それらはある程度できあがっているという話も聞きます。北朝鮮兵は死傷者が出れば出るほど、ロシアに「これだけの犠牲を払ったのだから、これぐらいはくれますよね」と言うでしょう。ただ、北朝鮮の派兵と戦況に関しては、ウクライナから出てくる情報も混乱していますから、どこまで正確なのか不明なところもあります。

小泉 そうですね。ウクライナは侵略された側ですが、ウクライナからの情報が何でも正しいわけではなく、プロパガンダも含まれていますからね。

 ロシアが最初にクリミア半島で軍事行動をしたときは「遠いユーラシア大陸の戦争」だったのに、北朝鮮がウクライナ戦争に参戦したことで、アジアにググッと近づいてきてしまった。欧州でも「ユーラシアの東西安全保障を連携する」と言い始めたし、日本から見ても変なチャンネルが開いてしまった。だから、NATO(北大西洋条約機構)の総会で日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド(IP4)とウクライナという不思議な首脳会談が実現してしまいました。

山口 IP4の4カ国+ゼレンスキー大統領の会談がありましたね。

小泉 NATOの加盟国が総会をしている間、ヒマだったらしいですよ(笑)。「みんな予定が空いているんだったら、会ってもらおう」とセットしたら会談ができちゃったみたい。

山口 国際会議は待ち時間が長かったりしますからね。でもそういう時間をこのような形で活用するのも重要だと思います。

(第3回へ続く)

文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか

日経プレミアシリーズ『 2030年の戦争
中国の軍備拡大、北朝鮮の核開発、ロシアのウクライナ侵略――。日本の安全保障環境は風雲急を告げる。現代の戦争とはどのようなものか? 2030年代、日本が戦争に巻き込まれるとしたら、どんな事態か? ともに1982年生まれの気鋭の軍事研究者がディープに語り合う。

小泉悠、山口亮著/日本経済新聞出版/990円(税込み)