2025年2月10日、『2030年の戦争』(日経プレミアシリーズ)の刊行を記念し、本書の著者、軍事研究者の小泉悠さんと山口亮さんが登壇したトークライブが、東京・紀伊國屋書店新宿本店で行われた。その模様を紹介する。3回目は、第2次トランプ政権誕生による日本の安全保障の揺らぎ、近未来の最悪シナリオ、戦略をゲームのように語ること、などについて活発な議論が交わされた。
第1回 小泉悠×山口亮 東アジア人の視点から戦争を考える
第2回 小泉悠×山口亮 北朝鮮出兵でウクライナ戦争がアジアに近づく
トランプの安全保障は「サブスク」課金?
東京大学先端科学技術研究センター准教授・小泉悠さん(以下、小泉) 『2030年の戦争』を書いている間にドナルド・トランプが米大統領選挙で当選を決めました。今、戦後80年続いてきた安全保障の基盤が揺らいでいます。「米国が世界の安全保障にコミットする」という大前提が崩れるかもしれません。日本は憲法9条の中で最低限の防衛力を持ち、米国の世界戦略に乗っかっていればよかった。ある意味、幸せだったかもしれません。これまでは「最後は米国が出てくるんでしょ」という大前提があったけど、もう分からない。誰かが「トランプの安全保障はサブスク」だと言っていましたが、その通りですよね。要するにいっぱい課金したら、いっぱい守ってくれる。
東京国際大学国際戦略研究所准教授・山口亮さん(以下、山口) 2025年からもうサブスク課金が始まっています。
小泉 ただ、ここで問題なのは、正確には「いっぱい課金してくれたら、いっぱい抑止にコミットメントしてくれる」ということ。「守る」ではなく「抑止」であって、その抑止が破れた後は極めて怪しくなる。
山口 第1次トランプ政権のときもそうでしたね。米国のこういう動きもあって、韓国は不安になって、ここ数年は「核武装をするしかないのでは」という世論が高まっています。日本でも同じような議論が出てきそうですね。
小泉 サブスクといえば、米国国防次官に就任したエルブリッジ・コルビーは日本のアメリカンスクール出身で、宇多田ヒカルの後輩なんですよね。そのコルビーの持論は「米国にはもう世界を守る力はない。唯一、米国の覇権を脅かす中国の抑止に全振りすべきだ。だから他は切り捨てるべきだ」というものです。実務は国防長官ではなく国防次官の彼がやるだろうから、この路線は現実味を帯びてきました。朝鮮半島も米国は守り切れないから、韓国に対しても「自国は自分たちで守ってくれ」ということです。すごい時代になりました。
山口 そうですね。韓国では昨秋「いったいどうなってしまうんだ」という声が出ていました。
小泉 そういえばコルビーは「ブリッジ」と呼ばれているけど、あれは愛称なんですか。山口さんは面識ある?
山口 あります。主張されていることに関しては異論もありますが、いい人ですよ。
小泉 みんな会うと「いい人」って言うんだけど。軍事戦略家が書く本はその字面だけ読むと、とんでもなく非人道的に見えるんですよね。コルビーであれば『 拒否戦略 中国覇権阻止への米国の防衛戦略 』(塚本勝也・押手順一訳/日本経済新聞出版)、『 アジア・ファースト 新・アメリカの軍事戦略 』(文春新書)。この『2030年の戦争』も読む人が読めば、とても非人道的なことを言っているようにも見えると思う。
山口 いや、この本は軍事オタクと脳筋(脳みそまで筋肉)の対話ですよ(笑)。
抑止失敗だとロクでもない選択肢しか残らない
小泉 『2030年の戦争』後半部分は日本にとって望ましくないシナリオも書かれています。
山口 帯の文言(「もし、日本が戦争に巻き込まれるとしたら?」)からして、すごいですよね。そういえば、帯用の写真撮影に僕はスーツを着て行ったんですよ。そうしたら、小泉さんが今日と同じような格好で来て、「部屋着で来よったな!」と驚きました。
小泉 僕も山口さんがスーツにネクタイでビシッと決めてて、驚いた(笑)。話を戻すと、「良くない知らせ」を持ってくるメッセンジャーは嫌われます。以前、ある新聞に「台湾有事の際に中国が威嚇的な核使用をする可能性がある。沖縄の沖合で核爆発を起こして、日本に米軍基地の提供を拒否させるかもしれない」と書いたら、某氏から「戦争をゲームみたいに言うな!」と、めちゃくちゃ怒られました。
実際に米国をはじめ各国の戦略理論はゲーム理論に基づいています。でも、戦略を「ゲームみたいに考えること」と「ゲームみたいに楽しむこと」は違います。確かに僕は戦争をゲームのように考えている部分はありますけど、楽しんでいるわけでは決してありません。でも安全保障の話をするとき、ゲーム的に最悪のシナリオを考えていくと、「そんな話をするな」という議論になってしまうんですよね。
山口 難しいですよね。私もよく仕事で戦略・作戦シミュレーションをやっていますが、「戦争ごっこ」をしていると結構誤解されます。
小泉 やっぱり考えておかないと、本当に最悪の事態が起きてしまうこともあるわけで。ウクライナが我々に教えてくれているのは、「抑止が破れたらロクでもない選択肢しか残らない」ということです。プーチンの言い分を聞いて属国になるような条件で降伏するか、それとも国民が死に続けることを承知で抵抗を続けるか。その二者択一しか残っておらず、仕方なく後者を選んでいる。でも、これもトランプの出方によってどうなるかは分からない。我々も今のうちにあまりうれしくないシナリオをたくさん考えておくほうがいい。
山口 最悪のシナリオ=最も蓋然性の高いシナリオとは限りません。ここは私と小泉さんの意見が割れるところですが、私は偶発的な事態のほうが怖いんですよ。小泉さんは計画的に起きる事態を考えていますよね。
小泉 僕はロシア屋として、研究対象が大暴走するところを見てしまいました。「まさか戦争はやらないだろう」とは、もう口が裂けても言えない。「まさか」はない。本当にあらゆることに備えなきゃいけないんです。でも、「備える」というアクションが向こうのリアクションを呼んでしまう。これは安全保障のジレンマの典型です。だからガッチガチに備えればいいというわけでもないのですが、最悪の事態は想定するべきですね。
山口 どっちに軸足を置くかですね。私がなぜ偶発的な衝突を恐れているかというと、朝鮮半島でも台湾海峡でも、3~5年前からグレーゾーンな事態が常態化しているからです。そうすると、戦争への「導火線」がかなり短くなってしまう。
小泉 グレーゾーンな事態とはなんですか。台湾の海底ケーブルが切られているとか。
山口 はい。それもグレーゾーン事態の一つです。ほかにも兵器の実験や実戦を想定した訓練、排他的経済水域(EEZ)に船や航空機が入ってくるとか。そういうことを繰り返しているうち、いつか偶発的な衝突が起きてしまう心配があります。あと、北朝鮮は新たに国境を設定すると言っていますが、黄海では限りなく北朝鮮に近いところに韓国の離島があります。もし、北朝鮮が「これらの島々はうちらのものだが韓国が不法占拠している」と言ったらどうなるか…。
小泉 過去には実際に戦闘もありましたよね。
山口 ここ30年ほどで少なくとも5、6回衝突が起きています。それもほぼすべてグレーゾーン事態や偶発的な出来事から始まりました。
小泉 いざ戦闘になったら、どこまでいくのかは分からないですよね。
山口 米国には「ハンマーしか持っていないと、すべての問題が釘に見えてしまう」(だから打つしかない)ということわざがあります。特に北朝鮮として効果を発揮できるのは軍しかないので、あらゆることに軍事力を使ってくる。
私と小泉さんは同じ1982年生まれ、同じ軍事研究家ですが、全然違うルートからこの世界に入り、スタンスも違うのは面白いですよね。小泉さんは戦略でも戦術でも哲学的に考えるように思います。
小泉 基本的に軍事オタクなので。山口さんは体育会系ですね。
山口 もともとスポーツ一筋で、軍事には全く興味なかったんです。ケガをして、新しいことをやらなきゃと思ったとき、ほかにやっている人があまりいなかったから、国防計画や東アジアの安全保障問題でもやってみようかと。
小泉 日本が偉いなと思うのは、東アジアの安全保障に関する専門家が一通りいることです。他国の人に聞いたら、そもそもロシア軍事の専門家はいない。韓国の国防大学にはいるそうですが、僕みたいに在野でペラペラしゃべるヤツはいない(笑)。日本は中国、韓国、北朝鮮、ロシアに接していて領土問題があるから専門家がいるのかもしれないけれど、安全保障研究の地力を持っているんですよ。だから、もっと東アジアの中で大きな顔をしてもいい。
日本の軍事研究はcolorful
山口 日本は軍事研究の面々がcolorful(カラフル)なんですね。
小泉 山口さん、ここでcolorfulを使うとは、さすが英語ネーティブですね。村上春樹の小説を読んでいると、よく「カラフル」が出てきますが、どうしてここで使うんだろうって思っていました。日本の軍事研究はカラフルなんだけど、あんまり発信が上手じゃありません。もっと日本がハブになって発信したらいいのに。
山口 小泉さんは発信しているじゃないですか。
小泉 いや、あんまり海外発信ができていないんですよ。日本がハブになって、日本と韓国、台湾、オーストラリアとアジア全体にとって役に立つ安全保障研究ができるといいですね。
山口 議論がもっと多様化するといいですね。私は国防計画や統合運用が研究分野なんですが、こういったテクニカルな研究も役に立たせることができればと思います。
小泉 もっと僕みたいなオタクがいてもいいかもしれない。山口さんのように政治学以外のところから安全保障を考える人がいると、豊かになる。まさにカラフルですね。
(第4回に続く)
文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか
小泉悠、山口亮著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


