2025年2月10日、『2030年の戦争』(日経プレミアシリーズ)の刊行を記念し、本書の著者、軍事研究者の小泉悠さんと山口亮さんが登壇したトークライブが、東京・紀伊國屋書店新宿本店で行われた。その模様を紹介する。最終回は対談の最後に行われた参加者との一問一答。台湾有事になったら韓国、北朝鮮、ロシアはどう出るか。戦争と自然災害がからんだら? 「安全保障」をどう定義するかなど、様々な質疑応答が行われた。
第1回 小泉悠×山口亮 東アジア人の視点から戦争を考える
第2回 小泉悠×山口亮 北朝鮮出兵でウクライナ戦争がアジアに近づく
第3回 小泉悠×山口亮 トランプ再選で米国頼みが通じない時代に
予想以上のロシア・中国の軍事的一体化
Q1 今、日本にとっては台湾有事が一番心配なことだと思います。台湾有事の可能性と、韓国や北朝鮮、ロシアがどういった対応を取るのかが気になります。ロシアや北朝鮮は台湾有事にそこまで関心がなさそうにも見えますが、どうでしょうか。
東京国際大学国際戦略研究所准教授・山口亮さん(以下、山口) 結論から言うと、台湾有事の際は韓国でも大混乱になるでしょう。もちろん北朝鮮も。ロシアはどうでしょうね。ロシアが体を張ってまで、他国の戦争に出てくるかどうかは疑問です。
東京大学先端科学技術研究センター准教授・小泉悠さん(以下、小泉) 台湾有事が起きてもロシア兵が中国の人民解放軍を助けるわけじゃないし、ロシアが艦隊を組んで台湾海峡にやって来ることもないと思います。
ただ、最近の中国とロシアの軍事的一体化は我々の予想を超えて進んでいます。軍事の話をするときは戦術レベル、作戦レベル、戦略レベルと段階がありますが、おそらく中国とロシアの関係は政治と軍事の境目が混じっている最高レベルまで進化しています。これは正直、予想外でした。
だから、ロシアが参戦の手前で、どこまでやるのかは想像がつきません。今、台湾有事のウォーゲームが日本の国内外で盛んに行われています。結構重量級の政治家が参加したり、公開されたりしているものもありますが、そのうちの一つにロシアが台湾有事の際に水上艦を出してくるというシナリオがありました。そうすると日本はその水上艦に張りついていないといけない。結果として南シナ海の制海権は苦しくなる、というものがありました。
山口 私も米国などでウォーゲームに参加していますが、台湾有事に韓国が何らかの形で関与せざるを得ないシナリオがあります。どういう状況かというと、台湾有事と朝鮮半島で同時、または連鎖的に衝突が起きてしまうマルチ有事です。何らかの偶発的な要因でこうしたシナリオになる可能性は小さくありません。ただ中国も、台湾海峡と朝鮮半島で戦うダブル有事は避けたいでしょうね。
戦争と自然災害がからんだら
Q2 今日は敬愛するお2人のお話が聞けて、感激の極みです。私からの質問は「戦争と災害がからむことはあるのか」です。最近では日向灘沖の地震、太陽フレアによる通信障害など、地球規模の災害が起きています。そうしたときに戦争を仕掛けたり、エスカレートしたりすることはあるのでしょうか。
山口 「自然災害と戦争」というテーマでウォーゲームをすることがあります。様々なシナリオがあるのですが、結局、自然災害は攻撃する側にとっても問題なんですよね。地震や太陽フレアによる通信障害などは、攻撃する側にも影響します。
小泉 僕が出席したウォーゲームでは「台湾大地震の際に中国が非武装の救援部隊を大量に送り込んだら、どうなるか」というものがありました。あくまで非武装、しかし、ものすごく大量の救援部隊にどう対処するか。これは各国でメチャクチャ意見が割れました。
米国の有識者チームは迷わず「軍隊を派遣する」と。さすがに日本はそれはできない…と日本の有識者チームがグズグズ検討している間に、米国は台北まで占拠していました。たぶん、現実でも日本政府が右往左往している間に米国や中国が既成事実をつくって、ものすごいスピードで事態が展開するのではと思います。
山口 なるほど。自然災害と戦争がからみ、テロ組織が混乱に乗じて活動するというシナリオもありますね。
小泉 そういえば、地球規模災害というと、今、地球に小惑星が衝突する確率が0.28%だそうですね。以前、ロシアの武器展示会に行ったら、アジア人は珍しいので、「なんでお前はロシア語をしゃべれるんだ」とからまれたんですよ。僕が「安全保障の研究をしている」と言ったら、「武器なんか使っちゃダメだぞ! 武器は地球に隕石が衝突するとか、そういうときに使うもんだ」と言っていましたね。
山口 そのおじさん、酒でも飲んでたんですか。
小泉 いや、そういうことを素面(しらふ)で言ってくるのがロシア人の面白さなんですよ。無駄に思想が気高いというか。僕も本当に地球に小惑星が衝突することになって、人類が無駄な戦争をやめればいいのにと思います。でも、中国のSF小説『 三体 』(劉慈欣著/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳/立原透耶監修/ハヤカワSF文庫)でも、人類は宇宙人が攻めてくるというのに権力闘争をしていますからね。実際にもそれに近いことが起きるんじゃないかな。せめて破滅を回避するために、自然災害時の安定性を考える必要があると思います。
「安全保障」をどう定義するか
Q3 今日のお話を聞いて、安全保障というのは平和な国に住んでいるからこそ議論できる、ぜいたくな話題だと感じました。私からの質問は2つです。1つは安全保障の定義は時代や人種、情勢によって違うと思いますが、お2人の定義する安全保障とは何かを教えてください。もう1つは山口さんが多様な軍事研究家がいることを「カラフル」と表現されましたが、女性の研究者はどのぐらいいるのでしょうか。
小泉 安全保障とは「どういう世界に生きたいか」を考えることだと思います。安全保障というと戦車やミサイルの話だと思われがちですが、それは手段でしかありません。例えば、安全保障を各国が持っている軍事力で考えるとすると、当然ながら米国が世界最強です。でも、僕たちは米国の軍事力については心配していません。でも、中国がそれだけの軍事力を持つとなると不安です。それは申し訳ないけど、中国のつくる世界の中で生きたくないからですよね。
今、とりあえず米国のつくった世界の中で生きている分には、そこそこ平和だし、豊かでいい。安全保障とは最終的に我々がどういう世界を受け入れて、何が受け入れがたいのかを考える哲学的な問題だと思います。こうしたことをロシアとウクライナの戦争が起きてからずっと考えていました。でも、誰にも言う機会がなかったので、いい質問をありがとうございます。
山口 私が定義する安全保障は「今と未来を守るもの」です。2点目の質問に対する答えですが、過去40年間ぐらいで安全保障についての概念や議論が進化してきました。いわゆる国家間の戦争という「伝統的な安全保障」だけではなく、テロや犯罪、災害・環境問題、資源・食糧・エネルギー、性差別・暴力、マイノリティーに焦点を当てる「非伝統的な安全保障」についての研究も進んでいます。そして、分野によっては女性の研究者のほうが多いこともあります。もっとも日本では女性の軍事研究家は少ないです。
小泉 少ないですね。昔は少しいたのですが、最近のほうが少ないかもしれません。米国がすごいなと思うのは、ロシア軍事というゴリゴリのミリタリー分野でも女性の研究者がいることです。
山口 日本の自衛隊にも女性が増え、現場の意識は少しずつ変わってきているかもしれません。そういえば、うちの娘は8歳ですけど「統合作戦司令官になる」と言っています。
小泉 あれっ、少し前は「海上幕僚長になる」って言ってたのに。
山口 「パパ、幕僚長もいいと思ったんだけど、統合作戦司令部ができるなら統合作戦司令官になりたい」と言っています。
小泉 それは自衛隊が好きなの? それとも権力が好きなのか。
山口 自衛隊が好きというよりは、守ることに関する意識が高いんでしょうね。「悪いやつはすぐやっつける」「作戦は確実に、徹底的に」というスタンスをとっています…。
小泉 頼もしいなあ。
山口 脱線しましたが、要は日本も少しずつではありますが、変わってきています。安全保障をいろんなアングルから見られるといいですね。
統合作戦司令部を根づかせるためには
Q4 今、統合作戦司令部の話が出たので、それについてお聞かせください。自衛隊の統合作戦司令部(JJOC)が2025年3月に立ち上がりますが、お2人から見て統合作戦司令部を日本に根づかせていくために足りないものは何でしょうか。また、ロシアがウクライナで塹壕(ざんごう)戦をするなど戦況が停滞していますが、ロシアにおける統合運用はどうなっていますか。
小泉 記者会見みたいな質問ですね(笑)。まず、ロシアについて答えると、伝統的なロシアの統合運用は陸軍中心です。陸軍が軍隊の中心にいて、航空部隊は(爆撃機部隊や迎撃機部隊を除いて)軍管区の隷下にある。ただ、海軍をどう位置づけるかはソ連時代にも解決しませんでした。冷戦期を通じてソ連海軍総司令官だったゴルシコフの著書でも、「海軍は陸上作戦の際にも役に立つ」ということが強調されていました。陸軍国なのでこうでも言わないと海軍の立つ瀬がなかなかないわけです。
1980年代に実験的に統合司令部がつくられたこともありました。これはうまくいかなかったけれども、その後もカムチャツカなどの辺境地域では海軍部隊を中心とする統合部隊が編成される例は少なくなかった。それを2009年以降、全土に広げようとしたけれども、大規模統合はやはりうまくいかなかったんですね。
今回、ロシアとウクライナの戦争が始まると、この2000年代に導入された統合運用体制に対してやはり不満が続出しました。2022年の軍改革構想では「各軍の総司令部が訓練だけでなく、運用に関しても責任を持つ」とされています。要するに、総司令部はフォースプロバイダー(練度管理責任者)だけでなく、フォースユーザー(部隊運用責任者)にもなるというソ連型の構想に戻っていきました。「統合」という言葉だけを聞くと良いと思えますが、実際にやるのは難しいだろうなと。それは日本でも同じですよね。
山口 3月から統合作戦司令部が始まりますが、これはあくまでスタート地点です。「何が足りないか」という質問ですが、統合司令部は箱であって、この先は中身を決めていく必要があります。ただ、実際に統合司令部ができてからでないと、そこに所属する地域別、機能別の組織の中身は決められません。また、統合したとしても、それで実戦ができるかどうかは分かりません。
小泉 というと?
山口 あらゆる面で陸、海、空の戦力を混ぜ合わせても効果的とは限りません。統合といっても様々で、下手に統合し過ぎるとメガバンクの合併みたいになってしまう。
小泉 何色の銀行ですかね。
山口 私からは言わないです(笑)。経営でも経営統合と合併は違うじゃないですか。合併までいくと、本当にややこしくなってしまう。今はどこまで統合するかどうか、まだ決まっていないと思います。
小泉 事前に概念設計をするにしても、統合して何をするかはこれから話を詰めていくしかないと。
山口 統合が必要なとこと、陸海空が個別で対処できるとこを整理しなければなりません。
小泉 朝鮮半島の場合、少し前までは、有事の際、丸ごと米韓連合軍司令部に入るので統合運用は合理的でしたが、日本はそうではありません。カウンターパートが一つにまとまっていて、事実上隣同士に米国と日本の統合司令部がいて、一体となって作戦ができるのが簡単なんだろうけど、それができるためにはどういう条件で日本側は統合すべきなのか。これはやってみないと分からないでしょうね。
文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか
小泉悠、山口亮著/日本経済新聞出版/990円(税込み)



