日本の将来に人口問題が立ちはだかっている。人口が減少し始めた日本では、経済成長は期待できないとの見方が広がり、企業や個人を萎縮させている。今読むべき経済書を紹介する「経済学の書棚」第2回前編は、ロンドン大学の気鋭の人口学者が過去200年を読み解いた歴史教養書『人口で語る世界史』と、世界経済の大転換をもたらす最大の要因を、高齢化による人口構成の変化とグローバル化の減速だとする『人口大逆転』を取り上げる。

「経済学の書棚」連載第2回は、人口問題をテーマにした4冊
「経済学の書棚」連載第2回は、人口問題をテーマにした4冊
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直近200年は人口の大変革期

 日本の将来に人口問題が立ちはだかっている。人口が減少し始めた日本では、経済成長は期待できないとの見方が広がり、企業や個人を萎縮させている。

 人口学者、ポール・モーランド氏は『 人口で語る世界史 』(渡会圭子訳/文芸春秋/2019年8月刊)で、過去200年の世界の歴史を、人口問題の視点から読み解いている。

『人口で語る世界史』(ポール・モーランド著/渡会圭子訳/文芸春秋)。ロンドン大学の気鋭の人口学者が過去200年を読み解いた歴史教養書
『人口で語る世界史』(ポール・モーランド著/渡会圭子訳/文芸春秋)。ロンドン大学の気鋭の人口学者が過去200年を読み解いた歴史教養書
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 人口動向が大きく変わるとともに、国家が盛衰し、権力と経済力、さらには個人の生活が大きく変化している。ますます速くなる人口動向の大変化という嵐が、地球上のある地域から別の地域へと吹き荒れ、古い生活形態を根こそぎにして、新しい生活形態が取って代わる。「あちらで増えてはこちらで減る人口の潮流、人間集団の大きな流れの物語である。そして、その見落とされ軽視されてきた潮流が、歴史の流れにどれほど大きな影響を与えてきたかを語る」ための書だと著者は説明する。

 もっとも、人口動態、出生率や死亡率の上昇や低下、人口規模の拡大や縮小、移民の増加がすべての歴史を決めると主張する「安易な唯一原因論や決定論」はとらず、「人口は歴史の流れの一部だが、すべてではない。むしろ人口は、それ自体が他の要因によって動かされる」と強調している。

 物語は、増加する人口を原動力に世界を制覇した19世紀の英国から始まり、猛追するドイツとロシア、人口増加を目標に掲げたアドルフ・ヒトラー、第2次大戦後のベビーブーマーたちが黄金期を築いた米国、旧ソビエト連邦の崩壊後、人口が減少するロシアへと展開する。人口動態を軸にした世界史を壮大なスケールで描き出している。

「マルサスの罠」から抜け出した日本

 日本も登場する。19世紀の英国の経済学者、ロバート・マルサスは『人口論』で、食糧の増加は人口の増加に追い付かず、貧困や悪徳が広がって再び人口は減少すると説いた。戦前の日本人は非ヨーロッパ人で初めて、こうした「マルサスの罠(わな)」を逃れた国民となったとモーランド氏は評する。その日本が日露戦争で勝利し、ヨーロッパ人に衝撃を与え、鼻をへし折った大国になったのは偶然ではないという。「日本の工業発展と人口増大はつながっていて、人口増大によって獲得された力と資源がなければ、その後の帝国主義的拡大も考えられなかった」

 戦争直後、日本の合計特殊出生率は約4.5と高かったが、その後、急低下する。日本ではいったい何が起こったのか。著者によると、一般に低い出生率は収入の増加、都市化、女性の教育、特に高等教育と相関関係がある。日本の出生率の変化のパターンは西洋と似ているが、人口の大きな変化は後で起こるほど速くなるという説がある。米国や西欧は差し迫った人口減少を第三世界からの移民である程度補い、人口の民族構成に影響を与えている。「日本はそのような状況を真剣に予期していなかったが、近年はささやかながら外国からの移民が見られる」と現状を分析して日本の記述を終えている。

 人口が増加から減少に転じた現在、日本はさらなる工業発展や経済成長を望めないのだろうか。

 吉川洋・東京大学名誉教授は『 人口と日本経済 長寿、イノベーション、経済成長 』(中公新書/2016年8月刊)で、こうした「人口減少ペシミズム」に反論する。

 吉川氏は、人口減少と少子高齢化は社会保障費の増加、財政赤字の拡大、地方からの人口流出や地方の衰退を引き起こすものの、必ずしもゼロ成長やマイナス成長を覚悟する必要はないと、データを使って説明する。

 日本の高度成長期(1955~70年)の実質国内総生産(GDP)の成長率は年平均9.6%で、この間の労働力人口の増加率は年平均1.3%。第1次オイルショックからバブル経済終焉(しゅうえん)(1975~90年)までの実質成長率は年平均4.6%、労働力人口の増加率は年平均1.2%だった。高度成長は労働力人口の旺盛な伸びによって生み出されたのではなく、経済成長率と労働力人口の伸び率の差である「労働生産性」の上昇による。そして、一国の経済全体で労働生産性の上昇をもたらす最大の要因は、新しい設備や機械を投入する「資本蓄積」と広い意味での「技術進歩」すなわち「イノベーション」である。

原動力は人口ではなくイノベーション

 したがって、たとえ人口が減少してもイノベーションが活発に起きれば経済は成長する。既存の商品やサービスに対する需要が飽和しがちな先進国では、新しい商品やサービスを生み出す「プロダクト・イノベーション」が最も重要な役割を果たすという。吉川氏は人口減少ペシミズムにとらわれて貯蓄に走る現在の日本企業は「退嬰(たいえい)的だ」と指摘し、奮起を促す。

 一方、平均寿命の延びは、所得水準の上昇、医学の進歩、公衆衛生の発達による。公衆衛生の整備は政府の仕事だ。「新自由主義」的な発想に基づき、個人が栄養価の高い食事をとるなど合理的な選択をした結果、平均寿命が延びたと主張する経済学者たちの議論を紹介したうえで、吉川氏は「バランスを欠いた極論だ」と非難する。

 吉川氏は人口が減少する中でも企業が努力してイノベーションを起こせば経済成長は可能だと訴え、ペシミズムに陥りがちな人々を鼓舞する。その意図はよく分かるが、議論の行き過ぎは禁物だ。仮にイノベーションによって経済成長が続いても、人口問題が解決するわけではない。労働力とはならない高齢者の割合が高まる中で、国民1人当たりの所得を増やすのは至難の業だろう。イノベーションや経済成長に過度に期待すると、やはりバランスを欠いた極論になる可能性がある。

人口構成の変化からインフレを予測

 現実はどうなのか。マクロ経済学が専門のチャールズ・グッドハートとマノジ・プラダン著『 人口大逆転 高齢化、インフレの再来、不平等の縮小 』(渋谷浩訳/日本経済新聞出版/2022年5月刊)は労働力人口の減少と高齢化が世界全体に広がり、インフレと金利上昇の時代に転換すると予測する書で、経済成長にも言及している。

『人口大逆転』(チャールズ・グッドハート、マノジ・プラダン著/渋谷浩訳/日本経済新聞出版)。世界経済の大転換をもたらす最大の要因は、高齢化、労働人口の減少による世界的な人口構成の変化とグローバル化の減速とした
『人口大逆転』(チャールズ・グッドハート、マノジ・プラダン著/渋谷浩訳/日本経済新聞出版)。世界経済の大転換をもたらす最大の要因は、高齢化、労働人口の減少による世界的な人口構成の変化とグローバル化の減速とした
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 経済成長率は労働力人口の成長率と労働生産性の上昇の相互作用で決まる。労働力人口の減少が、労働参加率や労働生産性の上昇によって相殺されなければ経済成長率は下落する。日本では2000年以降、労働力が年率1%減少したにもかかわらず、生産量は年率1%成長した。労働者1人当たりの生産量が年率2%増加したためだ。同書は2000年以降の「日本経済のパフォーマンスは実際にはむしろ良好」と評価する。

 そんな日本にとっての問題は3つあるという。1つ目は、日本の労働者1人当たりの生産性はほとんどの先進国よりもよい状態にもかかわらず、全生産量の増加は他国に比べて貧弱に見えること。2つ目は低インフレ、3つ目は解雇による雇用調整ができない日本型慣行の影響で、日本の失業率は決して高くないのに賃金の上昇を引き起こしていない点だ。

 「人口構成や構造的な問題が、とりわけ今のような転換期においては将来のマクロ経済の進路にとって決定的に重要な要因となる」とグッドハート氏らは主張し、人口構成と経済構造を「与件であり、一定である」とみなす短期の経済予測ではまったく不十分だと断じる。日本に対しては「労働市場のユニークな特徴」を指摘するにとどまるが、労働生産性は上昇しているにもかかわらず、雇用維持の名目で労働分配率を低く抑える慣行に労働者たちはいつまで耐えられるのだろうかと暗に問いかけている。

本格的なインフレ、金利上昇時代が到来! 敗者は誰か?

「グッドハートの法則」で知られる第一級の経済学者らが見通す、高齢化とグローバル化減速がもたらす世界経済の大転換。フィナンシャル・タイムズ紙2020年ベスト経済書。

チャールズ・グッドハート、マノジ・プラダン著/渋谷浩訳/日本経済新聞出版/3300円(税込み)