経済学は社会科学の一分野である。「経済学の書棚」第44回後編は、経済学、政治学、法学、社会学が「世の中」をどのように眺めているかを示す『世の中を知る、考える、変えていく』、歴史的な視点から社会・経済の仕組みを点検する『経済史で学ぶ社会・経済のしくみ』を取り上げる。これから社会科学を学びたい人への道案内となる本を選んだ。

経済学は、政治学や社会学などと並ぶ社会科学の一分野だ。哲学や歴史学などからなる人文学と併せた人文・社会科学の一角でもある。「経済学の書棚」第44回後編では、これから社会科学を学びたい人への道案内となる本を取り上げる
経済学は、政治学や社会学などと並ぶ社会科学の一分野だ。哲学や歴史学などからなる人文学と併せた人文・社会科学の一角でもある。「経済学の書棚」第44回後編では、これから社会科学を学びたい人への道案内となる本を取り上げる
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「世の中」の捉え方は一様ではない

 経済学は、政治学や社会学などと並ぶ社会科学の一分野だ。哲学や歴史学などからなる人文学と併せた人文・社会科学の一角でもある。後編では、これから社会科学を学びたい人への道案内となる本を取り上げる。

 飯田高、近藤絢子、砂原庸介、丸山里美編『 世の中を知る、考える、変えていく 高校生からの社会科学講義 』(有斐閣/2023年7月刊)は東京大学や京都大学、神戸大学などに所属する教員による社会科学の入門書だ。

『世の中を知る、考える、変えていく 高校生からの社会科学講義』(飯田高、近藤絢子、砂原庸介、丸山里美編/有斐閣/2023年7月刊)。東京大学や京都大学、神戸大学などに所属する教員による社会科学の入門書。画像クリックでAmazonページへ
『世の中を知る、考える、変えていく 高校生からの社会科学講義』(飯田高、近藤絢子、砂原庸介、丸山里美編/有斐閣/2023年7月刊)。東京大学や京都大学、神戸大学などに所属する教員による社会科学の入門書。画像クリックでAmazonページへ

 同書によると、社会科学はいずれも「世の中」の問題に取り組む学問だが、「世の中」の捉え方は一様ではなく、何に照準を合わせて捉えるかは異なっている。同書では、社会科学のうち「世の中」の問題を比較的幅広く扱っている経済学、政治学、法学、社会学の4分野を取り上げた。

 4分野はそれぞれ何を目指し、どのように異なっているのか。各分野ではどんなことが研究できるのか。将来の自分にとってどういう意味があるのかを、大学入学前(または、大学に入って専攻分野を選択する前)に伝え、高校での勉強と大学での学問を取り結ぶ一助となればとの願いを込めている。

 冒頭の「イントロダクション」(PartⅠ)では、4分野にそれぞれ1章を割き、アプローチの方法を概説している。以下はその抜粋である。

 経済学 社会全体で人やお金などの資源をより効率的に配分する方法を考えたり、人々の行動をインセンティブの視点から理解しようとしたりする学問。インセンティブとは、人々に特定の行動をとらせるものという意味で、「動機(づけ)」「誘因」などとも訳す。家計(消費者)や企業(生産者)などの経済主体が与えられたインセンティブに従って行動し、その結果として社会全体がどうなるかを考える。

 経済学の理論通りに人々が反応し、予想された通りの結果が起きているかを、データを用いて確認する実証分析は、最初に意図したように政策の効果が出ているかを検証するうえで重要な役割を果たす。

 理論的な予測と現実にずれが生じたときに、冷静に原因を探る態度は、経済学を学ぶうちに自然と身についていく。

 政治学 政治という営み(価値の権威的配分)が関心の対象。「価値」とは、私たちが日常的に使うモノ(財)や人に提供してもらうサービス、財・サービスを得るための金銭や労働などの資源をはじめ、人々が持つ権利や称えられるべき名声、安全・安心の感覚など、広く価値があるものを指す。

 権威的配分とは、自発的ではない形で、誰かから何かの価値を奪ったり、誰かに何かの価値を与えたりすることをいう。

 「価値の権威的配分」を実現するため、多くの人々に協力してもらい、行動を変えてもらう力が、「正統性」と「強制力」。自分自身の行動が、何らかの正統性や強制力の影響を受けていると自覚することは、政治学を学ぶ意義の一つ。民主主義の仕組みが機能しているかどうかの検証は政治学の重要な仕事だ。

 法学 複数の人たちがいる場合の規範的判断のあり方を言葉によって明らかにしようとする学問分野。望ましい「社会のルール」のあり方を探究する分野とも表現できる。法はそのような「社会のルール」の代表例。具体的な「社会のルール」がかかわる個々の事例に即して、何らかの「望ましさ」をつねに探究するという部分が、社会科学の他分野と比べた場合に際立つ法学の特色だ。

 法律には解釈が必要であり、言葉で表されている法律の意味を解きほぐしていく作業を的確に行うには、さまざまな法律が互いにどのような関係にあるか(法の構造)、各法律がどんな目的を持っているか(法の趣旨・目的)を理解していなければならない。問題解決にふさわしい法律がなければ、新たなルールを作り出す「法の創造」も必要になる。

 社会学 社会とは、同種の人々からなる集団や、漠然と世の中や世間を指す言葉。社会を研究対象とする社会学は、社会という全体的で総合的で複雑なものを、複雑なまま理解しようとする学問だ。19世紀後半にできた比較的新しい学問で、経済学や法学、政治学などの社会科学が確立されたあと、それらの学問では扱わないような社会という漠然としたものを、総合的・全体的に把握しようとすることで学問を確立させてきた。

 社会学の魅力の一つは、私たちの常識的なものの見方を疑い、それとは異なるものの見方を得られるようになること。自分自身の経験やもやもやした感情、違和感、疑問など、自分の身近な関心がそのまま学問につながる。社会で起きているあらゆることが研究対象になるという幅の広さも魅力の一つ。


環境、貧困、テクノロジー、ジェンダーを共通テーマに

 4分野には共通する研究テーマが多い。以下では、環境(PartⅡ)、貧困(PartⅢ)、テクノロジー(PartⅣ)、ジェンダー(PartⅤ)の章を設け、同じテーマをそれぞれの分野の専門家が順に論じている。

 例えば、テクノロジーを扱う章を見てよう。

 政治学は、なぜ私たちは民主主義への脅威にもなり得るAI(人工知能)を幅広く導入するのかを解明しようとする。

 社会学では、個人と強く結びついたデータを使うことで私たちの身体を管理する「統治」の仕組みは歴史的に採用され続けてきたことを明らかにし、データとして管理される私たちが直面する潜在的な脅威について掘り下げていく。

 法学では、データを他者から購入するという、新しい種類の取引を巡る新たなルールについて考える。

 大量に収集・蓄積したデータの利用は、私たちの仕事にどのような影響を与えるのか。新たなテクノロジーの出現が生活に与える影響の計測は、経済学の重要なテーマだ。

 4分野のうち、どのアプローチをさらに深く学びたいか、どのアプローチが自分に合っているのかを確かめながら読み進められる構成だ。

 中林真幸著『 経済史で学ぶ社会・経済のしくみ これから人文・社会科学を学ぶ人へ 』(日本評論社/2026年2月刊)は、ウェブの質問箱サービス(mond)に掲載したQ&Aをまとめた本。著者は東京大学社会科学研究所教授で、専門は経済史・比較制度分析。「歴史的な視点」を通して社会・経済のさまざまなしくみを点検している。

『経済史で学ぶ社会・経済のしくみ これから人文・社会科学を学ぶ人へ』(中林真幸著/日本評論社/2026年2月刊)。ウェブの質問箱サービス(mond)に掲載したQ&Aをまとめた本。画像クリックでAmazonページへ
『経済史で学ぶ社会・経済のしくみ これから人文・社会科学を学ぶ人へ』(中林真幸著/日本評論社/2026年2月刊)。ウェブの質問箱サービス(mond)に掲載したQ&Aをまとめた本。画像クリックでAmazonページへ

 著者はかつて、大学院生を指導する一環で、「朝珈琲(コーヒー)」という集まり(朝礼)を課していた。そこでは、「教員や個々の大学院生の研究課題ど真ん中ではないものの、研究内容に少し掠(かす)る『雑談以上研究未満』な話が多く交わされた」という。

 同サービスに質問を寄せるのは幅広い層であり、研究者を目指す人とは限らないが、著者は「朝珈琲」での対話をイメージしながら回答しているようだ。大学に閉じこもっている研究者も、論文の種を拾ったり育てたりするときには、時事問題や政策論争と心中で対話している。その辺りを隠さずに喋(しゃべ)ってみることは、時事問題や政策提言に直結するわけではない学問を学びたい人が、実際に学びを進めるための手がかりになるかもしれないと綴(つづ)っている。

歴史的な視点で現代社会・経済を見る

 Q&Aはテーマ別に整理されている。序章「歴史から社会・経済のしくみを学ぶ方法」では、「社会・経済のしくみを歴史的に見る」とはどういうことか、その面白さを解説する。著者の専門である比較制度分析の意義と限界などにも言及している。

 第1章「経済の思想を知ろう」は、資本主義と共産主義の違い、日本の労働観、ナショナリズム、国家の統治機構などがテーマ。社会・経済のしくみの背景となる思想に焦点を当てる。第2章「歴史でわかる社会・経済の変化」では、律令制から荘園制、江戸時代の制度に至る歴史をたどると現代経済につながる制度のルーツが見えてくることを示す。所有権や制度の変化が経済発展に与えた影響を明らかにする。

 第3章「歴史から見る現代の社会・経済」では、国家財政の問題、少子化対策、生産性向上など、今まさに議論されているテーマを取り上げ、経済史の観点も交えて掘り下げる。第4章「企業の経営・ビジネス・働き方の進化」は、現代の企業経営がテーマ。経営の背景にある歴史的・制度的な変化を描写している。第5章「将来の社会・経済を考えよう」では、賃上げ、サービス産業の生産性向上、給与格差の縮小、社会保障制度の課題など多岐にわたるテーマを通して、今とこれからの社会・経済のあり方を見つめ直す。

 終章「これから学ぶ人へ」の「おわりに-巨大なしくみに関心を向け続けよう」では、「多くの物事は大きな資本の力があって初めて実現できる。それはよいことだが、資本を持たない個人としてはやる気を削(そ)がれるところがある。皆さんはどうやって自分より巨大なしくみに興味を持つようにしているのか」という質問に対し、中林氏は、ドイツの哲学者、フリードリヒ・ヘーゲルの説に答えを見いだす。

巨大システムがもたらす疎外感を払拭するには

 人間がつくったはずの、人間を媒介するシステムが、人間に対してよそよそしい制約条件として立ち現れる現象を、ヘーゲルは人間疎外と呼んだ。ヘーゲルは、その疎外感を拭う方法として、システムを破壊するのではなく、そのシステムがなぜつくられたのか、そのシステムがそこにある必然性を洞察することが重要だと説いた。

 これを踏まえ、中林氏は「自分が疎外感、違和感を覚える対象に絞って徹底的に勉強してみると、勉強する前に覚えた疎外感や違和感は嘘のように消えていくと思う」と回答する。経済史や社会・経済のしくみに少しでも興味・関心を持ち、疎外感や違和感がなくなるくらい学びを深めてほしいと訴え、同書を締めくくっている。

 大学教員たちは社会科学の魅力をどのように説明しているのか、その説明には説得力があるのか。社会科学の研究・教育の中核を担う大学教員が大学の外に目を向けて書いた入門書は、社会科学の存在意義を教員自らが問い直す本にもなっている。

写真/スタジオキャスパー