「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第4回。
欧州委員会がエンジン車の新車販売を原則禁止する方針を撤回し、世界は再びエンジンの開発に力を注ぐ必要に迫られる。追い風を受けるのがエンジン開発の手を緩めてこなかった日本勢だ。中でも全方位戦略を掲げてきたトヨタ自動車は電気自動車(EV)シフトのうねりの中で新型エンジンやハイブリッド車(HEV)を絶え間なく投入してきた。課題のEVの改良にも着手し、トヨタのパワートレーン戦略は盤石なものになりつつある。
ブォォォーン、ブォォォーン。
2025年12月、トヨタ自動車が新型スポーツ車「GR GT」の発表会で新開発したV型8気筒ガソリンエンジンの音を鳴り響かせた。強烈なEVシフトの中でもエンジン開発に力を入れ続けてきた成果を誇るかのようだった。モーターに比べて独自性を高めやすいエンジンは、安価な電動車で世界に攻勢をかける中国勢などとの違いを打ち出しやすい。トヨタは今後の自動車事業に高性能エンジンが欠かせないと判断し、開発の手を緩めなかった。
トヨタのパワートレーン戦略の根幹は「マルチパスウェイ」と呼ぶ全方位の開発方針だ。EVや燃料電池車(FCV)とともにHEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)などのエンジン搭載車の開発に力を注いできた。世界各社がEVシフトにまい進していた中でV8エンジンをこのタイミングで刷新するのは異例だ。ただトヨタのマルチパスウェイ戦略に基づくと、EVとともに純エンジン車を消費者の1つの選択肢として残すのは当然と考える。
自動車の製造過程から走行、廃棄までのライフサイクル全体における二酸化炭素(CO2)排出量を見ると、国や地域によって最適なパワートレーンは異なるとの考えが背景にある。交通インフラやエネルギー構成に大きな違いがあるからだ。
世界中でクルマを販売するトヨタとしては、現時点でパワートレーンの種類を絞らずに、それぞれのエネルギー事情に合わせたクルマを用意すべきだとの方針だ。全方位戦略とも言え、投資規模は大きくなる。世界最大の自動車メーカーであるトヨタだからこそ採れる横綱の戦略だ。
ここ何年も自動車業界の大きなテーマとなっていたカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)の実現に向けた動きは、足元でこそ揺り戻しの動きが出ているものの、長期的には変わらないと見る。トヨタ副社長兼最高技術責任者(CTO)の中嶋裕樹氏は「いずれはカーボンニュートラルに向けて(クルマの駆動源が)電気か水素に大別されるだろう」と見通す。
ただ中嶋氏は電気か水素に集約するまでには時間がかかり、その間は多くのパワートレーンが必要になるとも考える。「移行には時間がかかる。国によっても移行するまでのスピードは異なる。移行期にエンジンは必要になる」と話す。一足飛びに新車販売の全てがEVになるわけではなく、エンジン開発の手を緩めてはいけないと言うのだ。
電動車時代の新エンジン設計
他社がEVシフトに力を注ぐ真っただ中の2024年、トヨタは新エンジンの開発プロジェクトを進めていることを発表した。HEVやPHEVといった電動車への搭載を想定したもので、排気量が1.5Lと2.0Lの主力級エンジンを刷新する。
1.5Lエンジンには自然吸気(NA)とターボ搭載機を、2.0Lはターボ搭載機のみを用意する。最大の特徴は「電動車時代」の新たな思想を取り入れたことだ。代表例が1.5Lの新エンジンで、異例とも言えるショートストローク化した。これまでは熱効率を高めやすいロングストローク化が定石だった。
気筒の内径(ボア)と行程(ストローク)の比率となるボアストローク比を大きくするロングストロークにすると、容積に対する表面積の割合を小さくできる。燃焼室の壁面から熱が逃げにくくなり熱効率を上げられる。さらに気筒内のタンブル(縦渦)流を強くして燃料と空気を混ざりやすくでき、燃焼しやすくなる。
一方でショートストローク化は熱効率の悪化を招く。それにも関わらず、トヨタの新エンジンでは現行エンジンの3気筒から排気量の1.5Lは同じままに4気筒に増やすことでショートストロークにした。トヨタの技術者は「ショートストローク化でエンジン単体の燃費は悪化する」と話し、厳しくなる環境規制などを想定すると不思議な判断だ。
なぜショートストロークにしたのか。答えはエンジンの全高を低くして空気抵抗を下げるためだ。エンジンの全高を下げるとフロントフードを低くできて、空気抵抗の指標である空気抵抗係数(Cd値)を低くできる。トヨタの技術者によると「燃費は最高で8%改善する」という。ショートストローク化による燃費の悪化よりも空気抵抗低減による燃費向上効果が上回ると判断した。
トヨタは新しい1.5LのNAエンジンで現行機と比べて全高を10%低減した。1.5Lターボは同等出力のNAエンジンと比べて全高を15%低減している。2.0Lターボも現行2.4Lターボと比較して全高を10%低減した。
1.5Lエンジンの気筒数を3から4に増やすことにしたのはシミュレーションの結果だ。トヨタの技術者は「ボアとストロークをどれくらいにするのかについて数多くの検討をした。3気筒のままにするとボア径をあと10mm長くする必要がある。それなら4気筒にした方が現実的という結論になった」と説明する。
トヨタはこれまでパワートレーンの改良を軸に燃費性能を高めてきた。空力という車両全体のデザインまで見据えて燃費を高める方針に切り替えたのは「モーターやエンジンだけで効率を上げることは難しくなってきた」と考えているからだ。部品単体だけでなく車両全体を見た総合力がこれからの燃費向上の鍵を握るというわけだ。トヨタの技術者は「これからの燃費・電費競争はCd値を下げていかないと勝てない」と言い切る。
エンジンの全高を下げた狙いは燃費性能の向上にとどまらない。HEVやPHEVといったエンジン搭載車とEVのプラットフォームを共通にする狙いも込められている。
EVはそもそもエンジン車と比べてフロントフードを低く設計しやすい。モーターやインバーターの体積はエンジンに比べて小さいからだ。このEVと同じプラットフォームにエンジンを載せるには、エンジンの全高をなるべく下げる必要があった。トヨタ副社長の中嶋氏は「できるだけEVやPHEV、HEVを同じプラットフォームで展開したい」との狙いを明かす。
ショートストローク化によってエンジンの燃焼効率が悪化する点については、電動化技術と組み合わせることで対応する。モーター駆動の比率を高め、エンジンの苦手な領域をなるべくモーター駆動にすることで効率の悪化を最小限に抑えられると考える。中嶋氏はショートストローク化した今回のエンジンを「電動化に甘えたエンジンだ」と表現した。
エンジン単体ではなく車両全体で燃費の最適化を図る発想を自動車メーカーのような巨大組織で実現するのは簡単ではない。エンジン部門と車体部門には壁があるからだ。トヨタは欧州における自動車の新たな環境規制「Euro7(ユーロ7)」という大敵を前に組織の壁を乗り越えて新たなエンジンの開発を実現した。
HEVで全方位戦略
トヨタは多くのパワートレーンの中でもHEVがしばらく主軸だと考えており、HEVの種類を増やして消費者のニーズにきめ細かく応える体制を整えている。量販車から高級車まで複数のシステムを開発してきた。
トヨタは1997年に世界初の量産HEVである「プリウス」を発売して以来、「THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)」を中心に量産してきた。ただHEVの消費者の裾野が広がり、燃費重視のTHSだけでは他社の走りを重視したHEVに売り負ける場面が出てきた。特に高級車については「燃費重視のTHSだけでは売れなくなってきた」(トヨタの技術者)という。
そこでトヨタが走りを重視したHEVとして開発したのが「デュアルブーストハイブリッドシステム」だ。モーターを駆動用に1つ搭載してエンジンと直結したパラレル方式のHEVで、モーターを2つ搭載するTHSのシリーズパラレル方式とは異なる。デュアルブーストはレクサスの「RX」や「LM」などに採用した。
デュアルブーストのガソリンエンジンは排気量が2.4Lのターボ搭載機で、最大トルクが460N・mに達する。このターボエンジンに組み合わせるのがHEV専用の変速機となる1モーターハイブリッドトランスミッションである。6速AT(自動変速機)に最高出力が61kWの駆動用モーター、インバーターを一体化したものだ。BluE Nexus(ブルーイーネクサス)とアイシン、デンソーが共同開発した。アイシンがモーターと変速機、デンソーがインバーターを開発し、それらの統合をブルーイーネクサスが担当した。
エンジンと駆動用モーターが直結しており、ペダルの踏み込みに対して直接的かつトルクフルに加速する。加速時も「ATの変速がしっかりと分かり、エンジン車に慣れた運転者に違和感を与えない」(トヨタの技術者)という。
ATは近年、加速・燃費性能に有利な多段化が進んできた。トヨタもこれまでFF(前部エンジン・前輪駆動)車用の8速ATや、FR(前部エンジン・後輪駆動)車用の10速ATを高価格帯の車両に採用してきた。今回はFF車向けでフロントの空間が狭いことから搭載性を考慮してあえて6速と平凡な段数にしたという。エンジン車用の6速ATと比べてもクラッチの配置を工夫することで全長を短縮している。
THSの後段に4速AT
走りに振ったHEVとして「マルチステージハイブリッドシステム」もある。「クラウンセダン」などに採用する。従来のTHSの後段に4速ATを組み合わせたシステムだ。
短時間で最高出力に達することができるエンジンを開発し、HEVのシステム出力を高めた。さらに高速域で変速することで、THSが苦手な高速域の伝達効率を高めて燃費性能を上げられる。
2つのモーターと4速ATを組み合わせることで、疑似的な「10段変速制御」が可能となったという。クラウンの開発者は「運転者の意図に忠実なエンジン回転数変化と加速感を表現し、ラバーバンドフィールをなくした」と話す。
大型乗用車向けのHEVシステムも量産している。レクサスの「LX」や北米向けの車種に採用している。排気量3.5LのV型6気筒(V6)ツインターボエンジンと10速ATの間に、クラッチを有するモーターを配置したパラレル方式のHEVシステムだ。
HEVには普通は採用しないオルタネーターとスターターを標準装備しているのが特徴だ。悪路走行で万が一システムが停止した場合、スターターでエンジンを始動し、オルタネーターで発電した電力を12V電池に供給することができる。エンジンのみでの走行を継続できる。
PHEVとEVも大幅進化
THSの進化も続けている。THSの課題として指摘されてきたのが、EV走行時にエンジンや発電機が引きずり抵抗になってしまうことだ。モーターとエンジン、発電機が遊星歯車で常に機械的につながる機構となっているからだ。プリウスの現行型などに採用する第5世代THSではその引きずり抵抗を約4割低減した。
THSをベースにしたPHEVも進化させている。2025年に発表した新型「RAV4」に採用する新世代のPHEV技術では、トランスアクスルやパワー・コントロール・ユニット(PCU)に直流-直流(DC-DC)コンバーターを一体化し、小型化した。電動アクスルの高さと質量は、先代車と比べてそれぞれ15%、18%減らした。
インバーターは、シリコン(Si)製パワー半導体から次世代パワー半導体と呼ばれてきた炭化ケイ素(SiC)製に切り替えて効率を高め、航続距離の延長につなげた。トランスアクスルの軸受けや歯車などでは機械損失を低減している。電池容量については先代の18kWhから約30%増やしたという。EV走行の航続距離を先代の95kmから150kmに伸ばす。
トヨタのマルチパスウェイ戦略の課題はHEVが充実している一方でEVに出遅れていることだと指摘されてきた。世界がエンジン回帰に向かいEVシフトが遅れるのが確実な情勢は、トヨタにとってEVで巻き返す好機ともいえる。実際にトヨタは2025年のEV「bZ4X」の一部改良のタイミングでモーターやインバーターを異例ともいえる刷新をして性能を大幅に高めた。パワートレーンにおける全方位戦略は盤石なものになりつつある。
[日経クロステック 2025年1月13日付の記事を転載]
伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)





