「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第3回。

 なぜ日本のエンジンは世界で強いのか。長年にわたりエンジン研究の最前線に立ち、日本の技術力が世界の舞台で躍進する瞬間を間近で見てきたのが早稲田大学名誉教授の大聖泰弘氏だ。これまでエンジンの燃焼や排ガス浄化、高効率化、次世代燃料の利用など多岐にわたる研究に取り組んできた。大聖氏に環境規制に振り回されながらも技術革新を起こしてきたエンジンの歴史を振り返ってもらいつつ、100年後のエンジンの姿を見通してもらう。

早稲田大学名誉教授の大聖泰弘氏
早稲田大学名誉教授の大聖泰弘氏
1976年、早稲田大学大学院理工学研究科博士課程を終え、助手、専任講師、助教授を経て、1985年、同大理工学部教授に就任。米国ウィスコンシン大学と中国上海交通大学のVisiting Professorを務める。2008年~12年、国際自動車技術学会連盟(FISITA)副会長。長年にわたり国の自動車排出ガス規制、燃費基準の策定等の委員・委員長を歴任。2017年に定年退職し、早稲田大学名誉教授、同大学次世代自動車研究機構研究所顧問となり、現在に至る。2024年に日本自動車殿堂入り。(写真:日経Automotive)
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自動車産業は日本の基幹産業です。エンジン技術で世界に先行してきました。なぜ日本のエンジン技術は強いのでしょうか。

 大きく2つの理由があると思います。まず人材がしっかり受け継がれてきたということです。自動車メーカー各社にはエンジンを開発し生産するための豊富な人材の土壌があります。優秀なエンジニアを採用して、時間をかけて育ててきたというのは大きな財産です。

 もう1つは産学官が協力してきたこと。昔からエンジン燃焼関連の基礎研究には国から大型予算を割り当てられ、また企業から委託研究費を得てきました。私は大学に所属しているので、そのような予算を獲得しつつ学生を教育しながら研究してきました。そして車やエンジンが好きだという学生が一定の割合でずっと存在し続けており、私の研究室の門をたたいてくれるのです。

 自動車というのは、エンジン技術に加えて、材料や精密加工、さらにトライポロジー(潤滑や摩擦などに関する技術分野)を基にした技術で成り立っているといっても過言ではありません。これらの研究を積み重ね、うまく活用することで日本は信頼性や耐久性に優れたエンジンを生み出してきました。逆に言えば基礎研究や経験則を長年かけてしっかり積み重ねて磨かないと、優れたエンジンというのは造れません。

日本のエンジンは環境性能に優れています。

 エンジン開発の歴史とは排出ガス対策の歴史でもあります。これまで世界中のメーカーが知恵を絞ってガソリンエンジンの三元触媒やディーゼル・パティキュレート・フィルター(DPF)、尿素選択的還元触媒(SCR)などの画期的な後処理技術を開発してきました。もちろん燃料の高精度な噴射技術も忘れてはなりません。技術者の不断の努力の積み重ねでエンジンの排ガスはきれいになり、燃費も良くなったのです。

 日本車のターニングポイントになったのは、ガソリン車に対する「昭和53年(1978年)排出ガス規制」でしょう。排出成分を規制前の10分の1にするという米国のマスキー議員の法案を取り入れた「日本版マスキー法」という極めて厳しい規制でしたが、米国に先んじて施行しました。この規制に適合するために色々な技術が実用化されましたが淘汰され、今でも主力の三元触媒が使われるようになりました。その際、キャブレターから電子制御式燃料噴射システムに代わり、触媒の浄化性能が大幅に上がり、燃焼への悪影響も抑えられました。ここは大きなステップだったと思います。

熱効率が重要視され始めたのはいつごろでしょうか。

 1973年の石油ショックをきっかけに省エネルギー化の流れが始まりました。「エネルギー使用の合理化等に関する法律」(省エネ法)が制定され、まず乗用車に対する燃費基準が設けられます。燃費性能を高めるためにエンジンの熱効率が注目され、各種の燃費改善技術の開発につながりました。

 日本のエンジン技術はその頃から世界をリードし始めたと思います。日本車メーカーが4バルブ化やミラーサイクル、燃料の筒内直接噴射(直噴)などの技術を世界に先駆けて量産化しました。新技術の導入当初は高価なのですが、量産規模が大きくなることでコストを下げられます。日本は上級車用に開発した高度な技術を量産車にも適用し、低コスト化でも先導しました。また、ガソリンエンジンでは、直噴を採用してダウンサイジングし、さらにターボ過給することで燃費改善と軽量化を図る例も多く見られるようになりました。

近年ではハイブリッド車(HEV)の登場が日本のエンジン技術の向上につながりました。

 HEVの登場は決定的でした。エンジン技術だけでは達成できない大幅な燃費向上を実現することができたのです。なぜHEVの開発に着手したのか。その大きな動機になったのは実は米国です。1993年にクリントン政権のゴア副大統領が提唱したプロジェクト「PNGV(The Partnership for a New Generation of Vehicles)」で、乗用車の燃費を3倍するという脅威的な目標を打ち出しました。

 世界中のエンジン技術者が度肝を抜かれました。「燃費3倍にどうしてするんだ」と大騒ぎ。このプロジェクトを達成するために米政府は自国の大手自動車メーカー(当時のGeneral Motors〈ゼネラル・モーターズ、GM〉、Ford Motor〈フォード〉、Chrysler Group〈クライスラーグループ〉)と部品メーカー、国の研究機関などに莫大な補助金を支出しました。

 我々日本勢の危機感は相当なものでした。米国勢の取り組みを横目で見ながら日本勢も様々な車両の試作やシミュレーションに着手しました。どうすれば燃費を3倍にできるのか。私の研究室でもこの課題に取り組みました。そして、最終的にHEVが最適という答えにたどり着きました。エンジンとモーターをうまく組み合わせることで燃費を2倍にできることが分かったのです。その上で軽量化を進めれば3倍になるとの結論でした。

 米ビッグスリーがプロジェクトの成果を発表しましたが、どれもディーゼルエンジンのHEVでした。さらに車両を4割から5割軽量化しています。ただそれらは「一品料理」。量産を想定しているように見えませんでした。そうこうするうちに政権が変わり、プロジェクトはご破算となりました。

 一方で日本勢は3倍を目指して真面目に開発を続けました。その成果として2倍に近い燃費で最初に市場に出たのが1997年のトヨタ自動車「プリウス」です。少し遅れて1999年のホンダ「インサイト」などが続きました。

技術開発はHEVの燃費性能を上げることに移っていきました。

 エンジンの高効率化はHEVシステム全体の燃費改善に直結します。出力から効率を重視する方向へエンジン開発の軸足が移っていきました。

エンジン部品サプライヤーの技術も日本は抜きん出ています。

 サプライヤーの優れた技術があったからこそ、日本のエンジンはここまで成長したのだと思います。日本はサプライヤーと自動車メーカーが上手に連携した1つの組織のような形でやってきました。組織力で技術開発を大きく前に進めてきた印象です。

 近年はサプライヤーと自動車メーカーの間でモデルベース開発(MBD)が活用され始めました。実際のものを使わず共通の計算モデルによる設計関連のデータをやり取りすることで、開発効率を高められます。うまく機能すれば複数のプロジェクトを同時並行的に進められます。データのやり取りが円滑になり、各種部品の制御、材料、加工、生産など周辺技術の開発も進めやすくなります。

サプライヤーが力を付けられたのはなぜでしょうか。

 世界トップクラスの日本の自動車メーカーに鍛えられてきたからでしょう。かつて日系自動車メーカーの米国研究所を訪問したことがあります。そこでは現地サプライヤーの部品の評価を実施していました。この厳しい評価がサプライヤーを鍛えるのです。

 米国のサプライヤーも日系の大手自動車メーカーから採用されることをものすごくありがたがっていました。日系自動車メーカーに部品を納めていることが1つのステータスとされるくらいです。日系自動車メーカーの評価は厳しく、その評価に堪えて採用され続けてきた日本のサプライヤーの実力は相当なレベルにあるのです。

 海外メーカーの技術者が「日本車のエンジンと同じように造っているのに同じような燃費が出せない」と嘆いていました。なぜかと思ってよく見てみると、1つひとつの部品の加工精度や信頼耐久性が足りていないことが原因でした。日本のエンジン技術は、サプライヤーが支えてきたとも言えると思います。

日本がエンジン技術で世界のトップに立ったと確信したのはいつですか。

 1996年に三菱自動車がガソリン直噴エンジン(GDI)を、1997年にトヨタがHEVのプリウスを量産したときでしょうか。それ以前にも4バブル化や可変バルブタイミング機構(VVT)などで日本勢は高度な技術をいち早く幅広い車種に展開してトップ集団にいたと思います。GDIとHEVをものにしたことで確実に世界トップと言える存在になりました。

エンジン車の燃費改善策。日本勢は量産車に高度な技術を採用するのが早かった(提供:大聖泰弘氏)
エンジン車の燃費改善策。日本勢は量産車に高度な技術を採用するのが早かった(提供:大聖泰弘氏)
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ドイツ勢もエンジン開発には長い歴史があります。

 ドイツ勢が先行していたのはディーゼルターボエンジンです。燃料噴射装置の「コモンレール」による直噴ターボエンジンを投入したことで欧州のディーゼル乗用車人気に火が付きました。

 ただ燃費の面でディーゼルターボの伸び代には限界があります。将来を考えるとエンジンだけで厳しい燃費基準に適合するのはほとんど不可能だと思います。

 今の欧州は、ディーゼル車の排出ガス不正事件もあって、電気自動車(EV)に振りすぎです。消費者はEVの価格がなかなか下がらず、充電も不便なものだと敬遠するユーザー層がいるのが実態でしょう。国の補助金や税制優遇も永遠に続くものではありません。

 日本車メーカーの目線で見ると、ドイツ勢とは戦っている領域がずれていました。BMWやMercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)は排気量が大きな高級車を造っています。日本は大衆車が圧倒的に強く、全面的に競合する場面は避けられているのです。

ディーゼルエンジンの将来をどう見ますか。

 乗用車では、極めて少数派になるのではないでしょうか。ディーゼルHEVにするという方法も欧州車で数車種見られますが、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンと比べて割高です。高圧の燃料噴射システムや今後さらに厳しくなる排出ガス規制に対して一層複雑な排ガス後処理装置が必要になるからです。ただでさえ高価になるHEVが、ディーゼルだともっと高価になってしまうのです。

 またHEVにすることで燃費性能が向上する効果もディーゼルは少ないのです。もともと効率の高い燃焼領域がガソリンエンジンよりも広く、モーターで補助したときの燃費改善効果幅が少ないのです。ガソリンエンジンの熱効率を高めたHEVに向かわざるを得ないと考えています。

商用車にはトルクの大きなディーゼルは不可欠ではないですか。

 車格によるでしょう。総重量8t以下の小型や中型の商用車はEVやガソリンまたはディーゼルエンジンを用いたHEV、一部で燃料電池車(FCV)に置き換えられていくのではないでしょうか。それ以上の大型車では、幹線物流で使う場合、航続距離が短いのでEVにするのは難しく、ディーゼルエンジンはハイブリッド化して使われ続ける可能性があります。その場合、後で触れる合成燃料の実用化に対する期待が大きいです。

 仮に大型車をEVにすると約300~600kW級の超高出力の急速充電が必要です。高速道路の大型車が全てEVに変わり、多くが同時に充電することになれば莫大な電力と充電インフラが必要なので、非現実的だと思います。

乗用車向けエンジンの技術開発の方向性はどうなりますか。

 HEVを前提として、熱効率を高めることに尽きるでしょう。熱効率は乗用車で50%、大型車用ディーゼルで55%が究極のターゲットです。さらにはHEVシステムとして全体の燃費を高めていくしかありません。

50%を達成する技術にはどんなものがありますか。

 燃焼速度を上げ、機械摩擦損失や熱損失を減らし、ターボチャージャーの最適化などで地道に熱効率を上げていくことです。HEVと組み合わせるエンジンの場合は、モーター駆動の領域を広げてエンジンの運転を高効率の領域に限定していくことも必要です。

 エンジンの研究開発を続けることが何より重要です。これから自動車メーカーがエンジン開発を中止し、どこから買ってくるのかとなったとき、選択肢が中国製しかないという事態に陥りかねません。自動車の心臓部であるエンジンを中国メーカーに頼る状況になったら安全保障に関わる事態です。中国はエンジン技術を積み重ねています。コスト競争力も高く、うかうかしていられません。

中国のエンジン技術をどう見ていますか。

 日本の技術を大いに参考にしていると思います。日欧の技術者が中国企業に流れていますので、いずれ追いつくかもしれません。量産エンジンで性能と信頼性を高めるには部品やアセンブルの精度を上げる必要がありますが、サプライヤーもそれなりに成長しています。

 中国のモーターショーに行くと自動車メーカーだけでなく多くのサプライヤーが各地から出てきて出展しています。中国は厳しい淘汰の世界ですが、生き残っている企業はそれなりの力を持っているはずです。

 中国政府は2035年にEVとプラグインハイブリッド車(PHEV)、FCVで50%、残りをHEVにする目標を掲げています。絶妙な比率です。政府主導でエンジンもしっかり育てていくつもりなのでしょう。自動車産業はグローバル産業です。グローバルで勝ち抜く企業を育てるということは国を強くすることと同じ。中国はしっかり自動車強国を目指しています。

日本のHEV技術は世界一と言われています。トヨタの「THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)」やホンダの「e:HEV」、日産の「e-POWER」など様々な方式があります。

 例えば、トヨタのTHSでは、エンジン出力をクルマの駆動と発電に分割する仕組みを利用し、一定の低速走行ではエンジンをストップしてEV走行します。日産のシリーズ方式のe-POWERでは、エンジンを発電専用に高効率化することで燃費の向上を図っています。ホンダのe:HEVでは、市街地走行の領域のほとんどがモーターで駆動力を発生するシリーズ方式で、さらに出力が必要なときにエンジンの駆動力を活用する仕組みです。

 カタログを見るとTHSの燃費が一番良いのですが、どの方式にしろHEVで向上できる燃費性能は2倍あたりが限界でしょう。限界を超えて低炭素化するにはPHEVかEV、さらにはFCVとなります。

日産の試験用エンジン。HEV専用エンジンとして機能を絞ることで燃費を高める(写真:日産自動車)
日産の試験用エンジン。HEV専用エンジンとして機能を絞ることで燃費を高める(写真:日産自動車)
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100年後もエンジンは残りますか。

 カーボンニュートラルのため化石燃料から脱し、グリーン水素と大気から回収する二酸化炭素(CO2)からつくる合成燃料が商業化できるかどうか次第です。現状の合成燃料の製造コストは非常に高い。低コスト化と量産化がうまくできなければ、エンジンは少数派となり、EVシフトが進むでしょう。もちろんEVにはグリーンな電力を使うというのが大前提ですが。なお、グリーン水素を燃料とするエンジン車やFCVの選択肢もありますが、供給インフラの制約から主に商用車に限定されるでしょう。

 ただPHEVでも60kmから100kmをEV走行するのであれば、合成燃料が多少高くてもエンジンが使われ続ける可能性があります。日常的にエンジンはほぼ使わないので、合成燃料を給油する量はわずかで済みます。PHEVはユーザーの使い方次第ではEVの不便さを解消し、バッテリーの搭載量を4分の1から3分の1に減らすことで資源の使用量を減らし共存し得ると思います。

日経クロステック 2025年12月19日付の記事を転載]

「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中でも日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本書は世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの現在と未来を詳説する。

伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)