「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第5回。
ホンダが電気自動車(EV)を重視する戦略を見直している。2027年から4年間で小型から大型まで13車種のハイブリッド車(HEV)を世界に投入する計画だ。EVをけん引してきた欧米市場で需要が減速し、2025年12月には欧州委員会がエンジン車の新車販売を原則禁止する方針を撤回した。ホンダは再びエンジンの開発に力を注ぐ必要に迫られている。
2025年11月、V型6気筒(V6)ガソリンエンジンを採用したHEV技術を新たに開発したことを発表した。2020年代後半に北米市場の大型車での搭載を予定する。
北米の大型多目的スポーツ車(SUV)「パイロット」やアキュラブランドの「MDX」などでの採用が見込まれる。ホンダは中小型車向けのHEV技術として「e:HEV(イーエイチイーブイ)」を開発してきた。今後はe:HEVをベースにV6エンジンと組み合わせたHEV技術を投入することで、北米で小型車から大型車までの全乗用車セグメントにHEVを用意する体制を整える。
2025年5月には2030年のEVと燃料電池車(FCV)の販売目標比率を30%から20%程度に引き下げていた。EV販売は70万~75万台を想定し、従来目標から約30万台減らす。EVが減った分はHEVを増やすことで全体の販売台数を維持する。
一方でホンダは2040年までに販売する新車の全てをEVとFCVにする「脱エンジン戦略」の目標は維持している。戦略の整合性は微妙だが、それでもEVの普及期の見通しが遅くなり移行期間が長くなる可能性が高まる中、EVの投入を遅らせてHEVに開発資源を回す方針を固めた。ホンダの幹部は「今後もHEVは重要になる」と話す。
ホンダのHEV戦略の特徴は、複数あったシステムを1つに絞り込んだ点だ。かつては1モーターの「IMA」と「i-DCD」、3モーターの「SH-AWD」、2モーターの「i-MMD」と多くの方式を開発していた。2020年以降は燃費性能と汎用性の高いi-MMDを基にしたe:HEVに一本化した。開発効率を高めてコストを削減し、HEVの王者トヨタ自動車に挑んでいる。e:HEVはPHEVとの親和性も高く、電池容量の拡大と外部給電機構の追加で容易にPHEV化できる利点もある。
「エンジン屋」が造るHEVとは
ホンダはe:HEVの次世代版を開発中で、そのテーマとして「エンジン屋が造るHEV」を掲げる。今でこそEVに注力するが、それまでホンダは「エンジン屋」と言われ、「CVCC」や「VTEC」といった世界初のエンジン技術を多く世に送り出してきた。自動車レースの「フォーミュラワン(F1)」に何度も参戦してきた。
2040年に新車販売をEVとFCVに限る目標を発表して以降「得意なエンジンの強みを捨ててどうするのか」といった今後を懸念する声が寄せられているという。
そんな「エンジンやめるな」の声に応えるために最近開発した技術が疑似変速機能「Sプラスシフト」だ。2025年9月発売の新型「プレリュード」から実用化した。各社がHEVシフトを強める見込みの中、ホンダは疑似変速を採用することでHEVの差異化につなげる考えだ。ホンダの幹部は疑似変速の投入で「HEVに個性を与えてブランドイメージを高められる」と期待を込める。
疑似変速機能を開発したのは、主力の米国で自動変速機(AT)の運転感覚を望むユーザーが多いことに配慮するためだ。ホンダのHEVはほとんどの走行領域でモーターだけで駆動する。エンジンは主に発電用となり、加速とエンジン回転数が連動しにくくなる。ATの運転に慣れたユーザーの違和感につながりがちだ。
ホンダは8段に相当する疑似変速機能を開発することで、車速に合わせてモータートルクやエンジン回転数などを制御し、変速したときのような「段付き感」を演出する。「あたかもエンジンで駆動しているような感覚」(ホンダの技術者)を目指した。
変速感を見た目や音でも演出する。例えば疑似変速を作動させたときにメーターのディスプレーにエンジン回転数(タコメーター)を表示する。加えて走行モードによってはエンジン音に加えて、エンジン回転数と同期した疑似的な音を室内のスピーカーから出力する機能を設けた。
HEVの変速機構はフランスRenault(ルノー)やトヨタが投入している。ただホンダと異なり実際に変速機を搭載しているためコストがかさむ。搭載車種が限られているのが実情だ。
ホンダの疑似変速機能にハードの追加は不要で、電子制御ユニット(ECU)のソフト変更だけで対応できる。追加コストが少なく、ホンダは疑似変速を今後はフィットなどHEVの全車種に採用していく方針だ。ホンダ車全体の走りの印象を良くし、ブランドイメージの向上につなげる狙いだ。
新エンジンはピストンの冠面形状が鍵
ホンダは2027年以降にエンジンの刷新や改良の計画がある。2024年12月には排気量1.5Lエンジンと2.0Lエンジンの新しい技術を発表していた。「燃焼技術を一から見直す」(ホンダの技術者)とし、大幅に手を入れる方針だ。
現行e:HEVでは小型車用の1.5Lエンジンと、中型車用の2.0Lエンジン2種類の計3種類を用意する。燃料噴射方式は1.5Lがポート噴射式、2.0Lがポート噴射式または直噴式の設定だ。
今後は小型車用で1.5L直噴エンジンと中型車向けの2.0L直噴エンジンという2つの直噴エンジンに切り替える。ともに「グローバルの環境規制に適合させ、燃費性能と出力性能を両立する」(ホンダの幹部)という。
次世代の中型車用の2.0L直噴エンジンのベースとなるのは「シビックe:HEV」で採用した2.0L直噴エンジンである。シビックのエンジンでは直噴式や多段噴射制御の採用によって燃焼効率の向上や理論空燃比(空気過剰率λ=1、ストイキオメトリー)での出力やトルクの向上を図っていた。次世代機では全走行域でストイキの運転を実現し、高い次元での燃費性能と出力性能を両立する。
欧州では今後厳しい排ガス規制「ユーロ7」が始まる。規制に対応しながら商品力のある出力を実現するには、日常走行から高速道路での合流加速までの全領域においてストイキで稼働しつつ、出力を維持することが重要だと考えた。
ストイキとはガソリンを燃焼する際、空気中の酸素と燃料の比率において最も燃焼効率の良い理想的な混合比のこと。燃焼や排ガスの観点で見ると、できるだけストイキで運転したい。ただ高回転領域でストイキにすると出力を下げる必要がある。これまでは燃料を濃くしたリッチ燃焼にすることで、燃費性能は悪化するものの出力低下を抑えていた。
ホンダは、全領域でストイキにしつつ出力を維持するために吸気から点火までに強いタンブル流を保持することが重要だと考える。点火したときに一気に燃やせるからだ。鍵を握るのが気筒に接するピストンの冠面形状だ。これまでプラグよけを設ける必要があるなどピストンの冠面形状には制約が多く、燃焼を重視した形状にしにくい面があった。
次世代機ではベースエンジンと同じ直噴式としながら強いタンブル流を保てるようなピストンの冠面形状に変更した。具体的にはタンブル流の自然な流れを保持できるように「少し凹(へこ)ませている」(ホンダの技術者)という。強いタンブル流を保持することができて燃焼速度を上げられる。全領域で出力を保ちつつストイキで稼働できるようになるという。
一方、燃焼速度が上がるとエンジン稼働時の音が大きくなる。次世代機ではベースエンジンから「シリンダーブロックやシリンダーヘッド、オイルパンなど多くの部品の仕様をVA(Value Analysis)で変える」と明かす。VAとは既に量産が立ち上がっているものに対して、設計に変更を加えることである。新開発のエンジンとは違い、ベースエンジンを改良するという制限がある中で各部品の剛性を改善して放射音を低減する。
軽量化も重視した。最も寄与したのが排気側の可変バルブタイミング機構(VTC)を廃止したことだ。ただVTCをなくすとエンジン単体の出力が下がり走行性能に影響してしまう。ホンダはプラットフォーム(PF)を軽量化することなどにより車両全体では十分な走行性能にできると判断した。次世代機は中型車用に新開発したPFに載せる予定で、新PFでは90kg軽くする予定だ。ホンダの技術者は「エンジンに従来ほど出力が要らない」と見る。VTCの廃止によりコストも下げられる。
これ以外にもクランクシャフトのカウンターウエイトの余分な部位を削ったり、鉄の量を減らしたりして地道に軽量化を進めた。前述の新しいピストンの採用で軽くなったためクランクシャフトのカウンターウエイトも一部削減できた。
もう1つの排気量1.5L直噴エンジンについては、従来のポート噴射式から直噴式に切り替える。燃焼の考え方は前述の排気量2.0Lの直噴エンジンと同じだ。
1.5L直噴エンジンでは、2.0L直噴エンジンの次世代機と同じく、ピストンの冠面形状を強いタンブル流が維持できるように工夫した。これに加えて吸気ポートも変更した。これまでは空気を多く取り入れるためポートを直線的な形状にしていた。今回は強いタンブル流をつくるため「あえて曲がりを付けた」(ホンダの技術者)という。
1.5Lエンジンでも2.0Lエンジン同様に燃焼効率を改善することで全領域のストイキ燃焼を実現する。トルクも現行から高める方針だ。音については2.0Lエンジンと同様に骨格剛性を最適化することで低減した。クランクシャフトの曲げ剛性は8%改善した。
ホンダはこれまでEVシフトに巨額の投資をしており、EV販売の停滞が足元の経営に大きな打撃を与えている。ただEVシフトの中でも大型車向けHEVの開発を継続するなど、水面下では両にらみの開発を続けてきた。2027年には素早くHEV重視のラインアップに移行できる見通しで、エンジンのホンダの底力が見られるはずだ。
[日経クロステック 2026年1月14日付の記事を転載]
伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)



