「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中、日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本連載では新刊『エンジンの逆襲 中国EV突き放す日本の最強技術』をベースに、世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの全貌を描く。その第2回。

欧州委員会委員長のUrsula von der Leyen(ウルズラ・フォンデアライエン)氏(出所:EC - Audiovisual Service)
欧州委員会委員長のUrsula von der Leyen(ウルズラ・フォンデアライエン)氏(出所:EC - Audiovisual Service)
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 欧州委員会がエンジン車の新車販売を原則禁止する方針を撤回し、欧州勢は再びエンジンの開発に力を注ぐ必要に迫られる。ただかつてのエンジン開発体制にすんなりと戻れるのか不透明だ。電気自動車(EV)に傾倒する間に多くのエンジン技術者が中国企業へ流れたとの見方がある。中国勢は欧州から学んだエンジン技術を活用し、欧州市場に攻め込み始めた。

 「(従来の目標は)もはや現実的ではなかった」。欧州自動車工業会事務局長のSigrid de Vries(シグリッド・デ・フリース)氏は欧州委員会の方針転換は当然との認識を示した。欧州は2010年代後半から「脱エンジン」を掲げてEVシフトへ突き進んできた。だが消費者がついてこれず、そのシナリオは瓦解した。

 ドイツMercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)社長のOla Kallenius(オラ・ケレニウス)氏が「2035年にエンジン車を一律禁止すれば市場が崩壊する」と強い懸念を示すなど、誰の目にも無理筋の目標であることは明らかだった。

欧州エンジン技術者を引き抜く中国

 ただ今後もエンジン車の開発を継続できるようになったからといって安泰とは言えない。欧州委員会はエンジン車の販売を認める一方で、自動車メーカーに求める2035年の二酸化炭素(CO2)排出削減目標を2021年比90%減にする厳しい条件を設けているからだ。しばらくエンジン開発を後回しにしてきた欧州勢にとって高いハードルが待ち受ける。

 欧州勢がすぐさまかつての開発力を取り戻せるのかは不透明だ。EVシフトに向かう過程でエンジン部門を縮小し技術者を手放してきた。例えばフランスRenault(ルノー)はエンジン部門を切り離し、中国・浙江吉利控股集団(ジーリー)などとの合弁会社に開発や生産の大半を移した。

 「中国系の方が待遇は良い」。欧州勢が手放してきたエンジン技術者を積極的に取り込んできたのが中国勢だ。2025年9月、ドイツ・ミュンヘンで開催されたモーターショー「IAA MOBILITY 2025」を訪れた時、中国系エンジンサプライヤーの欧州出身担当者が筆者に小声で教えてくれた。その担当者は元々、欧州の某メーカーでエンジン開発に携わっていたという。所属するメーカーがEVに傾注する中で居場所を失うことを恐れて中国メーカーに転じた。

 欧州勢の技術の取り込みに積極的なのがルノーとの合弁会社を設立した吉利だ。この数年で一気にエンジン技術をものにしつつある。吉利の元技術者である島崎勇一氏は「欧州の自動車メーカーやエンジニアリング会社から引き抜かれたエンジン技術者が多くいた」と明かす。

 吉利は2010年にスウェーデンVolvo Cars(ボルボ・カー)を傘下に収め、しばらくEV開発に軸足を置いていたが、2021年にパワートレーンの合弁会社スウェーデンAurobay(オーロベイ)を設立し本格的にエンジン技術の獲得に乗り出した。ボルボはスウェーデンのエンジン工場や子会社のエンジン資産をAurobayに譲渡している。2024年にルノーとの共同出資によりパワートレーン技術の新会社、英HORSE Powertrain(ホース)を設立した。その後ホースはAurobayを傘下に入れる。

 欧州から技術や人材をかき集めた吉利は2025年、エンジン熱効率で中国・比亜迪(BYD)の46%を上回ったと発表した。プラグインハイブリッド車(PHEV)向けで、量産しているエンジンとしては世界最高水準となる47.26%の熱効率を達成したと主張する。新型セダン「Galaxy A7」からこの技術を採用し、航続距離は2100km超(CLTCモード)に達したという。

 高い熱効率をたたき出した背景に欧州のエンジン技術があることはホームページから見て取れる。掲載されているエンジン群を見ると、ルノーの過去の技術資産をほとんど取り込んでいることが一目瞭然だ。ホースが生産しているエンジンの型式はルノーの最新型エンジンと同じ系統の「HR型」と記されている。実際にホースの中国人担当者は「吉利のエンジン技術はホースのものが多い」と話す。

欧州市場に攻め込む中国

 中国勢のエンジン開発競争の口火を切ったのがPHEV販売で首位のBYDだ。2024年にPHEV向けのエンジン熱効率が46.06%に達したと発表した。他社もBYDや吉利に続く。奇瑞汽車(チェリー)は46.5%の1.5Lエンジンを量産間近とするほか、48%達成も射程に捉える。長城汽車集団(GWM)も3.0L・V6ターボや4.0L・V8など大型PHEV向けエンジンを開発し、1.5Lで45%超と主張する。

 さらに中国では、近年ドイツPorsche(ポルシェ)とSUBARU(スバル)のみが量産してきた水平対向エンジンの開発が広がっている。燃費効率は低いが、全高を抑えられ振動が少ない点がPHEVやレンジエクステンダー車に適するためだ。

 BYDは高級車ブランド「仰望(ヤンワン)」のセダン車「U7」に2.0L水平対向ターボエンジンを採用した。ボンネットの高さを低く抑えることで空力性能を向上。ドライサンプ式採用などプレミアム性も打ち出す。ホースやチェリーも2気筒水平対向の発電専用エンジンを開発。静粛性が重視されるレンジエクステンダー車に適するとして2026年以降の量産を計画する。

BYDが実用化した水平対向。傘下の高級車ブランド「仰望(ヤンワン)」のプラグインハイブリッド車(PHEV)に搭載する(写真:日経Automotive)
BYDが実用化した水平対向。傘下の高級車ブランド「仰望(ヤンワン)」のプラグインハイブリッド車(PHEV)に搭載する(写真:日経Automotive)
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 中国勢は欧州勢の技術を取り込み、さらには欧州勢にエンジン技術を供与できるまでに成長してきた。その象徴がIAA MOBILITY 2025でメルセデスが発表した小型車「CLA」の簡易ハイブリッド車(MHEV)だ。吉利と共同開発した1.5Lエンジン「M252」を搭載する。ミラーサイクルで効率を高め、報道によれば中国で生産するという。

CLAのエンジンルームの様子。吉利と共同開発したエンジンが横置きに鎮座する(写真:日経Automotive)
CLAのエンジンルームの様子。吉利と共同開発したエンジンが横置きに鎮座する(写真:日経Automotive)
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 さらに中国勢はPHEVで欧州市場に攻勢をかける。IAA2025でBYDは「欧州でPHEVのラインアップを拡充する」と明言した。中堅車メーカー賽力斯集団(セレス・グループ)は、IT(情報技術)大手の華為技術(ファーウェイ)と組んで立ち上げたブランドAITO(アイト)でレンジエクステンダーシステムを展示した。東風柳州汽車(Dongfeng Liuzhou Motor)や広州汽車集団(GAC)もPHEVを発表した。

 欧州はEVシフトに挫折し再びエンジンに回帰する。ただエンジン開発でもかつては存在しなかった中国勢との激しい競争が待ち受ける。迷走の先に欧州の未来はあるのだろうか。

日経クロステック 2025年12月18日付の記事を転載]

「エンジンは終わった」と叫ばれてきた中でも日本車メーカーはエンジン技術の研究開発の手を止めなかった。電気自動車(EV)の課題が顕在化し、欧州や中国は再びエンジンに目を向け始める。本書は世界の最新の潮流とエンジンの未来を読み解く。トヨタ自動車やホンダなど7社の戦略、「マルチパスウェイ」の思想、超高効率エンジンや水素エンジン、中国の進化など次の50年も確実に残るエンジンの現在と未来を詳説する。

伏木幹太郎著/日経BP/2420円(税込み)