世の中には、豊富な知識を持つ「物知り」がいます。しかし、その知識がただの情報の羅列や無難な説明で終わってしまうとき、それは「自分の言葉」ではなく、「借り物の知識」にすぎません。では、その逆の本物の知識とはどのようなものなのでしょうか? ケンブリッジ大学教授の飯田史也さんの新刊『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』から、抜粋し、紹介します。

本当の知識を得るには(写真:DESIGN ARTS/stock.adobe.com)
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自分の想像を超えて、「遠くまで到達」できるのが最高峰の学び

 成功を収めた人々を見ると、生まれつきの才能があったり、非常に恵まれた環境で育ったりした人が多いのも事実です。たしかに、それらは成功を後押しする要因にはなり得ます。

 しかし、そうした条件が揃っていなくても、大きな成果を上げている人は世界中に数多く存在します。

 そもそも「人生の成功」とは何でしょうか?

 ノーベル賞の受賞や巨万の富を築くこと、あるいは社会や国家の中枢で活躍することが、わかりやすい「成功」の例として語られることが多いかもしれません。しかし、成功のかたちはひとつではありません。

 たとえば、社会的な影響力、教育者として多くの後進を育てる、家族や仲間と築く信頼関係、多くの困っている人たちを手助けするなど、多様な価値観に基づいた成功があります。

 共通しているのは、「自分自身の想像を超えて、それぞれ思い思いの方向で、遠くまで到達できた」と実感できる成果であることです。もちろん、そのような成果を手にするのは簡単ではありません。それでも、ケンブリッジ大学で学んだ多くの学生たちは、ほぼ例外なく、自らの力で何らかの成功を手にしていきます。

あなたの一生を支える「本当に大切な学び」とは何か

 まず立ちどまって考えてみましょう。自分にとって「全速力の学び」は本当に必要なのでしょうか。多くの人がつまずく最大の理由は、この問いかけです。「そこまでがんばる必要があるのだろうか?」

 たとえば、おもしろそうだから始めた勉強が続かない、大好きな科目なのに思うように進まない。そのようなとき、「好き」という気持ちだけでは壁を突破する力にはならないことを痛感するでしょう。大切なのは、そこにそびえる壁を「存在しないもの」として無視するのではなく、きちんと向き合うことです。

 やりたい気持ちも十分な力もあるのに走れなくなる状況を、どうすれば避けられるのか、ここに、「最高峰の学び」がみなさんを全速力へと導くためのスタートラインがあります。

 たしかに、常に全力で走り続けることは簡単ではありません。人にはそれぞれのペースや方法があり、人生のステージや置かれた環境によっても最適な学び方は変わります。ゆったりと余裕を持ちながら楽しんで学ぶことも、大切なスタイルのひとつです。

 それでも、ここであえて問い直してみてください。あなたにとって、本当に大切な学びとは何でしょうか。

 「ちょっとおもしろそうだからやってみる」「生活のために資格を取っておく」もちろん、それらの学びも人生に役立ちます。しかし、ここで考えたいのは、それ以上に深く、長く、あなたの人生そのものを形づくる「本質的な学び」です。

 もし、あなたの一生を支え、可能性を大きく広げるような学びがあるとしたら、それに全力で取り組むかどうかで、到達できる世界も未来の姿も、大きく変わります。その「本質的な学び」が本当に存在するのかを考えてみましょう。

 もしあるなら、それをどう見つけ、どう育み、どう実践するのか。これを考えることこそが、あなたの学びを劇的に加速させる最初の一歩になります。

「本質的な学び」とは自分の興味や感動を伴って吸収する知識のこと

 一生を支え、人生を形づくっていくような「本質的な学び」とは、どのようなものなのでしょうか。

 その答えを探るために、まず「本質的ではない学び」とは何かを考えてみましょう。世の中には、豊富な知識を持つ「モノ知り」がたくさんいます。

 しかし、その知識が断片的でつながりがなく、まるで辞書のように表面的なものにとどまっていることも少なくありません。質問に対する答えが、ただの情報の羅列や無難な説明で終わってしまうとき、それは「自分の言葉」ではなく、「借り物の知識」にすぎません。

 一方で、本質的な知を持つ人の言葉には、その人自身の経験や関心、情熱が息づいています。同じ内容を語っていても、その人ならではの視点や物語の中で知識が生き生きと輝き、聞く人の心を動かします。そこには、知識を単なる情報としてではなく、「自分の文脈」で捉え直した痕跡があります。

 つまり、本質的な学びとは、知識を自分の中に取り込み、自分の言葉で語れるようになることです。知識をただ覚えるのではなく、自分の興味や感情を重ね、時には驚きや感動を伴いながら、自分自身のものとして吸収していく過程です。学びを「他人ごと」ではなく「自分ごと」として引き受ける姿勢が、学びを本質的なものへと変えていきます。

 ひとつの計算問題をやっているときや、ひとつの歴史上の事柄を説明しているときでも、ただその答えや事実を通り一遍に語るだけではなく、多くの試行錯誤を重ね、その意味や意義、それが他のどのような事柄と関連しており、どのような話に発展できるのか。

 そのような、文脈を自分なりの視点で語れるようになることで、学びの成果は何倍にも意味のあるものに膨れ上がっていきます。

ケンブリッジ大学が800年かけて築いた勉強法を知ろう!

「学び」という問題を、800年にわたり考え抜いた組織、それがケンブリッジ大学です。この本でいう学びとは、一過性の学びではありません。人生を通じて自分の支えになり、できるだけ遠くに連れて行ってくれる学びのことです。その学びのキーワードは「コミュニケーション」です。ひとりで机に向かってする勉強は、学びのサイクルの一部分にしかすぎません。人間の本質的な学びとは何かを知り、自分の学びに生かすことができる本です。

飯田史也著、日経BP、1980円(税込み)