「働く意味がわからない」「なんのために生きているのか」。仕事や人間関係に行き詰まったとき、ふとそんな疑問に襲われることも多いだろう。本質的なところをいえば「働く意味」など何もない。というのも……。仏教の原点を伝えるテーラワーダ仏教の長老が、ブッダの実学を用いて日々の悩みにまっすぐ答える。日経ビジネス人文庫『つまずかない 生き方のヒント49』(アルボムッレ・スマナサーラ著)から抜粋・再構成してお届けする。
「働くこと」に意味を求めない
働く意味とは何か。
何かにつけてこの質問を受けるのですが、本質的なところをいえば「働く意味」など何もありません。
では、働かなくていいかといえば、それはまったく逆の話。
そもそも生きるとは働くことです。
「どんな意味があるのか」とか「その意義はどこにある」など理屈をこねくり回す前に、生まれてきた限り働くしかないのです。
ところが人間は「働く」とか「仕事」と言葉にした瞬間、それを「お金を稼ぐための行為」と結びつけて、まるでややこしいものに変えてしまう。
そもそも働くとはそんな狭い意味のものではありません。
たとえば、野生のライオンは狩りをして、その獲物の肉を食べます。
彼らにとって狩りをするのはまぎれもなく仕事。
通常、メスのライオンは複数の子どもを産むことが多いのですが、その子たちを育てるために十分な食料を得なければなりません。
食料を調達するだけでなく、さまざまな敵から子どもを守らなければなりません。
至極当然の話です。
そんな母ライオンが「いったい、この仕事にはどんな意味があるのだろう」「どこに意義を見いだせばいいのか」などと考えるでしょうか。
ライオンに限らず野生に生きる動物たちは絶対にそんなことなど考えません。
彼ら、彼女らはただ生きるため、そして子孫を残すために何の意味も考えぬまま仕事をします。
それが「生きること」だからです。それ以上でもそれ以下でもありません。
この世界にたった一人で生きていたら?
一方、人間はどうでしょうか。
何かといえば「働く意味」「仕事をする意義」など、どうでもいいことを考えます。
なぜそんな思考にとらわれてしまうかといえば、それは環境が複雑になっているからです。
考えてもみてください。もしあなたがこの世界にたった一人で生きていたら、どんな暮らしをするでしょうか。
まずは雨風がしのげる場所を探すことから始めるはずです。安全な住みかは生きるためには不可欠です。
次にあなたは葉っぱや木の実を集めて食べるかもしれません。
もう少し知恵のある人なら、木の枝で釣りざおをつくり、魚を釣ろうと試みるかもしれません。狩りの道具をつくることができれば、野生の動物を捕まえて、その肉を食べることも可能です。
つまりそれが仕事です。
生きるためにする行動。仕事とは本来そういうものなのです。
そこに意味や意義など考える余地はありません。
世の中が単純なら、そうやって物事を単純に考えることができます。
生きるための行為すべてが仕事
しかし、現実社会はそこまで単純でも原始的でもありません。
仕事といえば、会社に入り、そこで与えられた作業をするものだと勝手に思い込んでいます。
複雑な環境に慣れてしまうと「それが仕事だ」「仕事とはそういうものだ」と知らず知らずのうちに思い込まされてしまうのです。いってみれば「洗脳」です。
あなたが今「働く意味がわからない」「仕事の意義が見つからない」としたら、複雑な環境によって思考がおかしくなっていることをまず理解してください。
働くとは生きること。
生きるためにする行為すべてが仕事です。特別な意味などありません。
子どもの仕事は遊び
誰だって何の疑問を持つこともなく、朝起きて、ごはんを食べて、昼の時間が来たらまたごはんを食べるでしょう。それはなぜでしょうか。
それが生きるということだからです。
お昼に食べるサバの塩焼きを見て「なぜ私はこれを食べるのか」「その意義とは何ぞや」と思い悩む人はいないでしょう。
本来的には仕事だって同じです。
生きるために必要だから、ただやっているだけのこと。そんな大げさなものでも、特別なものでもありません。
子どもは遊んだり、勉強したり、学校へ行ったりするのが仕事です。
そうやって生きていくための力を身につけていく。
それも彼らの立派な仕事。ライオンの子どもたちがじゃれ合いながら狩りの仕方を学んでいくのと同じです。
寝たきりの老人が介護をしてもらうとしたら、介護をしてくれている人に「どうもありがとう」と感謝の言葉を述べる。
これも一つの仕事です。
そうやって感謝の言葉を述べることで、その老人は生きているからです。
シンプルでタフな精神を身につける
仕事に関する話題となると「リストラされて仕事がない」「就職が決まらず、働けない」などの話を耳にしますが、私にいわせれば「それは本当ですか?」と問いたいところです。
こんなことをいうと「本当に困っているんです」「大変なんです」といわれるでしょうが、それは単に「やりたい仕事ができない」「納得できる条件で働けない」だけではないでしょうか。
これこそ複雑な社会に発生した「大いなる妄想」です。
生きるためには働くのが当たり前というごくシンプルな発想に立ち戻ってみれば、必ず何かしらの仕事はあります。
世の中のありとあらゆる環境があなたを排除しているというなら話は別ですが、絶対にそんなことはありません。
仕事内容や条件を選ばなければ(まして仕事の意味や意義など考えなければ)、絶対に仕事はあります。それをあなたが勝手に拒否しているだけの話です。
「働く」という行為について面倒な理屈をこねくり回している人は、ぜひともこのシンプルでタフな精神を身につけてほしいと思います。
働くことに意味なんてありません。
そして、生きるためにはどんな仕事だってやっていくしかありません。
それが生きるということです。
ベストセラー『怒らないこと』の著者で、仏教の原点を伝えるテーラワーダ仏教の長老がブッダの実学をまっすぐ示す。「降りかかってくる問題」に目を向けるのではなく「受け止め方」に目を向ける、悩んだり苦しんだりすることは損……など、心がラクになるヒントを教える。
アルボムッレ・スマナサーラ著/日本経済新聞出版/880円(税込)

