「シェアを減らすくらいなら、価格を上げないほうがいい?」「値上げをすると顧客が競合に乗り換え、競合の売り上げが増えてしまう」「競合が値上げをしたけど、自社の価格は据え置いたほうがいいの?」などの悩みを抱えていませんか? インフレが進む昨今、従来の値付けの手法や感覚は通用しなくなっていると、経済学者で企業へのコンサルティングも行っている星野崇宏教授(慶應義塾大学)と安田洋祐教授(政策研究大学院大学)は指摘します。これまでに蓄積された膨大な学術的知見と、ビジネス現場で培った経験から、インフレ時代の値付けについて考察します。2回目は、利益を上げるために考えるべきシェアと値付け。計量経済学・行動経済学・マーケティングの専門家で、トップレベルのデータサイエンティストである慶應義塾大学星野崇宏教授が、経済学の初学者にもわかりやすく解説します。

第2回も慶應義塾大学の星野崇宏教授が解説(写真:尾関祐治)
第2回も慶應義塾大学の星野崇宏教授が解説(写真:尾関祐治)

「自社が値上げをすると競合の売り上げが増える」は、実は間違った直感

 前回、成功する値上げ・失敗する値上げに関して説明しました。インフレは誰もが直面する課題であり、多くの人が値付けに悩んでいます。だからこそ、値付けに関わる学知は膨大な蓄積があります。これらの成果を生かすことで、経験と勘から脱却し科学的な値付けを目指しましょう。

 最近、実務に携わる方から、値付けに関して次のような相談をよく受けます。「値上げをすると自社顧客が競合に乗り換え、競合の売り上げが増えてしまうはず……」。そんな恐れを感じて、なかなか値上げに踏み切れないというのです。

 値上げをするとたしかに、自社の売上数量は減るでしょう。ということはその分、競合に流れてしまうのでしょうか? 直感的には正しそうですが、本当にそうなのでしょうか?

 こうした、誰もが思うであろう重要な疑問についても、やはり研究が存在します。この話題は、経済学では「交差弾力性」として表現されます。交差弾力性とは、「自社が1%値上げした場合に、競合が何%売上数量を増やすか」。つまり以下の式で表すことができます。

 交差弾力性=競合売上数量の増加率÷自社の値上げ率

 2020年には過去の115研究、7264の交差弾力性の値を用いたメタ分析(複数の研究を統合した研究の研究)が行われています(Auer and Papies,2020)。これによると、交差弾力性の平均は、たかだか0.26。つまり、「自社が10%値上げしても、競合は2.6%しか売り上げを増やさない」ということです。

 仮に価格弾力性が1.2だとすると、10%の値上げで自社売上は12%減る可能性があります。しかし、競合は2.6%しか売り上げが増えないわけですから、自社ブランドを買わなくなった顧客のうち一部しか、自社から競合へスイッチしないことが示唆されます。

 つまり、「自社が値上げをすると自社売上は下がるかもしれないが、その分の顧客が競合他社に流れる割合は思ったより少ない」といえるのです(「自社売上が下がるかもしれない」ことがすでに問題だと感じる方もおられると思いますが、この点についても次回以降、最新研究から有益な知見を提供する予定です)。

「顧客離れしづらい」商品の特徴は?

 もちろん、この結果は平均的な結果であり、商品やサービスのジャンルやブランドのシェアによって交差弾力性が変わることも示されています。例えば「シェアが高いブランドの交差弾力性は低い」、つまり「シェアが高いブランドが価格を上げても、他ブランドにはスイッチしにくい」ことがわかっています。

 ほかにも、比較的長い期間使用する冷蔵庫などの耐久消費財では交差弾力性は低くなり、好みのブランドが価格上昇した場合には別ブランドにスイッチするよりは新しい商品の購入を延期する(より長く使う)傾向が強いことが示されています。

 また、製品やサービスが市場に登場してからの期間である「製品ライフサイクル」についても、交差弾力性に違いが見られることがわかっています。市場で受け入れられ始める「成長期カテゴリー」より、潜在的な購入者に行き渡った「成熟期カテゴリー」のほうが、交差弾力性が低いようです。これは、以下の要因から説明されています。

① 成熟期カテゴリーでは消費者の好みと価格によってブランドが分化している
② 人はそもそも成長期カテゴリーではさまざまなブランドを試していくが、成熟期のブランドでは選択が習慣化されている

 ちなみにこの研究の前に1999年に行われたメタ分析では、全体平均として0.5程度の交差弾力性がありました。これはこの20年ほどで、さまざまなカテゴリーでライフサイクルが成熟化していることが理由とされています。また、こちらの研究でも前回紹介した研究同様、数値の地域差は小さいようです。

競合他社の値上げ…自社も「値上げ」? それとも「価格据え置き」?

 別の状況を考えてみましょう。自社より先に競合が値上げした場合に、自社はどのように対処するべきか、という問題です。
 これまでデフレが続いていた我が国では、戦略的に値上げしているのは一部の外資企業が中心です。自社と競合する外資企業がコスト増で大幅な値上げをした場合は、どうしたらいいのでしょうか。

 まず、ここで値上げを我慢したとして、競合から自社に顧客がスイッチすることはあるでしょうか? これに関しては先ほどの交差弾力性の話題で示したように、低価格帯の商品は別として、基本的には他社顧客は思ったほど流入しません。

 一方で、競合の先行値上げによって市場全体の価格感(別の回で説明しますが、行動プライシングの重要な要素である「参照価格」です)が上昇し、後追い値上げのほうが価格弾力性が低下する、つまり値上げによる売上低下を招きにくいことが知られています。したがって、競合が値上げをしたらそのときは、戦略的に値上げするチャンスなのです。

 あるいは、自社からの先んじての値上げの成功要因についての研究も多くあります。結論だけ申し上げると、以下の通りです。

① 長く市場に存在するブランド、より高価なブランドほど価格弾力性が低くなる
② ロイヤルティが高いブランドでは、スイッチングコスト(他に切り替えることで生じる金銭的・物理的・心理的コスト)も高くなるため、値上げによる競合ブランドへのスイッチが起こりにくい

 つまり原則として、カテゴリーリーダー(その商品やサービスにおいてもっともシェアをとれている状態)や高価格ブランドであれば、適正な幅で値上げを先行しても、フォロワー企業が追随する場合には、ほぼ売上数量やシェアを落とさずに済むのです。

 また、フォロワー企業であっても、差別化されたロイヤルティの高い商品の場合や、トップ企業が追随するという予測が立つなら、先行して値上げすることも検討すべきです。

 このことからも、カテゴリーリーダーが値上げした場合には、フォロワー企業は即座に反応し一定程度の値上げをすることが、利益の向上につながります。ただし注意点として、競合と同じ幅を値上げしても、先ほど取り上げた要因にあるように競合のロイヤルティが高い場合などには売り上げが落ちることが十分あります。また「先行して値上げをしたトップブランドの価格を超えると、売り上げへの影響(価格弾力性)が大きくなる。これを上回る値上げをした場合、最悪3倍程度にまで売上減の効果が大きくなる」という報告もあります。

「シェアを高めればすべてがうまくいく」は本当か

 これまで長い間、シェアが高い企業は一般的に生産コストが低くなり、また価格も高価格を維持でき、利益率が高くなると思われてきました。「シェアや浸透率を高めないと購入頻度も減るので不利だ(逆にいえば、先に広告を大々的に打ち、シェアを大きく上げたら利益率が高まる)」という「ダブルジョパディの法則」を聞いたことがある方も多いかと思います。

 たしかに昔行われていた研究の一部ではそのような関係が示唆されていたこともあるようですが、近年多く行われている「単独の実証研究の結果からではなく、複数研究を統合したメタ分析の結果をもとに議論する」というプロセスを経ると、見える景色は変わります。

 シェアの財務指標への影響についての最近の大規模なメタ分析が示すのは、「シェアの効果はそこまで大きくはない」ということです。
 例えば2018年のメタ分析では、前回も取り上げた弾力性の考え方を用いて、シェアと営業利益率などの財務指標との関連を調べた89の研究で算出された863の財務達成の弾力性を統合しています。財務達成の弾力性とは「1%シェアが上昇した際に、ROE(自己資本利益率)や営業利益率などの財務指標が何%向上するか」を示した数値です。結果として全体平均としては0.132でした。つまり、困難ではありますが努力して10%シェアを高めたとて、営業利益率は元の1.32%分しか上がらないということになるのです。
 また、同じ分析からサービス業に比べて製造業のほうが、BtoCに比べてBtoBのほうがシェアの財務達成への弾力性が高いことも示されており、特にサービス業・BtoCにおいては高シェアに対する期待のしすぎは禁物だということがわかります(図1)。

【図1】シェアの財務達成への弾力性の比較
【図1】シェアの財務達成への弾力性の比較
(図版制作=キャップス)

 さらに、1993年に行われたメタ分析では財務達成の弾力性は0.2であったことから、シェアの効果が低下していること、その当時の結果に比べてカテゴリーの成長率によるシェアの財務達成の影響がかなり減っていることが示されています。戦略コンサルがしばしば提示する「ポートフォリオマトリックス」(※1)は、近年の実証データからは劣化してきたといえるでしょう。

シェアを高めたら値上げの影響が小さくなるブランドとは

 今、シェアが高いことによる影響は少ないと話したBtoCについては、さらに最新の実証研究でわかっていることもありますので、ここで簡単にまとめておきましょう。BtoCに限っていえば、シェアが高いブランドにおいて、価格弾力性が小さくなる(つまり顧客が高価格を受容する)条件は下記のような場合とされます。

① そのカテゴリーの代名詞ともいえるブランドである。例えばコーラカテゴリーのコカ・コーラなど
② ネットワーク外部性が高い。オンラインゲームやSNSなど、顧客などからフィードバックがあり修正されたり、改善されたり、参加者が多いこと自体が価値につながる
③ 「みんなが持っているものを持つ」という社会的な同調圧力や選好がある。iPhoneなど。②とも関連する場合も多いが、こちらは機能というよりステータスを表す
④ 実際に消費・体験しないとその品質や価値を評価できない、いわゆる「経験財」である場合。シェアが高いなら顧客が満足しているという、品質の代理指標となる

 BtoBでシェアが比較的重要な背景には、規模の経済性(事業の規模が大きくなるほど商品やサービス1つあたりのコストが小さくなり、競争上有利になる効果)だけでなく、②や④があることも説明できますね。

「シェアは上げるべき」「値上げは慎重に」という昭和の価値観とは決別を

 さて、今回取り上げた2つの学知は、昭和の高度成長期から続く以下の2つの強固な信念に実証研究は否定的であることを示しています。

実証研究が否定する「昭和の信念」
① シェアを伸ばせば成果は自動的についてくる。だからシェアを上げるべきだ
② 自社が値上げをした場合、利益はたしかに上がっても、顧客は他社に流れてシェアは減ってしまう。①が事実なのだから利益ではなくシェアを最適化すべきだ。つまり値上げはかなり慎重にすべきだ

 このように、シェアが成果に与える効果は小さく(①)、そして値上げで他社に顧客が流れる割合も小さい(②)ため、他社もコストプッシュで値上げせざるを得ないならば、ほぼこの効果も無視してよいわけです。昔より株主を意識して経営を行わなければいけない現在において、財務指標改善につながらない無分別なシェア拡大を目指す値付けより、利益を目的とした値付けのほうが重要となってきたといえるでしょう。

 次回は安田教授担当の回となります。また、今後の連載ではもう少し「プライシングの本質論」「必須項目」の議論を行う予定です。すなわち、コスト起点の値付けの問題点、顧客起点の値付けをアートではなくサイエンスとしてどのような方法で行うかについてです。

※1 経営資源を最適に配置するために市場成長率や相対的市場占有率を踏まえ、自社の製品やサービスがどこに位置付けられるか分析するための図。
【参考文献】
Auer, J., Papies, D. (2020). Cross-price elasticities and their determinants: a meta-analysis and new empirical generalizations. J. of the Acad. Mark. Sci. 48, 584–605.
Edeling, A., & Himme, A. (2018). When Does Market Share Matter? New Empirical Generalizations from a Meta-Analysis of the Market Share–Performance Relationship. Journal of Marketing, 82(3), 1-24.

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