福沢諭吉の『学問のすゝめ』には、「天の道理に基づき人の情を大事にし、他人に迷惑をかけずに、わが身の自由を守る」といったことが書かれています。天の道理とは「水は高いところから低いところに流れる」といった、人の力では動かしようのないこと。そういう意味で考えると、経済学の基本も、揺るぎないものです。複式簿記なども中世時代から600年近く使われている、人生にとって大事なツール。だから、経済やお金の知識というのは、幸せな人生を送るために身に付けるべき一生モノの知識といえるでしょう。
ただ、そうした知識を積極的に身に付けないまま、キャリアを積んでいるビジネスパーソンも多いのではないでしょうか。「40代だけど決算書が読めない」という営業部長もいるかもしれませんし、「数字を分析するのが苦手」というマーケティング職の人もいるかもしれません。でも、決算書を読み解くことができれば会社のことを深く理解でき、組織のつくりかたも分かるようになります。数字を正しく判断できれば、失敗を最小限に抑えることもできるのです。
生きる上で欠かせない知識
余談ですが、僕がAmazonにいたとき、上からの指示で「とにかく回転率を上げろ」という指示を愚直に守っていたことがありました。ところが、元Amazon本社上級副社長のディエゴ・ピアセンティーニは、現場の数字を見て、「回転率が高すぎて、機会損失が発生している」ということを一発で見抜きました。やはり優秀な人はベースに会計学の知識があるんだなと感心した覚えがあります。キャリアを積んで経営の中枢に行くために、どこの組織に行っても通用するスキルを身に付けるために、これからの人生でお金で損をしないために…経済学やお金の知識は欠かせないものだと思います。
とはいえ、「お金とどうやって付き合っていくのか」から始まり、「自分の資産の価値を最大にするには」「稼ぐ力を高めて成長するためには」など、経済学やお金に関してはアプローチも深め方も多様で、迷うところです。
そこで、日々のお金の管理から投資でお金を増やす方法、幸せなお金の使い方まで、生きていくうえで大事な「お金」と「稼ぐ力」の基本知識が学べる本を選びました。縦軸はレベル、横軸は知識か実践かという指標で11冊の本をマッピングしたので、ぜひ参考にしてください。
1. 『新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』橘玲著、幻冬舎
(初級・知識)
「黄金の羽根」とは、制度のゆがみがもたらす幸運のこと。国や会社、家族に依存せず、経済的独立をするには十分な資産が必要ですが、欧米や日本では特別な才能は必要なく、勤勉・倹約・共働きで手に入れることができます。誰にでもできる「人生の利益の最大化」とその方法を紹介しています。
30万部を超えるベストセラーとなった橘玲さんの本です。サブタイトルに「知的人生設計のすすめ」とありますが、どうすれば必要な情報を手に入れ、「黄金の羽根」によって、大きな利益を得られるかが解説されています。この本が秀逸なのは、やはりお金というのは「(収入-支出)+(運用×運用利回り)」で増やしていくことだと示したところ。お金についての知識がバランス良くまとまっている本だと思います。
2. 『改訂版 金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント』ロバート・キヨサキ著、筑摩書房
白根美保子(訳) (中級・実践)
全世界で累計4000万部となるロバート・キヨサキさんの『金持ち父さん』シリーズ。本書は、従業員・自営業者・ビジネスオーナー・投資家という4つの生き方からキャッシュフローを考えていく構成です。
ロバート・キヨサキさんの本はたくさん出ていますが、僕としては本書が一番おすすめです。この本では、エンプロイー(従業員)、セルフエンプロイド(自営業者)、ビジネスオーナー、インベスター(投資家)という4つのタイプを示していますが、「やっぱりビジネスオーナーや投資家にならないと、お金持ちにはなれないぞ」と言い切ったことがすごいと思います。日本人は特に「ビジネスオーナーになる」「投資家になる」といった考えが薄く、真面目にコツコツと…という人が多いと思うんです。この本を読んで、若いうちにマインドセットをしておきましょう。
3. 『お金2.0』佐藤航陽著、幻冬舎
(初級・知識)
お金や経済の仕組みから、テクノロジーの進化によって生まれた「新しい経済」、そして人々の生活がいかに変わるかを読み説いた1冊。仮想通貨やフィンテック、シェアリングエコノミーといったテーマも解説されています。
タイトル通り、新しいお金の価値観を提示していてちょっとクセのある本ですが、今どきのお金の流れについて知ることのできる本です。著者の佐藤航陽さんはメタップスを創業して百何十億ともうけましたが、やっぱり昔と今とではお金もうけの手法が変わってきたんですよね。この本には「経済圏をつくる」と書かれていますが、人を集め、資金調達をすることが最も重要なんです。
この本を読むと佐藤さんをはじめ、スタートアップ界隈(かいわい)の人がどういったお金の考え方をしているかがよく分かりますよ。
4. 『年収200万円からの貯金生活宣言』横山光昭著、ディスカヴァー・トゥエンティワン
(初級・実践)
約7000人の貯金ゼロ家計を再生させてきたファイナンシャルプランナーの著者が、どんなに収入が少なくても、どんなにお金がためられなくても、一生使える「貯金力」を伝授した1冊。
「 今さらでも読んでおくべき『ベストセラー』ビジネス書13冊 」で紹介した厚切りジェイソンさんの『ジェイソン流 お金の増やし方』も、固定費を削るといったお金の基本を教えてくれるおすすめの本でしたが、この本は、「固定費の削減」についてもっと細かく具体的に解説しています。
また、年収200万円台の人から確実に貯金できるノウハウが書かれているので、もっと給料をもらっている人だったら、貯金額はより増やせますよね。不安や不況に負けない貯蓄術を学ぶことができる本です。
5. 『一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学』cis著 KADOKAWA
(中~上級・実践)
フォロワー数57万人(2023年1月現在)の伝説的デイトレーダー・cisさんによる著書。230億円稼いだ勝負勘や、「ヘッジは無駄」「不動産投資は罰ゲーム」といった独自の投資哲学を紹介しています。
最近、マネー本を書く投資家の人はペンネームが多いんですよね。本名だといろいろ(稼ぎすぎていて…など)問題が起きるんでしょう。この本は投資へのリアルな考え方が書かれていて、何より面白い。例えば、「株を少し下がったところで買う、割安で買いたいと考えるのは、そもそも発想として間違っている」とか、「上昇局面で利益を確定するのも間違い」とか。
「ナンピン買い(買った銘柄が値下がりした場合などにあえて買い増しして、平均購入単価を引き下げること)は最悪」「リスクヘッジはしない」などと、守りに入る日本人がやってしまいがちな失敗が書かれていて、実際に株の売買をしている人には刺さると思います。投資家としての生き方を知ることのできる1冊です。
6. 『賢明なる個人投資家への道』かぶ1000著、ダイヤモンド社
(中級・実践)
著者は、中学2年の時から専業投資家歴30年以上、就職もアルバイトも経験せず、累計利益4.5億円超という著者・かぶ1000さん。「基礎編」「応用編」「番外編」という3ステップで、資産1億円を目指します。
ちなみに、ペンネームの人は見極めるのが難しいのですが、この人はおそらく「本当に」もうけていると思います。本書では「投資先が破綻する確率は6%」といった投資の基本のキが書かれていて、これから投資を始める人におすすめです。
ゼロから始めて、どうやって資産を増やしていくか、資産額が増えたらどうやって分散するか、リスクをどう減らすのかも、きちんと説明されているので、ある程度資産が増えた人が読んでもいいと思います。合理的な一方、「株主総会に参加してみる」といったマッチョな心構えも書かれていて、バランスの良い本ですね。
7. 『DIE WITH ZERO』ビル・パーキンス著、ダイヤモンド社
児島 修(訳) (上級・知識)
お金の「貯め方」ではなく、「使い切り方」に焦点を当てたお金の教科書。「一刻も早く『経験』にお金を使う」「収入の○割貯金をやめる」「45~60歳には資産を取り崩し始める」など、今までの常識・人生観を考えさせられる1冊です。
著者の主張は「ゼロで死ね」、つまり「お金を使い切って死ぬことこそが良い人生だ」と説いています。「人生はテレビゲームとは違って、果てしなく高スコアを目指せばいいわけではないにもかかわらず、そう生きている人が多い」「金を楽しい経験に変えるあなたの能力は老化とともに衰えていく」などと、ある程度の年齢で資産を持っている人にはかなり耳の痛い言葉が並んでいます。
真面目に働き、タンス預金して死んでしまいがちな日本人に「いかに豊かにお金を使うか」を考えさせてくれるはずです。
8. 『教養としての投資』奥野一成著、ダイヤモンド社
(上級・実践)
「投資と投機は違う。(略)投資が盛んになり、優良企業にお金が集まるようになれば、日本の景気もよくなるはずだ」と説き、本来の投資のあり方や哲学、長期投資のコツ、優良企業の見極め方などを分かりやすく解説しています。
今回、投資本で一番おすすめなのが、この本です。個人投資家や投資上級者の人が読んでも、読み応えのある1冊。著者の奥野一成さんは農林中金バリューインベストメンツで投資成績を上げている人ですが、投資先には「構造的に強固な企業を選べ」と言っています。どういうことかというと、構造的に強い会社とは、「高い付加価値」「高い参入障壁」「長期潮流」のある会社だというのです。高い付加価値があるから収益が高く、高い参入障壁があるから他社との競合に打ち勝ち、長期潮流に乗っているから継続して収益を上げられるという理論ですね。
本書には、そうした企業を見抜くコツも書かれていて、投資の勉強になると思います。
9. 『FIRE 最強の早期リタイア術』クリスティー・シェン、ブライス・リャン著、ダイヤモンド社
岩本正明(訳) (中~上級・知識)
FIREとは早期リタイアして自由に暮らす生き方。この本では、FIREを達成した著者がいかに資産を貯めたのかを紹介し、「持ち家or賃貸はどちらが特か」「タネ銭を減らさないための4%ルール」といった問題も解説しています。
FIREは若者に人気ですよね。著者の住む米国と日本では税制なども違うので、そのまま当てはまるわけではありませんが、どうやって資産をためていくのか、FIREの基本を押さえるには良い本です。
ただ、僕の個人的な意見としては、FIREをして社会とのつながりがなくなると人間はむなしくなってしまうので、完全リタイアはしないほうがいいかなと。理想は、経済的に自立し、いつでもFIREできる状態になって、「イヤな仕事をしなくていい」「人にこびなくていい」という自由を手に入れておく。そのうえで「働き方を変える」「人の役に立つことをする」というのが最高に幸せだろうなと思っています。
10. 『年収は「住むところ」で決まる』エンリコ・モレッティ著、プレジデント社
安田洋祐(解説)、池村千秋(訳) (上級・知識)
アメリカではシアトルなどの都市で労働人口増加、投資増加といった好循環が生まれている一方、デトロイトなどの都市は人口流出、失業率の上昇に悩まされています。なぜ「いい仕事」は、特定エリアに集中するのか…そんな、お金と場所の相関関係を解き明かした1冊。
「『住むところで年収が決まる』って本当?」と思いますよね。これ、本当なんです。例えばニューヨークで食事をすると1人3万~4万円はかかります。4人で食事をしたら、ウエーターはその25%をチップでもらうので、1テーブルで4万円。そうするとニューヨークのウエーターは年収1000万円を超えますが、東京で年収1000万円を超えるのって難しくないですか?
「沈む都市周辺にいる限り、スキルアップの努力は大部分が無駄になる」など、ドキッとすることもたくさん書かれています。どうすれば収入を増やせるかを考えるのに役立つ本です。
11. 『お金の減らし方』森博嗣著、SBクリエイティブ
(中~上級・知識)
人は「お金がないから好きなことができない」と言い訳をしがちだが、お金持ちは「お金は使えば使うほど増える」と言う――。「お金」とは一体なんなのか…人生とお金の付き合い方を、一度考えてみませんか。
この本は面白いですよ。「お金を増やそうと思わないことによって、お金が増える」という逆説的な1冊です。
著者の森博嗣さんは鉄道愛好家で、自宅にミニチュア鉄道を走らせるという趣味の持ち主。そのために作家として本を書き、「収入の2割を趣味に使う」と徹底しています。自分の好きなことに最優先してお金を使うから、余計なことでストレス発散しなくなる。「仕事には未練も憧れもない」「好きなことは仕事にしない」「ときどき『運用しませんか』と言われるが、お金を増やしたくないので断っている」とポリシーも徹底しています。
「豊かさとは何か」「お金に振り回されない生き方とは」を考えさせられる本です。
取材・文/三浦香代子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 編集協力/山崎綾