読みたい本、読むべき本…本との出合いは、年齢や立場、経験によって変わっていきます。若いうちはスキルを高めたり、知識を身に付けたりする本を読むと即効性があり、成長を実感することも多いでしょう。ただ、ビジネスパーソンとしての経験を積んでいくと、必ず、「俯瞰(ふかん)して物事を捉える視点」が必要になるシーンが訪れます。
組織をどうつくっていくのか、事業をどう発展させるのか、窮地をどうやって乗り越えるのか、組織・企業が目指すものはいったい何なのか…簡単に答えが出せない難問にぶつかることも多くなります。
目先のゴールだけでなく、高い視座で、より遠くの目標に到達し、より長くより大きく成長するための土台になるのが、「不変の哲学」や「世の中の原理原則」です。
今回は、創業者の思想や組織づくりの原則を改めて学べる本など、多くの経営者たちが大切に読み続けてきた思想・哲学ジャンルのビジネス本を12冊選びました。書店の店頭に並んでいる流行のビジネス書とは違って、一見地味に思うかもしれません。でもこれが、読み継がれてきた名著です。今年はぜひ、皆さんの本棚にも並べてほしいと願っています。
1. 『インベンション 僕は未来を創意する』ジェームズ・ダイソン著、日本経済新聞出版
川上純子訳
サイクロン式掃除機で知られるダイソンの創業者、ジェームズ・ダイソンの自伝。生い立ちから会社を設立した経緯、発明の原点となる美意識や創意工夫などについて語られています。いかにしてダイソンが世界有数の独創的なテクノロジー企業となり得たかが分かる1冊です。
これはモノづくりをしている会社の人に、ぜひ読んでほしいですね。ジェームズ・ダイソンがいかに日本の企業から影響を受けていたか、モノづくりでヒットを生み出すには「やはり地道な努力の積み重ねが必要なのだ」と分かります。
この本は帯に「成功の陰に、5126回の失敗あり。」と書いてあるんですが、どうして回数が分かるのかというと、1回1回ちゃんと数えていたからなんですよね。サイクロン式を思いついたきっかけについても書かれていて、「強い意志があれば、すべてのものがヒントになる」という良い見本になります。きっと本田宗一郎さんや松下幸之助さんも、こういう考え方をしていたはずです。そのスピリットを失ったから、世界に誇っていた日本の高い技術や企業は弱くなったのかもしれません。もう一度、日本を鼓舞するためにも、ぜひ読んでみてください。
2. 『SHOE DOG』フィル・ナイト著、東洋経済新報社
大田黒奉之訳
ナイキの創業者、フィル・ナイトによる自伝です。父から借りた50ドルを元手に、いかにしてアディダス、プーマを超える売上300億ドルを超える会社を創りあげたのか。ビジネスと人生について、本人が余すところなく語った1冊。
創業者のストーリーを書いた本はたくさんありますが、この本はピカイチです。もう、物語としても面白いですし、どうやってビジネスを展開していったのかというところも勉強になる。それに、フィル・ナイトの文章がうまいんですよ。読んでいてこれほど引き込まれる本も珍しい。
スタンフォード大学のMBA卒というキャリアが約束されたポジションを捨てて、どうして靴をビジネスにしようと思ったのか。彼の靴への愛も伝わってくる。やっぱり、熱い思いが伝わる本って、いいですね。読んでいると元気がもらえる本です。
3. 『ビジョナリー・カンパニーZERO』ジム・コリンズ、ビル・ラジアー著、日経BP
土方奈美訳
『ビジョナリー・カンパニー』シリーズが発行される前にジム・コリンズが書き、日本語訳されていなかった『Beyond Entrepreneurship』の改訂版。スタートアップや中小企業が、偉大で永続的な企業になるための戦略や戦術、リーダーシップ論について解説されています。
『ビジョナリー・カンパニー』シリーズはいくつかありますが、この本は著者のジム・コリンズと、彼の師であるビル・ラジアーの共著です。ビル・ラジアーは2004年に亡くなったのですが、彼との思い出や学んだことが書かれていて「泣ける1冊」でもあります。「決定的タイミングにすべてを捨てて飛び込まなければ、夢を実現できる可能性は低いどころかゼロになる」といった言葉も心に刺さります。
ネットフリックス共同創業者のリード・ヘイスティングスが「『Beyond Entrepreneurship』の最初の86ページを丸暗記せよ」と言うほど中身の濃い本です。『ビジョナリー・カンパニー』シリーズ全編の軸となっている「リーダーシップ」について書かれており、実際の事例から学べることも多いはずです。
4. 『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』ジム・コリンズ著、日経BP
山岡洋一訳
「ごく普通の会社」が、世界有数の経営者に率いられた超一流企業に勝るほどの業績をあげられたのはなぜか。全米1435社の中から傑出した業績を長期間持続させることに成功したジレット、フィリップ・モリス、キンバリー・クラークなど11社の企業を取り上げ、競合他社と比較・分析して、その秘密に迫ります。
前述の『ビジョナリー・カンパニーZERO』を含めた全7巻の『ビジョナリー・カンパニー』シリーズ、実は、僕は2巻が一番好きなんです。2巻の冒頭では、著者のジム・コリンズがマッキンゼーのビル・ミーハンに言われた「GoodはGreatの敵だ」という言葉が出てきて、それが原著のタイトルの由来にもなっています(日本語版の表紙にも記されています)。
やっぱり人間、GoodでいようとするからGreatになり損ねてしまう。個人的には、日本人は追い込まれると強いし、実はすごい力を持っているのに、守りに入った瞬間に「最弱」になる傾向が強いのではと思っています…(笑)。
どうしたらGoodではなくGreatになれるのか、ぜひこの本を読んで、世界水準の経営者が何を考えているのかを学んでみませんか。
5. 『マネジメント エッセンシャル版』P・F・ドラッカー著、ダイヤモンド社
上田惇生編訳
ドラッカーが自らのマネジメント論を体系化した『マネジメント――課題、責任、実践』のエッセンスを初心者向けにまとめた入門書。マネジメントが果たすべき使命と役割、取り組むべき仕事などについても具体的に解説されています。
そう、この本こそが、『もしドラ』で有名になったドラッカーのマネジメント論です。もう、僕がわざわざ取り上げることもないほどの名著ですが、読んでおきたい1冊です。
やはりビジネスにおいては、「顧客の創造」や「人の強みを発揮させるマネジメント」が大事ですよね。人が雇われるのは「強みや能力ゆえ」であり、組織の目的は「人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和すること」。そうした組織をつくるにはどうすればいいのか、マネジメントの要点が書かれています。いろんな経営者の方も推薦している本ですし、マネージャーでなくても得るものが多く、読んでみて損はないと思いますよ。
6. 『成功はゴミ箱の中に』レイ・クロック、ロバート・アンダーソン著、プレジデント社
野地秩嘉(監修・構成)、野崎 稚恵(訳)、柳井正(解説)、孫正義(解説)
マクドナルドのフランチャイズ権を獲得し、全米展開に成功したレイ・クロックの自伝。巻末には本書をビジネスのお手本にしたという孫正義さんと柳井正さんの対談も収録されています。
マクドナルドのハンバーガーとスピーディーに提供するサービスを開発したのは、マクドナルド兄弟。レイ・クロックはフランチャイズ権を獲得し、全米展開に成功した人物です。レイ・クロック自身は開発者ではないし、紙コップのセールスマンやバンドでピアノ奏者をするなど職を転々とした時期もありました。
そんな彼がどうやってマクドナルドを成長させていったのか、すごく勉強になります。特に「自分には営業以外のスキルはない」という人は、この本を読むと勇気をもらえると思いますよ。
7. 『パラノイアだけが生き残る』アンドリュー・S・グローブ著、日経BP
佐々木かをり訳
著者はインテル設立者の一人。「パラノイア」とは「病的なまでの心配性」のことで彼のモットーでもあるといいます。どんな企業であっても成長し、テクノロジーが発展すると、顧客の好みや規制が変わり、「戦略転換点」が訪れます。そのとき、どう対応すればいいかを説いたのがこの本です。
もう、タイトルが秀逸ですよね。『パラノイアだけが生き残る』って、真実だと思います。どんな事業、企業であっても「未来永劫(えいごう)に安泰」ということはありません。成功の宿命というか、「事業モデルが古くなった」「競合他社が現れた」など、どこかで戦略転換をしないといけない時期が訪れます。そのときに経営者はどう判断し、自分を戒め、新たな道に進むのかが具体的に書かれています。
発行は2017年ですが、古さは全く感じません。むしろ新しいとさえ感じます。いつの時代にも大事なことを語っています。
8. 『ポラロイド伝説』クリストファー・ボナノス著、実務教育出版
千葉 敏生訳
1940年代後半にインスタント写真を発明したエドウィン・ランドとポラロイド社のエピソードが集約された1冊。スティーブ・ジョブズが「国宝」と呼んだエドウィン・ランドとはどのような人物だったのか、ポラロイド社がたどった軌跡とともに紹介されています。
この本には「良い製品をつくって、どうやって売るか」「開発の過程で、どんなトラブルがあって、どう改善したか」ということも詳しく書かれています。ある広告幹部は「ポラロイドほど売り込むのに簡単な商品はない」と言ったそうです。なぜならそれは、「商品を見れば、どんなものかが分かるから」と。
やはり、ひと目見てどんな商品か分かるのはモノづくりの基本だし、タイトルを見てどんな本か分からない本は売れないんですよね(笑)。
そうしたビジネスの鍵について語られ、最後はポラロイドがコダックと訴訟合戦を繰り広げ、衰退していくところまで描かれているので切なくもあります。
9. 『稲盛和夫の実学』稲盛和夫著、日本経済新聞出版
京セラ、KDDIを創業し、JALを再建させ、日本経済の発展に貢献した稲盛和夫さん。この本では、ゼロから経営の原理と会計を学んだ稲盛さんが、身近な例からキャッシュベース、採算向上、透明な経営など7つの原則を説き明かしています。
私は、稲盛さんの最高傑作はこの『実学』だと思っているんです。帯に「会計がわからんで経営ができるか!」と書かれているんですが、もう本当にその通り。この本は、稲盛さんが経理の人と議論しまくって、たどりついた稲盛流の会計学の神髄が詰まっています。僕の尊敬する経営者の方は、「この本を常に20冊ほど本棚に置いておき、『この人は!』と見込んだ人に配っている」と言っていました。
経営者たるもの、数字を見たときに現場で何が起こっているかを想像できないといけません。そして、どんな判断をすべきか、先行投資はどうするかなども書かれていて、すごく勉強になります。
稲盛さんの本は『生き方』も人気ですが、『生き方』は「結果」で、『実学』はそういう生き方になった「原因」ともいえます。本気の読書で自分を変えたい人は、「結果」ではなく「原因」が分かる本書を読むのがおすすめです。
10. 『小倉昌男 経営学』小倉昌男著、日経BP
「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親である小倉昌男さんが自ら書き下ろした経営学。市場を見通す洞察力や論理的な経営手法、引退後は持ち株を寄付して福祉財団を設立し、障害者の社会復帰に無報酬で取り組んだ人となりなども明かされる1冊です。
この本を読んで感心するのは、小倉さんの聡明(そうめい)さ、理屈を信じ切る勇気です。「とにかく理論を信じることが大事だ。今は赤字だが、理屈でいけば黒字になる」という信念で事業を切りひらいていくエピソードも出てきますが、読むと納得感があります。赤字の事業って、競合他社が参入しづらい。だから、ヤマト運輸がスタートダッシュを切れたんです。
しかも、小倉さんは競合他社をよく観察し、どうすれば差が付くかも研究しています。経営者としての視点はとても勉強になりますし、当時の三越の岡田茂社長との契約を切った話なども出てきて、物語としても面白い。個人宅配の市場を切りひらいた人が、どういった取り組みをしてきたかが、よく分かる本です。
11. 『ブーメランの法則』ファーガル・クイン著、かんき出版
太田 美和子訳
徹底した顧客志向と顧客ロイヤルティーの高さで有名だった、アイルランドの伝説スーパーマーケット「スーパークイン」。その社長のファーガル・クインが持ち続けてきた商売哲学と、その実践方法を紹介している1冊。20年以上、読み継がれるロングセラーです。
イトーヨーカドーなど、さまざまなスーパーマーケットがスーパークインを参考にしたといわれています。この本は、顧客志向をメインに書かれているんですが、その徹底ぶりがとにかく面白い。例えば、スーパーで量り売りの肉がちょっとオーバーしてしまうときは「少なめにしよう」とか、「レジ前にお菓子は置かない。売れるかもしれないが、それが嫌なお客様は二度と来ないから」とか「お客様が最も安価な紅茶をお望みなら、ためらいなく購入できるようにすべきだ(安いからといって見下さない)」といった、具体的かつ顧客をおもんぱかった細かく分かりやすいアドバイスが書かれています。
どんな業界でも、よく「顧客志向」といわれますが、実際それってどういうことを考えるべきなのか、どんなことをすべきなのかを考えるきっかけになる本だと思います。
12. 『成長するものだけが生き残る』上原春男著、サンマーク出版
著者は、次世代エネルギーとして注目を集める「海洋温度差発電」の世界的権威で工学博士だった上原春男。「これでいい」と思った瞬間に人や組織の成長が止まるのはなぜか、その状況を打破するためにはどうすればよいか、成長の原理について語った本です。
「なぜエネルギー工学の専門家が成長の原理について語るのか?」と思うかもしれませんが、過去の歴史をひもとき、「文明が成長するときにはどうエネルギーが使われてきたか」「エネルギーの使用量がどう変化したか」という視点で書かれているのが特徴です。
そして、人間とは「自分が保有するエネルギー以外のエネルギーを利用しうる動物」であり、「常に新しいエネルギーを開発していないと成長が止まる」という展開にも説得力がある。そう言われると今の日本が成長しないのも、次のエネルギーがないからだと分かってくるんですよね。エネルギーを通して未来を考えるという、ユニークな視点の1冊です。
取材・文/三浦香代子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 編集協力/山崎綾