今年7月、沖縄に大自然をモチーフにしたテーマパーク「ジャングリア」を開業する、森岡毅氏率いる刀。10年前のUSJ時代の計画白紙からどのようにはい上がってきたのか。前回「森岡毅、米社のUSJ買収で消えた夢14年越し、7月開業『ジャングリア』」に続き、『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする(本文敬称略)。
「大きな挫折だった」
森岡は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)時代の沖縄パーク計画白紙についてそう振り返る。独自の需要予測を基に勝ち筋を描いていた渾身のプロジェクトだった。絶対に集客できる自信があった。計画撤回は親会社の意向。皮肉にも、森岡の手腕によってUSJの運営会社であるユー・エス・ジェイの経営再建が進んだことが招いた結果でもあった。
大株主のゴールドマン・サックスが株式売却
業績改善によって企業価値が大きく高まり、売り時とみた筆頭株主の米ゴールドマン・サックスらが株式売却を決断。森岡はユー・エス・ジェイのCEO(最高経営責任者)らに沖縄パークの意義について説明を重ねたが、「力が及ばなかった」(森岡)。執行役員だった森岡は再建の立役者であっても、CEOではない。経営判断にはあらがえなかった。
計画撤回から退社前までは苦しい時期が続いた。この頃、森岡は約1年かけて関係者へ謝罪行脚に回った。構想へと動き出した11年から5年間で協力を求めた関係者の数は少なくなかった。
「各方面に謝罪をして回った。このときは本当につらかった」と森岡は唇をかむ。
だが、ここで終わらないのが森岡だ。
「どうしても沖縄パーク計画を諦めることができなかった」という森岡は17年、ユー・エス・ジェイを飛び出した。そして、同社の同僚らと共に刀を創業。今度は「刀の森岡」として、沖縄パーク計画の再挑戦へと動き出したのだ。
相手先に訪問した際、ユー・エス・ジェイ時代と変わったのは反応だ。いざ事業を始めようと協力を仰ぎに各所を回るも、相手の反応は鈍かった。かつては存在した大会社の看板がなかったからだ。創業したばかりの刀は当初、社員数が5、6人に過ぎないスタートアップ。森岡は「ユニバーサルという看板の重みを痛感した」と語る。
一方で、謝罪の際、地元から言われた言葉は耳に強く残っていた。
「いつかまたチャレンジしてほしい」
期待を裏切る格好となり、むげにされてもやむを得ないと謝罪に向かった先で言われたのは、多くの励ましや温かい言葉だった。
中でも、突破口を開くきっかけになったのは地元・沖縄のある大手企業の協力だった。
再挑戦に際し、刀の創業メンバーの一人である加藤健史と森岡が最初に訪ねたのが、地元大手のオリオンビールだった。相手は沖縄経済界の重鎮であるオリオンビール会長(当時)の嘉手苅義男だ。
地元大手は森岡毅という人間を見ていた
「やはり、沖縄にはテーマパークが必要です。何としてもパークを建てたいのです」
森岡らは30分以上、懸命に沖縄への思いを伝え続けた。一言もしゃべらず聞き役に徹していた嘉手苅の顔が後半、次第に笑顔になり、こうつぶやいた。
「沖縄に関心を持ち続けてくれてありがとう。応援します」
その後、刀が設立した沖縄パークの準備会社ジャパンエンターテイメントへの出資を、オリオンビールが一番に決めた。社長の村野一は、ジャパンエンターテイメントへの出資の背景をこう語る。

「我々は、ユー・エス・ジェイの計画というより、森岡さんの熱意に共鳴したからこそ協力すると決めた。ユー・エス・ジェイの幹部だった森岡さんと刀の森岡さんは、我々にとって何の違いもない。森岡さんとなら一緒に沖縄を盛り上げることができると思った」
オリオンビール幹部が見ていたのは、ユニバーサルという看板ではなく、森岡という人間そのものだった。
「オリオンが出資するなら」と地元の輪は広がり、リウボウとゆがふHDといった地元大手の出資が後に続いた。オリオンビールは北部に所有するゴルフ場をパーク用地として提供することも決めた。
終盤の資金調達にも難局があった。
新型コロナウイルス禍が落ち着き始めた22年春にウクライナ危機が勃発。厳しい世界情勢を鑑み、融資を検討していたメガバンクなどがプロジェクトから離脱したのだ。
その穴を埋めるため、「日本中の地銀のうち可能性の高そうな数十行を洗い出し、全国を駆け巡った」と加藤は話す。パーク開業時期から逆算するとぎりぎりのタイミングだったが、何とか資金調達のめどを付けた。

紆余曲折を経て、ジャングリアは23年2月に着工。そして25年7月、いよいよ沖縄北部に誕生する。ユー・エス・ジェイ時代の「挫折」は森岡に何をもたらしたのか。
「今振り返ると、あの挫折があったからこそ、自分が何を成し遂げたいのかがより明確になった。挫折は、私の人生にとって最も大事なことをあぶり出すとともに、不必要なところを切り捨てるためのきっかけを与え、私に大きなエネルギーをくれた」
USJ時代の構想から14年。刀にとって「1丁目1番地」の事業の幕開けが迫る。

(つづく)
[日経ビジネス電子版 2025年1月31日付の記事を転載]
中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)
