森岡毅氏率いる刀(大阪市)は1月28日、沖縄北部で建設中のテーマパーク「ジャングリア」を7月25日に開業すると発表した。苦節14年。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)時代に一度は頓挫した構想の実現がついに迫る。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』を上梓した中山玲子が、森岡氏が挑む沖縄新パーク構想を解説する。
「ジャングリアをひとことで言うと、沖縄の旅行を最高にするテーマパーク」
東京都内で開いた会見で刀CEO(最高経営責任者)の森岡毅氏はこう強調した。装甲車に乗って肉食恐竜から逃げるスリルを楽しむ「ダイナソーサファリ」、気球に乗って高さ200メートルの上空から絶景を満喫する「ホライゾンバルーン」など、自然をテーマにした22のアトラクションを用意する。

入場チケットは二重価格制を採用、1日券は国内在住者(大人)が6930円(税込み)、訪日外国人は8800円(同)に設定した。スパ専用のチケットもある。
会見に登壇した石破茂首相は「観光業の発展は国のGDP(国内総生産)を向上させるうえで極めて重要。新しい日本の姿が、ジャングリア、そして沖縄から発信されることを願う」と話した。関西大学の宮本勝浩名誉教授らによると、ジャングリアの経済効果は開業15年で約6兆8000億円。雇用創出は初年度に約7万人、15年で約88万人になると試算する。
悲願の沖縄新パークの開業を間近に控えた森岡氏。その挑戦の歴史は14年に及び、大きな挫折を経たものだった。
「刀にとって一丁目一番地の事業」
那覇空港から車で北に1時間強。沖縄県名護市と今帰仁村にまたがるエリア。多様な生態系が育まれている亜熱帯のこの地に2025年夏、大自然をモチーフにしたテーマパークのジャングリアが姿を現す。森岡氏が率いるマーケティング集団の刀が創業以来、着手してきたプロジェクトだ。総事業費は約700億円。自社事業としては最大規模で「刀にとって一丁目一番地の事業」(森岡氏)だ。
刀が最大株主となる会社「ジャパンエンターテイメント」(名護市)が運営する。オリオンビールと小売業のリウボウ、不動産のゆがふホールディングス(HD)の地元3社のほか、近鉄グループホールディングス(GHD)やJTBなど、県外の大手企業も出資するオールジャパン体制で挑む。
敷地面積は約60万平方メートルで、東京ドーム12.8個分に及ぶ。その広さは、東京ディズニーランド(TDL)やユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を上回る。
ブランドイメージは「パワーバカンス」。沖縄ならではの魅力を大自然に見いだすとともに、消費者がそこに求めるであろう価値と照らし合わせて導き出した。

森岡氏はブランドイメージについて「沖縄の森は本州の森とは違う。木はぐにょぐにょと伸び、そのエキゾチックで独特な外観は見る人を元気にさせる。沖縄の太陽と風、空気、森……。都会では味わえない大自然の中で、思い切りエネルギーを発散し、開放感に浸れることを重視したコンセプト」と話す。
首都圏や関西圏から飛行機と車で片道4~5時間はかかる沖縄北部のテーマパーク。そこに消費者が求めるのは、日帰りで行ける都市部のテーマパークとは異なる体験だ。
東京ディズニーリゾートやUSJのように映画やアニメのコンテンツがテーマではない。場所が沖縄だからこそできる、「大自然」のテーマパークだ。森岡氏は「豊かな自然の中で大切な家族や恋人、友人と一緒に訪れたときに、一生の思い出として記憶に刻まれるような体験を用意している」と自信を見せる。

沖縄パーク構想を最初に打ち出したのは2011年
もっとも、ここに至るまでの道は決して平たんではなかった。苦節14年。森岡氏が沖縄パークの構想を最初に打ち出したのは11年のことだ。
01年に大阪市で開業したUSJは10年もたたないうちに、入場客数が大幅に低迷、経営破綻に近い状態だった。そんな中、運営会社であるユー・エス・ジェイのグレン・ガンペルCEO(当時)が目を付けたのが、プロクター&ギャンブル(P&G)で圧倒的な成果を出していた森岡氏だった。
ヘッドハンティングされた森岡氏がユー・エス・ジェイ入社後につくった再建計画「3段ロケット構想」。新ファミリーエリアの建設、映画「ハリー・ポッター」エリアの開業に次ぐ第3段として位置付けたのが沖縄パークだった。
大阪から遠く離れた沖縄のパーク計画。ユー・エス・ジェイにとってどんな意味を持っていたのか。2段目までのロケットでUSJを魅力あふれるものに刷新して財務を改善。筋肉質な企業として攻めの投資を実行し、多拠点でテーマパークを運営する。その狙いは、成長著しいアジアの需要の取り込みだ。森岡氏の視線は、大阪のテーマパークの再建にとどまらず、アジア市場の攻略もあったのだ。
その力の入れようは、計画した投資額からもうかがえる。当時の会社売上高の半分を上回る450億円を投じたハリー・ポッターエリアでさえ、前例のない巨額投資だと社内外で批判が渦巻いた。
米コムキャストによる買収で方針転換
沖縄パークの規模はそれを優に超える約600億円だった。14年度、過去最高の入場客数を記録し、ユー・エス・ジェイは既に再建を果たしていた。沖縄パーク建設は再建のさらにその先をいく成長計画だ。ユー・エス・ジェイを一段と成長させる。3段目のロケットで、より大きな賭けに出ようとしていた。
USJ時代、沖縄パークの建設予定地は国営海洋博公園内の沖縄美ら海水族館付近で話が進んでいた。
15年春には構想を正式に国に伝達。ガンペルCEOと森岡氏が当時の菅義偉官房長官を訪れ、沖縄パーク計画とその波及効果について説明した。同年夏には沖縄県の翁長雄志知事(当時)の元にも訪れた。菅官房長官は会見で「政府として応援する」とし、翁長知事も「県民の期待は大きい」と発言。国・県の両者から同意を取り付け、計画は順調に進むはずだった。

ところが、およそ1週間後に調印を控える中、急転直下で事態は変わる。ユー・エス・ジェイが米メディア大手コムキャストに約1800億円で買収され、同グループの傘下に入ることが決まったのだ。翌16年2月18日、新聞各紙にはこんな見出しが並んだ。
「USJ、沖縄進出撤回を検討」
ガンペル氏の後任社長の下でユー・エス・ジェイは事業の見直しを進め、経営資源をUSJに集中させる判断を下した。それからおよそ3カ月後の5月11日、沖縄パーク計画の撤回を正式に表明。5年もの期間をかけて進められてきた計画は白紙になった。
(つづく)
[日経ビジネス電子版 2025年1月29日付の記事を転載]
中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)
