森岡毅氏率いる刀(大阪市)は企業のコンサルティング支援をする際、協業先の社員が頭だけでなく心で理解することを重視する。心で理解しなければ本当の意味で改革はできないからだ。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする。(本文敬称略)
2022年秋から刀が協業する製粉大手のニップン。そもそも、ニップンが刀にマーケティング支援を依頼したのは、一般消費者向けの食品事業をてこ入れするためだ。明治期に創業したニップンの祖業は、業務用がメインの製粉事業。そこで一定の売上高を確保してきた。だが、伸びしろであるはずの食品事業では苦戦を強いられてきた。「閉塞感が漂い、結果につながらない状況が何十年もあった」とニップン社長の前鶴俊哉はいう。

試行錯誤を重ねても苦戦が続いてきた中で、今度こそ、この状況を打破できないか。そんな中、現場から上がってきたのが、「組織としてマーケティングを習得すべき」との声だった。これまで個々で取り組んでも変わらなかったものを組織全体で取り組もうといった提案だった。その過程で出てきたのが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を再建に導いた森岡率いる刀の名前だ。
「ノウハウをすべて移植します」
「協業は会社として大きな決断だった」と前鶴は振り返る。
刀が移植するのは、営業や広告を指す狭義のマーケティングではない。開発に至るまで組織を挙げて取り組む広義のマーケティングだ。「社内のあらゆるリソースを割く必要があった」(前鶴)。
協業にかかる費用も決して安くはない。それでも、ニップンが決断したのは、刀から移植されたノウハウが人材に残ると考えたからだ。「人的投資」。前鶴は今回の協業をこう表現する。協業期間は2022年10月から3年の予定。「この3年間に刀からニップンへノウハウをすべて移植します」。刀側は協業前、前鶴にこう伝えた。
刀のコンサルティングの特徴は、ノウハウの移植である点だ。つまり、結果が出ても、協業期間だけで終わらせる一過性のものにはしない。刀は、ノウハウを人材に定着させ、その後も継続して成長できる状態をつくることを目指す。
森岡は刀のノウハウ移植を魚釣りに例えてこういう。
「魚が欲しいとき、魚を外注し続けることは本質的な解決ではない。企業様にとって本当に必要なのは、自ら魚を釣れる能力『釣竿と釣り方』を備えること」
その移植において、刀が重視するのが実戦方式だ。座学で方法を伝えるのでなく、刀の社員がニップン社内に入り込み、共に戦略を練り、実行していく。ニップンとの協業では、「調査・分析」「ブランド開発」「営業」「広告・PR」の各担当にそれぞれ刀側の担当者が付き、密に面談やミーティングを重ねる。

マーケティング推進部の石倉あすみは「毎日のように刀の方が会社に来る。(普通のコンサルとは)入り込み方が違う」と話す。開発本部の青柳美玲も「フラットに一メンバーとして携わっていただいている」と笑顔を見せる。距離感はもはや、社員と社員のレベルに近い。
例えば、消費者インタビューで聞いた言葉からどういった情報を捉えるか、共に議論して読み解いていく。データ分析でも、膝を突き合わせてノウハウを伝える。森岡は「マーケティングは泥臭い仕事。一緒に働いて、一緒に汗をかいてこそ、内製化できるようになる」と強調する。
ニップンとの協業で刀側の責任者を務める阿部一貴は、ノウハウ移植を進める上で重要な3つのポイントがあると説く。まず、①消費者が求める価値を心と頭で理解する。そして、②結果を出し、さらに③その結果を出し続けられる組織の構造に落とし込んでいく。
消費者価値に気付く瞬間
心で理解する点では、前出で紹介したお宅訪問による消費者インタビューの際に主婦が見せた表情はニップン社員にとって大きな気付きになった。
「自分たちが信じていたことが目の前で壊れたとき、消費者は実はもっと違うものが好きなのかもしれないと気付く。消費者が求めるものを追い続ければその瞬間は必ずやってくる。あの瞬間は1つのトリガーになった」(阿部)
人はこれが正しいと説明をされたとき、頭では理解しても、腹落ちしなければ本当の意味で動けない。企業改革でも、ここでつまずく例はごまんとある。現場がその意義や必要性を真の意味で理解していないからだ。刀のノウハウ移植はここを重視する。「最初のブランド設計のプロセスで心と頭で理解する。ここは半年から1年かけて積み上げていった」と阿部は話す。
ブランド設計によって消費者価値を理解できれば、それに沿った商品を市場に出す。ここで結果が出れば、大きな自信となり、確信につながる。実際、ニップンの開発担当の青柳美玲は、「オーマイプレミアムのヒットは、関わった多くの社員にとって成功体験になっている」と話す。
さらに、仕組みとして落とし込むことで不可逆性を持たせ、「組織内の人が入れ替わっても、永続的に機能するようにする」(阿部)。例えば、森岡が在籍していたUSJでは、マーケティング本部の下に開発部門を配置させ、すべての部門が消費者起点で動けるようにした。ニップンでも同様の部署が設置され、開発から営業、広告に至るまで十数人が属している。
「正しい道だと信じて取り組める」
ノウハウの移植と同時にそれ以上の効果も生まれている。ニップン社内では、トライしたことが結果につながる好循環が生まれ、社員の成長意欲が増している。
「これまでは自分の中で考えるだけで、その方法が合っているのかと思うことがあった。今は、会社としての強い戦略があり、これをやれば絶対に会社のためになると信じられる。正しい道だと信じて取り組めるようになったことは、大きなモチベーションになっている」と青柳は話す。社長の前鶴も「社員の意識は間違いなく変わってきた」と手応えを感じる。
ニップンは25年3月期には冷凍・乾燥パスタのオーマイプレミアムの売上高を前期比で3割増となる120億円に引き上げる。「30年に目指す売上高5000億円の目標に向けて家庭用商品を強化する」(前鶴)。初の大台達成に向けて、パスタなど食品事業での飛躍を目指す。
創業100年を超える老舗企業に変化が起きている。ニップンが新たな武器を手にしたことで、何十年と動かなかった大きな石が動き始めた。歴史ある企業でもマーケティングによって大きな変革を遂げることができる。森岡や刀は、ニップンを通じてそれを証明して見せた。

[日経ビジネス電子版 2025年3月4日付の記事を転載]
中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)
