2022年秋から刀と協業する製粉大手ニップン。各スーパーへの営業を見直し、提案内容を絞って最強ブランドの下で複数の商品を訴求する手法に変更した。ここには業界2位がガリバーに立ち向かうヒントがある。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』(中山玲子著、日経BP)から一部を抜粋してお届けする。(本文敬称略)
ニップンのパスタ事業の変革で、刀が重視したのは商品戦略だけではない。全国のスーパーマーケットなど小売店への営業手法も見直した。
そもそも小売店の棚に並ばなければ、消費者は商品を手に取ることさえできない。具体名は公になっていないが、日本全国の外食の名店から多くの仕入れ実績があるなど「ニップンの製品開発力は高い」と刀の森岡は強調する。
商品力の高さから、一度口にすると良さが伝わるニップンの商品は多い。ただ、これまで小売店での棚の獲得競争では競合に押され、陳列が思うように広がっていなかった。
「『もう一度買いたいのですが、どこに売っていますか』といった問い合わせが多くある。それは私が入社した頃からだった」。ニップン社長の前鶴俊哉はそう話す。そこで、全国の小売店の棚でニップン製品を幅広く置いてもらうため、小売りのバイヤーと接する第一線の営業の方法を変えた。
従来、小売店への営業はニップンの製品を売り込むだけに終始していた。それが今では、消費者が何を求めているかを調べて分析し、なぜそれが売れるかまで説いてみせる。
さらには、地域性や客層などを考慮し、スーパーの各店舗が置かれている状況を分析。そのスーパーの来店客が求めているものから逆算し、他社製品も含む売り場づくリや品ぞろえのあり方までを提案する。ニップンが出す提案は、まさに小売店側が求めていた内容だった。効果はてきめんで、既に全国のスーパーから相次いでこんな声が上がる。
「ニップンさんがこんな提案をできるなんて」
一例を見ると、ニップンの提案は売り場にこんな変化をもたらしている。西日本が拠点のスーパーでは、ニップンの「もちっとおいしいスパゲッティ」が、競合である昭和産業の「太麺スパゲッティ」と共に並ぶようになった。いずれも歯応えや食感を楽しむパスタだ。

ゆで時間の短さなどの機能性や価格で差異化されがちだった単調な乾燥パスタ市場で、食感で選ぶ新たなカテゴリーが生まれている。「消費者にとって彩りある選択肢が増えれば、市場は活性化する」(森岡)。ニップンの新商品は、長らく硬直化してきたパスタ業界に一石を投じた。
小売店側の反応について、前鶴も「明らかに変わった」と手応えを感じる。「以前とは変わっているようですが、何かしていますか」。前鶴は「協業を始めて半年後には同業他社からひんぱんにこう言われるようになった」と話す。だが、ニップンと刀が正式に協業を発表したのは、協業を始めてから1年後のこと。発表前から、業界ではニップンの変化が話題になっていたのだ。

営業担当者はこれまで、小売店との関係構築は夜の会食やゴルフ、表敬訪問などに頼っていた部分もあった。こうした手法で関係をつなぐのは、どこの業界でもよくあることだ。ただ、ニップンはこれらの関係構築に加え、小売店とのコミュニケーションの中身も変わってきたという。今では「もっと分析をお願いしたい」と小売店側からニップンに声がかかる。
さらに、付き合う階層は、小売店のバイヤーとニップンの担当者という現場の関係にとどまらず、より上層へと上がっている。
「非常に中身のある分析なので、この提案は役員に上げます」
小売店のバイヤーからはこんな声も出ているという。前なら梨のつぶてだった役員への面会のお願いについて、小売り側から要請が来るようになった。バイヤーから部長、役員へと付き合う階層が上がり、それにつれて取り組む内容や視座も高くなっている。
「個別の商品の話から、売り場や店舗全体のお役立ちについても話をするようになった」とニップンのカスタマー営業統括部の大石和浩は語る。それまでは取引先という関係性だった小売店が、新たに市場をつくる「共に取り組む相手に変わった」(大石)。ニップンの消費者起点の活動は、小売りをも巻き込んでいる。
小売店への提案では、的確な分析はもとより、伝えることの「選択と集中」も進めた。
ニップンと刀が打ち出した、強いブランドを軸にする「マスターブランド戦略」がその核になる。
食品メーカーは基本的に年に2回、新商品を発売する。それに合わせて、発売前にメーカーがスーパーなど小売り各社に説明。ただし、その時間は限られる。ニップンの24年春夏の新商品は10品強あったが、ある大手スーパーで同社に与えられた説明の時間はたった30分。その説明で、ニップンが採ったのが、約10品すべてについて説明をするのでなく、力を入れる商品に焦点を絞ることだ。
焦点を当てたのが、同社の高級パスタブランド「オーマイプレミアム」。元は冷凍パスタのみの展開だったが、24年春、新しく乾燥パスタの商品を投入したブランドだ。
ここでニップンと刀が採用したマスターブランド戦略について見てみよう。最上位のブランドを「マスターブランド」と位置付け、その下でサブカテゴリーとなる複数の事業を展開する手法だ。ニップンのパスタの場合、「冷凍パスタ、乾燥パスタをオーマイプレミアムという1つのブランドで展開する」(森岡)。

ニップンの大石は「小売店のバイヤーは何社もあるメーカーから商品の提案を受けているので、こちらが多くの商品の説明をしても印象に残らない。これまで総花的に商品の説明をしていたが、オーマイプレミアムに主眼を置いてプレゼンするようになった。長く営業を担当してきた私の中で非常に響く戦略だった」と話す。
マスターブランド戦略を最大限生かすため、ニップンと刀はブランド構築のための3つのステップを考えた。
上の図を見てほしい。まず、マスターブランドには、冷凍パスタ市場で1位の座にあるオーマイプレミアムを選んだ。同社の中で最も強いパスタブランドだ。マスターブランドを決めると、今度は、冷凍パスタの1位の座を一段と盤石にするため、消費者から支持されている「具の大きさ」をより強調する商品に仕立て、パッケージでもそこを訴求した。
そして、次に打ち出したのが24年2月からのオーマイプレミアムブランドの乾燥パスタの展開だ。冷凍パスタで強さに磨きがかかったブランドを、ニップンにとって“挑戦市場”になる乾燥パスタ市場に投入した。この戦略の利点は、マスターブランドに経営資源を集中することによって効率的なブランド構築が可能になることだ。
「マスターブランドにする1つの大きなメガブランドをつくれば、サブカテゴリーにおいて優位な競争ができる」と森岡は話す。
森岡はこの手法について「小よく大を制す戦略だ」と強調する。製粉業界2位のニップンの前には、「マ・マー」ブランドを展開する業界トップのガリバー、日清製粉グループ本社が立ちはだかる。その中で、この戦略は業界2位がガリバーに立ち向かう策との意味もある。
森岡らは、かつて在籍したUSJが、国内首位の東京ディズニーリゾートに立ち向かった姿をニップンに重ね合わせる。事実上の経営破綻からはい上がったUSJの躍進は、十分な資金がない中で、アイデアや戦略次第で勝てることを世に示した。持ち手を戦略的に使うことで業界1位に対抗できる。ニップンの変革は、業界2位以下の多くの企業にとって示唆に富む。
[日経ビジネス電子版 2025年3月3日付の記事を転載]
中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)
