7月25日に開業するテーマパーク「ジャングリア沖縄」。プロジェクトを主導するマーケターの森岡毅氏率いる刀は開業後の2020年代後半を視野に株式上場を狙う。近年、事業規模が小さいままで株式公開する「小粒上場」が問題となっているが、刀が目指す上場の形とは。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』から一部を抜粋してお届けする。※記事後半は刀CFO(最高財務責任者)のインタビュー(取材は24年秋に実施)

 「ゴールドマン・サックスなどの株主とは散々やり合ったが、彼らがいたから、『ハリー・ポッター』への大型投資を実現できた。彼らには本当に感謝している」

 森岡氏がユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に在籍していた頃、自らは集客増に腐心しながらも、その仕事ぶりが強烈に脳裏に焼き付いているのが米金融大手のゴールドマン・サックス(GS)だ。

日本勢が離れていく中、ゴールドマンが救世主に

 2001年に大阪市の第三セクターとして開業したUSJは、00年代に入場客数が大幅に落ち込み、経営難に陥った。もともとの出資者である自治体や地元企業といった日本勢が離れていく一方で、05年に救世主として表れたのがGSだった。15年に米コムキャストの傘下に入るまで約10年もの間、GSはUSJの筆頭株主として経営再建を支えた。

 USJのV字回復によって、GSは大きなリターンを得た。国内では、安く買って高く売り抜けるファンドにいいイメージを抱かない人が少なくない。だが、USJ時代にGSに助けられた森岡氏は、投資の重要性を痛感した。「彼らは当然、私たちに厳しい要求もしてくるが、彼らの立場で株式を売却するまでの許された時間の中で目いっぱい企業価値を上げるにはどうすればよいかを真剣に考えている」と森岡氏は語る。

 しかも、「ハリー・ポッター」エリアの投資規模は会社売上高の半分を超えていたにもかかわらずGSらはリスクを承知で決断した。森岡氏による秀でたマーケティング力を軸にした経営と、GSによる豊富な資金力。その両輪がそろってUSJは大きな飛躍を遂げた。

 「企業には大きく伸ばさなければいけないタイミングというのはあって、そのときには投資が必要になる」(森岡氏)

 世界トップクラスの投資銀行であるGSといえど安々と投資できるわけではない。USJ側の戦略を深く理解した上で投資に踏み切ったのだ。

米メディア大手、コムキャストによるUSJ買収の会見の様子。USJの大株主だった米ゴールドマン・サックスは2015年、米コムキャストに株式を譲渡した。一番左からゴールドマン・サックス、コムキャスト、USJの各幹部(写真=産経新聞社)
米メディア大手、コムキャストによるUSJ買収の会見の様子。USJの大株主だった米ゴールドマン・サックスは2015年、米コムキャストに株式を譲渡した。一番左からゴールドマン・サックス、コムキャスト、USJの各幹部(写真=産経新聞社)

 需要が投資を上回るとはじき出せれば、巨額の投資を実行する必要がある。いざ、大きく引き伸ばせる好機が訪れても、そのときに資金力が乏しければ、チャンスをみすみす逃してしまいかねない。

刀が目指すのは「マーケティングができるゴールドマン・サックス」

 刀は、マーケティング力と資金力の両輪を備えた会社を目指そうとしている。将来の姿として描くのは「マーケティングができるゴールドマン・サックス」だ。

 国内の多くの事業を再生させてきたコンサルティング事業では、刀の精鋭マーケターを送り込んできた。これまではノウハウの移植にとどまってきたが、将来は、ここに可能性のある事業に投資できる力をプラスする。

 例えば、長崎県のハウステンボス。株主はアジア系ファンドのPAGだが、マーケティング支援をしているのが刀とそれぞれ役割が分かれている。刀は将来、案件によってはファンドの役割を兼ね備えることも目指す。

 背景には、日本の資金がエンタメ分野に流れにくいといった事情もある。刀が、ジャングリア開業の資金集めでメガバンクが離脱するなどして苦労したように、日本の金融機関の観光・レジャーへの投資姿勢は欧米に比べて消極的だ。森岡氏は「日本は鉄やコンクリート、機械には積極的に投資してもテーマパークというと及び腰になる」と嘆く。

 GSのような資金力を持ち合わせた会社になるとの目標も、どうすれば日本の事業価値を迅速に高められるか熟考した結果出てきたものだ。

 「どこに価値があるか分かった上で投資ができれば、勝率はもっと高まる」と森岡氏は自信を見せる。

 資金力を身に付けるという意味では、刀は株式上場も視野に入れている。時期は「ジャングリアを開業後、実績が出た20年代後半」(森岡氏)の予定だ。

 近年、時価総額が小さいまま、スタートアップが新規株式公開(IPO)する「小粒上場」が課題になっているが、刀が狙うのは大型上場だ。刀の資本政策についてCFOの立見信之氏に話を聞いた。

刀CFOの立見信之氏(写真=加藤 康)
刀CFOの立見信之氏(写真=加藤 康)

立見さんはUSJ時代から資本政策で森岡さんを支え、2017年に森岡さんと共に刀を創業しました。創業からこれまでを振り返っていかがですか。

立見信之氏(以下、立見氏):創業以来、事業を拡大してきました。24年には「イマーシブ・フォート東京」を開業し、25年夏には沖縄に「ジャングリア」を開業します。創業当初はコンサルティング事業が中心でしたが、刀が中心になって展開するこの2つの事業が加わり、事業はさらに拡大します。

ジャングリアの事業規模は約700億円と大きな数字です。

立見氏:創業から間もないスタートアップの投資額としてはかなり大きな額です。

株主のリターンを強く意識

事業に投資すべきかどうかについて、社内でどのように議論しているのでしょう。

立見氏:刀は、森岡や私を含めUSJから転じてきた社員が多いです。USJの株主には米ゴールドマン・サックスやMBKパートナーズなどがいて、彼らと一緒に事業成長を目指してきた経験がある。だから、財務担当者ではなくマーケターであっても株主のリターンを強く意識する傾向があります。マーケターが事業やイベントなどについて、こんなことをやりたいと言ってくると、私はそれを懐疑的に見る。このマーケターの言うことは本当なのかと、一つひとつ検証していきます。

 より多くの目で確認する場もあります。いろいろな人の目で見ることで多角的な視点で検証します。偉い人が言ったから稟りん議ぎ を通しましょうといったことはありません。誰かの思い込みによって事業をやろうという判断にはならない。そこは刀の良い部分だと感じます。

強いリーダーシップを発揮して、森岡さんが多くを決めているようにも見えますが、そうではないのですか。

立見氏:森岡が言ったことでもおかしければ、私も若い社員もかなりの数の人間が容赦なく「おかしいです」と言います。彼はやっぱり、熱が強いから、みんなが圧倒されることもたまにある。一方で、彼自身、人の話をきちんと聞いていて、自分の発言は間違っていたと軌道修正することもある。こわもてに思われるかもしれませんが、実は柔軟です。

 キャッシュの管理については非常に重要ですので、大変なことになりそうだと思ったときは明確に森岡に言います。このまま事業を続けていれば、こんなにキャッシュが出ていくので非常にリスクが高い、もうやめましょう、と。それに対して彼は、意固地になって、絶対V字回復させるんで安心してください、なんてことは言わないですね。

 そういうときは、彼の良い意味で根暗で保守的な部分が出てきて、このリスクは回避しなきゃいけないとなる。主張が論理的で根拠に基づいていれば、極めて素直に柔軟に受け入れる。経営者にとって必要な資質だと思います。

外からのイメージとは異なります。

立見氏:刀には我々創業メンバー以外に社外の大きな株主がいます。出資者に確実にリターンを出して還元していくのは非常に重要なことです。だから、不必要な投資はしないよう徹底している。それで、このオフィスにも不必要なものは一切置いてないんです。

すでにグロースには上場できる規模

ジャングリア開業後に株式上場を目指しています。

立見氏:ジャングリア開業後にスムーズに上場できるよう、数年先を見据えて今、準備をしているところです。マーケットの状況をしっかり見ていく必要があるでしょう。市況の悪いときに上場はしづらい。数年後にどうなっているか見計らいながら適切な時期を決めていきたいですね。

今でも上場は可能ではないですか。

立見氏:業績で見ると、東証グロース市場には上場できるレベルです。ただ、上場するなら、大きく出たい。そのためには、ジャングリアは大きな要素になる。ジャングリアがまだ成功するかどうか見えない段階で上場するより、成功してから上場する方が社会的なインパクトは大きい。大型上場を狙っていきたいです。

日経ビジネス電子版 2025年7月18日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)