7月25日に開業するテーマパーク「ジャングリア沖縄」は、主導する森岡毅氏にとって14年越しの悲願のプロジェクトだ。しかし、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)時代は、地元から批判が渦巻いていた。森岡と、彼が率いる刀はここから何を学び、得たのか。『森岡毅 必勝の法則 逆境を突破する異能集団「刀」の実像』から一部を抜粋してお届けする(本文敬称略)。

 「『心と体がゆったりと解放され、まっさらな自分にエネルギーがみなぎり、新しい出会いにこころ躍る』。これを、沖縄ブランドが持つ本質的な魅力にします」

 2024年3月、沖縄県が那覇市で開催した「おきなわブランド戦略」の発表会。登壇した沖縄県知事の玉城デニーは、肝煎りの沖縄ブランドについて自信たっぷりに説明した。

 それは、さながら民間企業の発表会のようだった。冒頭、沖縄の魅力を凝縮させたイメージ動画から始まり、ほぼ満員となった来場者400人を引き付けた。映し出されたパワーポイントを使った説明も明快だ。ターゲット、さらに消費者が沖縄に求める価値まで分析。それを導き出すため実施したアンケート調査の数は国内外6地域の1万6000人以上に上った。

 ブランド戦略を決める過程で沖縄県が力を借りたのが、ジャングリアを主導する刀だ。沖縄県と刀は22年春、同県のブランド強化のための連携協定を締結。これまで、刀の幹部が講師役となるマーケティングセミナーに延べ240人以上の県職員が参加した。

 刀が筆頭株主となるジャングリアの運営会社、ジャパンエンターテイメントも密に県と連携する。同社幹部がパーク開業に向けた県庁横断の連絡会議に出席、交通アクセス改善のために沖縄県警との話し合いにも参加する。

 森岡や刀が日本で一番伸びしろを感じる沖縄。USJ時代からアプローチを続け、今や一心同体となって事業創造に挑む刀と沖縄県だが、最初からそうだったわけではない。

 時計の針を10年戻そう。森岡がUSJに在籍した時代の沖縄パーク構想に対し、地元では批判が渦巻いていたのだ。

渦巻く批判「地元を飛び越している」

 「地元を飛び越している」
 「国とUSJだけで話を進めている」

 都市部に拠点を置く大手企業が意気揚々と地方に進出する例は幾多もある。経済発展のためという旗印を掲げる一方で、地元の声に耳を傾ける努力を怠ってしまうことが少なくない。当時のUSJも例外ではなかった。

 対応のどこに問題があったのか。刀として再挑戦をするに当たり、森岡らは考えた。沖縄のためになると信じて取り組んでいたプロジェクトだが、独りよがりな面があったのではないか。いつの間にか地方を上から目線で見ていたのではないか。そう自身を省みた。

 USJの大株主にゴールドマン・サックス(GS)がいる中で、調印前に地元関係者に説明することは内部情報のリークにつながるとの懸念もあった。だが、今はそう思わない。

 「情報漏洩にならないように、ゴールドマン・サックスに説明すればよかった」(森岡)。

 そこに思いが至らなかったのは自分たちの力不足のためだったとの認識だ。「地元の協力、信頼なしにはジャングリアのプロジェクトは絶対にうまくいかない」と森岡は断言する。

 刀になってからの森岡らは、かつての姿勢を180度変えた。沖縄パークのプロジェクトが白紙となったUSJ時代の「挫折」が、森岡を変えた。刀創業に当たって、自らが挫折した意味を問い直した。

 「私は確率論者で神様は信じない。だが、あの計画は潰れるべくして潰れたのではないか。あのとき、私たちの実力は恐らく、十分でなかった」(森岡)

 姿勢を変えると、地元は次々と刀に手を差し伸べてくれた。

 オリオンビールがジャングリア向けに敷地を提供してくれたのはその好例といえる。他にも候補地はあった。だが、地権者が多く、調整が煩雑になるリスクがあった。ジャングリアの運営企業であるジャパンエンターテイメントの加藤健史は地権者が圧倒的に少ないこの敷地を「奇跡の土地」と呼ぶ。

オリオンビールの村野一社長(写真=河野 哲舟)
オリオンビールの村野一社長(写真=河野 哲舟)

 オリオンビール社長の村野一は、土地を提供した理由についてこう話す。「我々の利益だけを考えれば、ゴルフ場として続けていた方が良かっただろう。しかし、パークができれば県北部が振興し、沖縄全体に大きなプラスの影響をもたらす。だから、会社としてパークとして土地を貸す決断に迷いはなかった」

資金調達で3メガ離脱、琉球銀が主幹事に

 巨額資金の調達では地元の地銀が力になってくれた。22年2月、ウクライナ危機が起きると、当初は融資を検討していた3メガバンクが一斉に離脱。ここで意地を見せたのが、琉球銀行だった。協調融資(シンジケートローン)組成に向けて、政府系金融機関の商工組合中央金庫(商工中金)と共に、大役となる幹事(アレンジャー)を買って出た。

 「これは沖縄にとって絶対に必要なプロジェクト。必ず、目標額を集めます」

 加藤は、幹事行の幹部から言われた言葉を今も忘れない。そのメッセージに奮い立ったのは加藤だけではない。沖縄から遠く離れた千葉銀行や福井銀行、山陰合同銀行までもが地方創生の意義に強く賛同。全国13の金融機関から集めた融資額は366億円に上った。通例、メガが担う主幹事役を琉球銀が見事に務めあげた。

来場客を迎えるジャングリア沖縄のシンボルツリー(画像=ジャパンエンターテイメント)
来場客を迎えるジャングリア沖縄のシンボルツリー(画像=ジャパンエンターテイメント)

 今、地元から反対や批判の声はほとんど聞こえない。刀の対応を近くで見てきた沖縄の不動産大手、ゆがふホールディングス社長の前田貴子は「沖縄経済界のほか、立地地域である名護市や今帰仁村などの首長、区長にも丁寧に説明に回っていて、地元対策は本当に頑張っていただいている」と話す。ジャパンエンターテイメントは24年夏までに、立地地域で区民説明会を20回以上開催。この住民説明会でも反対の声はほとんどなかった。

 刀から始まったテーマパークを起点に沖縄振興を目指す夢は、地元住民にまで深く浸透するようになった。ジャングリア開業を変化の起点とし、沖縄の振興だけでなく、全国の地方活性化も目指す。それが刀の考えだ。沖縄の人々との“共創”は、他の地方で事業する際にも必ず生きる。刀は、事業拡大に向けて、未来につながる大きな教訓を得た。

日経ビジネス電子版 2025年7月11日付の記事を転載]

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは?マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる1冊!2024年12月発売。

中山玲子著/日経BP/1870円(税込み)