『進撃の巨人』『鬼滅の刃』など話題作が続々と登場し、活況を呈するアニメ業界。作品に登場するキャラクターの声を演じ、作品の魅力を高める「声優」は、今や「小中学生が就きたい職業ランキング」の上位を占めている。
1500人以上がひしめく声優のなかで、人気実力ともにトップクラスといわれる1人が、梶裕貴。テレビアニメ&劇場版にもなった『進撃の巨人』で主人公のエレン・イェーガー役を演じた梶はアニメや吹替えといった声の表現にとどまらず、舞台やTVドラマにも数多く出演。登録者数が40.4万人(2023年1月現在)にもなる自身のYouTubeチャンネルで自ら企画した朗読を配信するほか、アパレルブランドのプロデュースなど、様々な形で活躍の場を広げながら、声優の魅力と可能性について発信し続けている。
そんな梶が考える「アニメ」「声優」を取り巻く環境の変化と今後の可能性とは? 著書
『梶裕貴 対談集-えん-』
(日経BP)から一部を抜粋・再編集してお届けする。
日本のアニメは世界基準のエンタテインメント
声優・梶裕貴が主演を務める『進撃の巨人』 は、全34巻の単行本の発行部数が世界累計で1億部を突破し(電子書籍含む)、2013年にスタートしたテレビアニメは、最終章となるThe Final Season Part 2が、NHK総合で22年に放送。23年3月4日にはThe Final Season完結編(前編)が放送される。過去には劇場版が4作も公開されるなど、絶大な人気を誇る諫山創原作のダークファンタジー作品だ。

©諫山創・講談社/「進撃の巨人」The Final Season製作委員会
ほかにも、劇場版の興行収入が400億を突破し大きな話題となった『鬼滅の刃』や、2作連続で観客動員数が1000万人を突破した、新海誠監督の映画『君の名は。』『天気の子』 など、社会現象となるアニメ作品が平成から令和にかけて続々と登場した。
近年は、世界190以上の国で配信サービスを行っているNetflixや、ディズニー公式動画配信サービス「Disney+」が、日本発のアニメ作品を配信・制作。そのクリエイティブの素晴らしさは、今や日本が世界に打ち出すカギとなっている。アニメは、子どものみならず、大人をも夢中にさせる、一大エンタテインメントとなったのだ。
その背景には、制作側の表現の変化と、視聴者側の意識の変化があるのでは、と梶は語る。
求められる表現はデフォルメからナチュラルへ
「なぜ今アニメや声優に注目してくださる方が増えたのか。専門家ではないので、あくまでも僕の肌感覚ですが、“アニメ=子ども向け”ではなくなったことが大きな要因のように思います。
そのきっかけの1つが、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年放送)ではないでしょうか。子ども向けの娯楽という、それまでの常識を崩すクリエーターや作品が登場したこと。それに影響を受け、挑戦的な表現にトライするクリエーターが増えた結果、“アニメって大人が見ても楽しいものなんだ!”という意識が浸透したのではないかと思います」
梶がきっかけの1つとして挙げた『新世紀エヴァンゲリオン』は、シリーズの完結編となる『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が、新型コロナウイルス禍の21年3月8日に公開。4カ月以上上映された本作は、興行収入が100億円(21年7月12日時点)を突破し、21年の年間興行収入ランキングで1位に輝いた。
「(アニメが世代を超えたファンを獲得)すると、声優に求められる芝居にも変化が。分かりやすくデフォルメされた芝居だけでなく、現実的でナチュラルな声質や表現が求められる作品が増えたように思います。だからこそ、映像の役者さんが声の芝居をやられる機会も増えたんだと思いますし、そんな役者さんたちの自然な表現に、僕たち声優も刺激をもらっています」
SNSが開いた「好きなものを好きと言っていい」環境
「そうした作品や芝居の変化は、視聴者の意識や社会の風潮にもつながっている気がします。僕もかつては“中学生にもなってアニメなんて見てるの?”と言われたことがありました(笑)。
でも今は、むしろ“アニメはおしゃれでスタイリッシュなもの”という立ち位置。そうなったのは、インターネットやSNSの存在が大きいのでは。まず、“いいものはいい”と臆せず発言できる人がいて、その言葉を聞いた人が、“自分がいいと思ったものは堂々と好きと言っていいんだ”と気づくきっかけになり、拡散につながったのだと思います」
梶の言う通り、今マーケティング的に注目を集める10代~20代のZ世代(1990年後半~2012年頃に生まれた世代)にも、アニメは人気だ。スマートフォンやSNSネイティブである彼らは、アニメをスタイリッシュなもの・趣味として、積極的に情報を発信・共有している。若者にとって、「アニメが好き」とオープンにすることの抵抗は低く、むしろそれによって自身を表現したり、誰かとつながったりすることができるツールの1つとなっている。
求められるパーソナリティー
アニメそのものの人気が高まるにつれ、それまで裏方だった声優への関心も高まった。梶は、『めざましテレビ』(フジ系)や『news zero』(日テレ系)などの報道・情報番組にも、異例のスタジオのコメンテーターとして数回出演。『1周回って知らない話』(日テレ系)や『林修の今でしょ!講座』(テレ朝系)などのバラエティ番組の声優特集回では、ゲストや講師として声優という仕事の魅力を解説している。
また、対談集にも登場している下野紘(『鬼滅の刃』我妻善逸役など)も、『相葉マナブ』(テレ朝系)、『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)、『THE突破ファイル』(日テレ系)、『ザ! 世界仰天ニュース』(日テレ系)など、数多くのバラエティ番組に出演し、本人のキャラクター性に注目が集まっている。
こうして地上波で声優自身がパーソナリティーを発揮できるのは、それまでにABEMATVやニコニコ生放送、CS放送などの動画メディアやインターネットラジオで培ってきた「エンタメ力」が大きい。
「動画メディアの変化も大きいですよね。テレビ以外にも、配信サービスやインターネットのテレビ局が登場し、多種多様な番組も制作され始めました。僕は声の芝居がやりたくて声優の仕事を始めたので、まさか自分がバラエティ番組に出演させていただくなんて、当時は思ってもみませんでした。また、インターネットラジオの登場で、ラジオ番組の本数が一気に増え、今はアニメ作品には必ずといっていいほど、その作品を紹介するラジオ番組もセットで制作・配信されています。おかげで僕たち声優も、自分自身の言葉や、芝居以外のパフォーマンスを発信する機会が増えました。
それまでは、演じる役のセリフや楽曲の歌詞を通してだけだったのに対し、その先にいる声優のパーソナリティーも求められるようになったんです。そんな変化も、今、声優がエンタテインメントの1つとして注目されている理由の1つかもしれません」
「以前、“パチンコをきっかけに作品に興味を持って『新世紀エヴァンゲリオン』のアニメを見た”という年配のタクシー運転手さんに出会ったことがありました。それってすごいことですよね。何が作品に触れる入口になるか分からないなと。
同時に、どんな仕事でもそのきっかけになり得ると実感したんです。だからたまたまバラエティ番組に出ている僕を見て、“こいつ面白いやつだな、作品を見てみよう”と思っていただけるかもしれない。そう考えると、無駄なことなんてないと思うんです。芝居を磨くことと、声優にとって何が一番大事なのかを、自分の中にしっかり持ってさえいれば」
(構成:実川瑞穂)

[日経ビジネス電子版 2021年12月9日付の記事を転載。一部情報を更新]
人気声優・梶裕貴の対談集
エンタ界との対話から見える
トップランナーの仕事術
声優・梶裕貴が“縁”と“演”をテーマに、声優、俳優、アニメーション監督、小説家、マンガ家、芸人などエンタテインメント界のトップランナーたちと「対談」。活動の軌跡や自身の想いも込めた渾身の1冊。月刊誌『日経エンタテインメント!』の連載に加え、書籍オリジナルで声優・下野紘との対談も。
<出演者>
樋口真嗣、神木隆之介、山﨑賢人、朝井リョウ、松本花奈、林原めぐみ、新海 誠、堤 幸彦、神谷浩史、諏訪 勝、井上芳雄、藤沢文翁、又吉直樹、澤野弘之、山寺宏一、住野よる、濱田めぐみ、朴 璐美、松本まりか、板垣巴留、谷口悟朗、鈴木 央、飯塚悟志(東京03)、倉科カナ、駒木根葵汰、醍醐虎汰朗、原ゆたか、沢城みゆき、下野紘(以上、敬称略・掲載順)
職種・キャリア・年齢を超えて
「仕事への矜持」を再確認
「アニメや声優という職業に触れる1つのきっかけになってくれればと願っています」。著者の梶は語る。加えて本書は、全く異なるジャンルや経歴を持つプロフェッショナルたちが、仕事をする上で、何と戦い何を大切にしているのか知ることができる。年齢もキャリアも離れた者同士が、仕事の矜持を語り合い、そこで得た気づき。計30人のエンタテインメント界のトップランナーの仕事術、そのエッセンスがここにある。