『進撃の巨人』『鬼滅の刃』など話題作が続々と登場し、活況を呈するアニメ業界。作品に登場するキャラクターの声を演じ、作品の魅力を高める「声優」は、今や「小中学生が就きたい職業ランキング」の上位を占めている。
1500人以上がひしめく声優のなかで、人気実力ともにトップクラスといわれる1人が、梶裕貴。テレビアニメ&劇場版にもなった『進撃の巨人』で主人公のエレン・イェーガー役を演じた梶はアニメや吹替えといった声の表現にとどまらず、舞台やTVドラマにも数多く出演。登録者数が40.4万人(2023年1月現在)にもなる自身のYouTubeチャンネルで自ら企画した朗読を配信するほか、アパレルブランドのプロデュースなど、様々な形で活躍の場を広げながら、声優の魅力と可能性について発信し続けている。
そんな梶の著書
『梶裕貴 対談集-えん-』
(日経BP)では、ベテラン人気声優・山寺宏一氏と対談している。幅広く、かつ長く活躍を続ける山寺氏の「仕事への心構え」について、本書の一部を抜粋・再編集してお届けする。
「うまい若手が来ると、緊張する」
梶が子どもの頃から憧れていた大先輩・山寺宏一氏は『マスク』のジム・キャリー、『ファイト・クラブ』のブラッド・ピット、『ビバリーヒルズ・コップ』のエディ・マーフィー、『フォレスト・ガンプ/一期一会』のトム・ハンクスなど、数々の洋画や海外ドラマで吹替えを担当。アニメ『ルパン三世』シリーズの銭形警部役(2代目)や、『かいけつゾロリ』のゾロリ役、そしてディズニーキャラクターのドナルドダックの日本版声優でもある。
そして山寺氏は、早くから声優業のみならず幅広いジャンルで活躍している1人だ。朝の子ども向け番組『おはスタ』では“やまちゃん”として初代MCを勤め、最近は連続テレビ小説『半分、青い。』『なつぞら』『おかえりモネ』の3作に出演。朝ドラ俳優としても幅広く認知されている。
多くの若手声優が様々な分野で活躍する現状をどう見ているのか。
「うまい若手が来ると、うまい先輩がいるよりも緊張するかもしれない」
現在61歳の山寺氏がこう語る真意とは?

「年齢は関係ない。常に進化しないといけない」
山寺宏一氏(以下、山寺):今回、梶君と対談するために『進撃の巨人』を見たんです。
梶裕貴(以下、梶):ご覧になってくださったんですか!? ありがとうございます!
山寺:「こんなに面白い作品だったんだ!」って驚いたよ。
梶:現場でお話ししていても感じるのですが、山寺さんは本当に勉強熱心な方ですよね。ただ作品をご覧になるだけでなく、きちんとご自身の血肉にされているのが伝わってきます。
山寺:僕ね、一時期声優の後輩たちのことを勘違いしちゃったときがあったんだよ。声優人気がどんどんすごくなってきて、もう時代が変わってしまったような気がしたの。でもある日、後輩たちと仕事をするようになったら、人気もあって何本も仕事のある後輩には、ちゃんと理由があることに気がついたんです。梶君も、そんな後輩の1人。
梶:恐縮です。
山寺:僕の師匠にあたる羽佐間道夫さん(アル・パチーノ、シルヴェスター・スタローン、ロバート・デ・ニーロなど数多くの外画で吹替えを担当)は、あんなに大御所なのに若いときからずっと「役者に年齢は関係ない。役者は常に進化しないといけないものだから、いつでも誰からでも盗みたいし参考にしたい」とおっしゃっていたんです。
梶:常に興味を持って、吸収しようとしていらっしゃるんですね。
山寺:そう。いつもそういう姿勢なんだよね。野沢雅子さん(『ドラゴンボール』シリーズの孫悟空役、『銀河鉄道999』星野鉄郎役ほか多数)が、「今年は、去年より芝居がうまくなりたいの」っておっしゃっているのと同じ。そんなお2人の言葉を間近で聞いていたから、すごく反省したんです。自分は全然分かろうとしていなかったんだって。だから先輩はもちろん、若くて実力のある人と一緒に仕事をするのがすごく楽しいんです。

「後輩からもらう刺激と緊張が、自らを進化させる」
山寺:僕は、後輩たちに「いい芝居するな、さすが先輩だな」って思われたいかな。だって尊敬できない先輩って、一番イヤじゃない? だから僕にとって、梶君がいる現場は緊張するよ。
梶:ええ!?
山寺:うまい若手が来ると、うまい先輩がいるよりも緊張するかもしれない。だって先輩がうまいのは当たり前だからさ。
梶:なるほど…確かにそうですね。
山寺:だからうまい後輩の役者がいると楽しくてしょうがない。「おお、そう来るか!」と刺激をもらって、こっちもわくわくできるからね。初めて共演する後輩がいい芝居をしていると、こっそり台本の香盤表で事務所と名前をチェックするんです。僕も若い頃は先輩に名前を確認されるような役者になりたいと思ってたな。そういう現場は、お互い刺激になるからいいよね。
「後輩からもらう刺激と緊張こそが、自らを進化させてくれる」――芸歴37年の今でも決しておごらない山寺氏の姿勢からは、どんな仕事にも通じる“成長のヒント”がある。
(構成:実川瑞穂)
[日経ビジネス電子版 2021年12月10日付の記事を転載。一部情報を更新]
人気声優・梶裕貴の対談集
エンタ界との対話から見える
トップランナーの仕事術
声優・梶裕貴が“縁”と“演”をテーマに、声優、俳優、アニメーション監督、小説家、マンガ家、芸人などエンタテインメント界のトップランナーたちと「対談」。活動の軌跡や自身の想いも込めた渾身の1冊。月刊誌『日経エンタテインメント!』の連載に加え、書籍オリジナルで声優・下野紘との対談も。
<出演者>
樋口真嗣、神木隆之介、山﨑賢人、朝井リョウ、松本花奈、林原めぐみ、新海 誠、堤 幸彦、神谷浩史、諏訪 勝、井上芳雄、藤沢文翁、又吉直樹、澤野弘之、山寺宏一、住野よる、濱田めぐみ、朴 璐美、松本まりか、板垣巴留、谷口悟朗、鈴木 央、飯塚悟志(東京03)、倉科カナ、駒木根葵汰、醍醐虎汰朗、原ゆたか、沢城みゆき、下野紘(以上、敬称略・掲載順)
職種・キャリア・年齢を超えて
「仕事への矜持」を再確認
「アニメや声優という職業に触れる1つのきっかけになってくれればと願っています」。著者の梶は語る。加えて本書は、全く異なるジャンルや経歴を持つプロフェッショナルたちが、仕事をする上で、何と戦い何を大切にしているのか知ることができる。年齢もキャリアも離れた者同士が、仕事の矜持を語り合い、そこで得た気づき。計30人のエンタテインメント界のトップランナーの仕事術、そのエッセンスがここにある。