『進撃の巨人』『鬼滅の刃』など話題作が続々と登場し、活況を呈するアニメ業界。作品に登場するキャラクターの声を演じ、作品の魅力を高める「声優」は、今や「小中学生が就きたい職業ランキング」の上位を占めている。
1500人以上がひしめく声優のなかで、人気実力ともにトップクラスといわれる1人が、梶裕貴。テレビアニメ&劇場版にもなった『進撃の巨人』で主人公のエレン・イェーガー役を演じた梶はアニメや吹替えといった声の表現にとどまらず、舞台やTVドラマにも数多く出演。登録者数が40.4万人(2023年1月現在)にもなる自身のYouTubeチャンネルで自ら企画した朗読を配信するほか、アパレルブランドのプロデュースなど、様々な形で活躍の場を広げながら、声優の魅力と可能性について発信し続けている。
そんな梶の著書
『梶裕貴 対談集-えん-』
(日経BP)では映画監督の堤幸彦氏と対談している。堤氏の「仕事論」について、本書から一部を抜粋・再編集してお届けする。
映画監督の堤幸彦氏は2021年11月に公開された、嵐のLIVE FILM『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』で監督を務めたほか、22年1月には、50作品目となる監督作品『truth~姦しき弔いの果て~』が公開。ドラマ・映画・ミュージックビデオなど、数多くの話題作を世に送り出してきた一方で、“前期高齢者YouTuber”として65歳で動画配信を始めたり、舞台演出を手掛けたりと、67歳の現在も精力的に活動している。
そんな堤氏が興味を持ったのが、声優という職業だった。自身が演出を手掛けた朗読劇で梶の芝居に触れた堤氏は、「声優は、基本的にはマイクの前に立ってしゃべりさえすれば成立する。でも、そこでピカイチになるのは、ものすごく大変なこと」と評価。対談では、堤が作品を作るにあたって、いかに向き合い、体感しているのかが分かるエピソードが2つ飛び出した。

「高校生にボッコボコにされまして…」
梶裕貴(以下、梶):映画『十二人の死にたい子どもたち』(19年)も拝見させていただきました。
堤幸彦氏(以下、堤):あそこまで若い人しか出てこない作品は初めてで、僕にとってもエポックメイキングな作品でした。でも先日、新聞の企画で高校生に見てもらったところ、ボッコボコにされまして。
梶:登場人物たちと同世代なのに?
堤:もちろん冲方丁先生の原作には、気持ちや変化、ミステリー要素が緻密に書かれています。でも僕らは、そこからエッセンスだけを抽出して2時間の映画にしなければいけないという大人の事情もある。それに、映画とは賛否両論なものです。
ただ彼女たちは、僕の顔を真っすぐ見て言ってくれたんです。それがうれしかったですね。少子化が進んでいくなかで、はっきり意見を言えることはとても重要なこと。これからの時代を生きる術だと僕は思いました。
「だから、どちらも捨てがたい」
梶:堤監督はシリアスな作品も作られていますが、どんな考えやテーマがあるんでしょうか。
堤:『人魚の眠る家』(18年)は、子どもの脳死がテーマでした。実際に脳死のお子さんがいるご家族に取材させていただいたんですが、その時握った小さな手からは、強い鼓動と体温が伝わってきて。これは「脳が死んでいる」と言われても、到底納得できないと体感した瞬間でした。そしてその体感こそが、この映画の軸であると分かったんです。
梶:扱うテーマが重ければ重いほど、その体感がより大切になりますよね。
堤:それがないと作品がただの嘘になってしまう。一番大事なのは、自分で納得できたかです。
梶:愛情と熱意と誠実さは、やはり何を作る上でも大切なんですね。では、実写映画、ドラマ、舞台、朗読劇…作る上での面白さや難しさは、それぞれ違うものですか?
堤:違います。映画は編集次第でいかようにでも作り直しができる、完全に人工的なもの。だからこそ、気持ちがしっかり入っていないといけないんです。舞台は全く逆で、開演してしまったらどうしようもないもの。やり直しのきかない舞台での緊張感や体験は、映像を作る上でもいい影響がありました。だから、どちらも捨てがたいんです。
「映画とは賛否両論なもの」。だからこそ堤氏は、時には年の離れた高校生たちと真摯に向き合い、描く対象を必ず体感することを大切にしている。思い込みや分かったふりをするのではなく、体感するまで向き合い、納得すること。そんな堤の仕事論は、同世代ほど響くものがあるのではないだろうか。
(構成:実川瑞穂)
[日経ビジネス電子版 2021年12月13日付の記事を転載。一部情報を更新]
人気声優・梶裕貴の対談集
エンタ界との対話から見える
トップランナーの仕事術
声優・梶裕貴が“縁”と“演”をテーマに、声優、俳優、アニメーション監督、小説家、マンガ家、芸人などエンタテインメント界のトップランナーたちと「対談」。活動の軌跡や自身の想いも込めた渾身の1冊。月刊誌『日経エンタテインメント!』の連載に加え、書籍オリジナルで声優・下野紘との対談も。
<出演者>
樋口真嗣、神木隆之介、山﨑賢人、朝井リョウ、松本花奈、林原めぐみ、新海 誠、堤 幸彦、神谷浩史、諏訪 勝、井上芳雄、藤沢文翁、又吉直樹、澤野弘之、山寺宏一、住野よる、濱田めぐみ、朴 璐美、松本まりか、板垣巴留、谷口悟朗、鈴木 央、飯塚悟志(東京03)、倉科カナ、駒木根葵汰、醍醐虎汰朗、原ゆたか、沢城みゆき、下野紘(以上、敬称略・掲載順)
職種・キャリア・年齢を超えて
「仕事への矜持」を再確認
「アニメや声優という職業に触れる1つのきっかけになってくれればと願っています」。著者の梶は語る。加えて本書は、全く異なるジャンルや経歴を持つプロフェッショナルたちが、仕事をする上で、何と戦い何を大切にしているのか知ることができる。年齢もキャリアも離れた者同士が、仕事の矜持を語り合い、そこで得た気づき。計30人のエンタテインメント界のトップランナーの仕事術、そのエッセンスがここにある。