中国側と技術開発などで協業している日本や欧米の企業は数多いが、いつの間にか技術を転用され、中国共産党が国民を監視したり人民解放軍の能力を向上させたりするために利用されているケースがある。また、新技術の開発や投資でも、日米欧は中国に後れをとっている。対抗するためにはどのような政策が必要なのか。トランプ政権の国家安全保障担当大統領補佐官を務め、歴史的な対中政策の転換を主導したH・R・マクマスター氏の著作 『戦場としての世界 自由世界を守るための闘い』 から一部抜粋して紹介する。
※本記事の内容は本書からの抜粋で著者個人の見解。タイトル、見出し、写真選定は編集部によるもの。写真はイメージ。

開かれた社会に付け入ろうとする中国共産党

 中国共産党は、自分たちの中央集権型の国家主義的な経済システムには優位性が備わっていて、特に官、産、学、軍を巧みに調整する能力で並ぶものはないと自負している。そして、アメリカなどの分権的で自由市場を中心とする経済システムは中央から指令を下す中国の戦略、例えば「中国製造2025」の産業政策や「一帯一路」構想、軍民融合の政策に太刀打ちできないと見る。

 これに対抗するため、アメリカをはじめとする自由市場型の経済システムを持つ国々は、中国からの侵略の手をはねのけつつ、分権的な構造と制約のない起業家精神の発露こそが競争上、優位にあることを示さなければならない。

 ここで大きなカギを握るのは民間セクターである。新しい技術の開発と実用化の最前線にいる企業や学術機関にとって、中国に対する油断は禁物であり、彼らがルールを破ってでも、開かれた社会と自由市場型の経済に付け入ろうと企(たくら)んでいることを認識する必要がある。

 競争上の優位性を維持するための最初のステップは、中国による我々の技術の窃盗を取り締まることである。海外からの対米投資の影響を国家安全保障上の観点から検証する作業を経て大がかりな改革が実現したものの、効果的な防御策を継続的に追加していくことが求められる。

 具体的には、アメリカ企業に対して、中国に関連した法人から投資を受け入れたり、中国側から技術移転の要請があったり、また、自らが中国共産党の中核的な技術の開発や人民解放軍の近代化のプログラムに参加したりする場合には報告させることである。

人民解放軍は能力を向上させている(写真:FOTOGRIN/Shutterstock.com)
人民解放軍は能力を向上させている(写真:FOTOGRIN/Shutterstock.com)

 中国は国家資本主義のモデルを広めることだけでなく、監視警察国家の完成を目指してアメリカ経済の開放性に乗じようとしている。それを防ぐ取り組みには改善の余地が大いにある。

 法の支配と個人の権利を重視する国々では、多くの大学、研究機関、そして企業が承知の上で、あるいは知らないうちに中国側に加担し、中国共産党が国民を抑圧する技術を実際に使い、また、人民解放軍が自らの能力を引き上げることに手を貸している。これらは軍民両用の技術があるために生じている。

 民間セクターは新たな協力先を探し、自由市場型の経済や代議制、法の支配を尊重する姿勢を共有できる相手と組むべきである。多くの企業が監視技術、人工知能(AI)、遺伝子工学などの分野で中国側と合弁や提携を進め、結果的に中国共産党が国内の治安対策に適した技術を開発することを助けている。他にも複数の企業が中国からの投資を受け入れ、中国共産党はそれらを糸口に必要な技術にアクセスしている。

 多くの事例からもう一つ挙げれば、マサチューセッツ州に本社を置くある企業が提供した遺伝子抽出装置は、中国共産党が新疆でウイグル族の住民を追跡するのに役立った。また、グーグルは中国からハッカー攻撃を受け、中国共産党によって国民が情報にアクセスできないようにサービスを遮断されたが、同社はアメリカの国防総省とのAIでの協業は拒んだ。

 中国の国民を抑圧するための取り組みだと分かった上で、あるいは、いつの日にか同じアメリカ市民に対して行使されかねない軍事能力を構築する計画だと分かった上で中国共産党に協力する企業は、罰せられなければならない。

日米欧企業の先端技術が中国に流出している(写真:cunaplus/Shutterstock.com)
日米欧企業の先端技術が中国に流出している(写真:cunaplus/Shutterstock.com)

新しい技術の採用で優位に立つ中国

 アメリカ、ヨーロッパ、日本の資本市場での審査の厳格化も、企業が中国共産党の権威主義的な目標に向けた動きに加担することを制限する上で役立つだろう。国内での人権侵害や国際条約への違反行為に直接的に、あるいは間接的に関与している多くの中国企業がアメリカの証券取引所に上場している。これらの企業は、アメリカおよび他の西側諸国の投資家たちからの恩恵に与っている。

 上場中国企業は全部で700社余り。このうちニューヨーク証券取引所に86社、ナスダック市場に62社が上場し、規制の緩い店頭市場では500を超す銘柄が取引されている。上場廃止の候補の1社がハイクビジョン(杭州海康威視数字技術)だ。ウイグル族の住民たちを特定し、行動を監視するための顔認証技術を持ち、同社が生産する監視カメラは新疆の強制収容所の壁に並んでいる。

 同社は、親会社で国有の中国電子科技集団と共にアメリカの商務省のエンティティ・リスト(多くの人々が「ブラック・リスト」と呼ぶもの)に掲載されている。我々が持つ自由市場型の経済は世界の資本の大半を管理しているという意味では、中国の経済よりもはるかに大きな影響力がある。

 しかし、防衛のための態勢はまだ不十分だ。自由で開かれた国々は、改革と投資を通じて装備面での競争力をテコ入れする必要がある。中国のほうが新しい技術の採用という点では明らかに優勢だ。上意下達型の意思決定システム、政府の補助金の存在、リスクを恐れない姿勢、アメリカやその他の民主主義の国々でよく見られるような規制や官僚制度の壁が比較的少ないこと、倫理的な障害がないこと(例えば遺伝子工学や自立型兵器の分野で)など、これらすべてが民生分野と人民解放軍の現場での技術の迅速な利用を促している。

 アメリカもその他の国々も倫理面で妥協してはならないが、中国と比べた場合の弱点の多くは、実は自分で作り出したものだ。一例を示せば、アメリカの国家安全保障にかかわる機関には官僚的な硬直性という病状が長年、表れていた。国防関連の予算計上と装備の調達が遅くて柔軟性に欠ける点も長らく対策が検討されてきたが、効果のある見直しはほとんど実現していない。今度も改革を実現できなかった場合、代償はあまりに大きい。

 装備の調達計画を複数年の継続予算に組み入れて予測可能性を持たせることができずにいることや、込み入ったままになっている装備調達の仕組み、そして防衛近代化策が先送りになっていることはもはや許容できないほどだ。

 また、国防総省と取引を始めることは本当に難しく、それが最も革新的な中小企業にこの国の防衛能力への貢献を思いとどまらせ、ひいては新しい技術が日の目を見ずに終わる結果をもたらしている。何年も時間をかけて研究開発を進め、能力を一つずつ設計・検証していくやり方はもはや通用しない。

 人民解放軍はこれまで続いたアメリカの軍事的優位を無効にするべく、新たな能力や対抗手段を開発している。つまり、国防総省と米軍は優雅に存在感を失っていくリスクに直面している。民間セクターと国家安全保障に関連した機関・産業との間の障壁を減らせば、この重要な分野での自由市場型のイノベーションの可能性を解き放てるだろう。

先端技術分野での投資が重要になる

 官僚的なやり方を合理化しても、中国の巨額の投資に対抗するにはまだ足りない。中国は新興の軍民両用の技術に投資して、データ主導の経済と軍事力を前進させている。アメリカが一段と能力を高め、攻撃的になる人民解放軍に対して格の違いを見せつけるほどの優位性を保つには、政府と民間セクターによるAIやロボット工学、拡張・仮想現実、材料工学といった技術分野への投資が重要となるだろう。

 インド太平洋地域にまたがる多国間の防衛協力も焦点であり、将来をにらんだ防衛能力の共同開発にまで広げる必要がある。その最終的なゴールは、武力の行使によって目的を達成することは不可能だと中国共産党を納得させることである。宇宙やサイバー空間を防衛する能力の開発における多国間協力も、これらのせめぎ合いの対象となっている領域(ドメイン)への中国の侵略を食い止める効果が期待される。

 また、台湾の防衛能力は中国を遠ざけておくのに十分なほど強固でなければならない。中国が台湾に対して抱く計画は多くの犠牲をもたらす戦争につながりかねず、戦火は東アジアの大部分に広がる可能性もある。

「法の支配」を民主主義国の弱みと捉える中国

 我々の自由市場を劣後した経済システムだとみなす中国共産党は、アメリカやその他の民主主義の国々における法の支配という原理も我々の相対的な弱みだと位置づけている。中国共産党にとって法を至上なものとする考え方は受け入れがたい障害物であり、法の前ではすべての人々を平等に扱うという要件も、法の適用にあたっては主観を排して公平にあたるという基準も中国共産党は退ける。

 しかし、ここでも中国が相手の弱みと捉えているものは、実際には自由で開かれた国々の優位性の基盤をなしており、我々はそれを中国共産党との競争に適用しなければならない。

 例えば、中国のスパイ行為に対抗するために必要な情報を各国の国民や企業、政府に与えるのも法の支配であり、具体的には法的に適正な手続きの下で行われる捜査(その結果は公表される)である。

 2019年になって、中国製の通信機器で構築されたインフラと、持続的なサイバー攻撃によるスパイ活動の組み合わせは、経済の安定や国家の安全保障に深刻な脅威となることが判明した。そこで、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、日本、台湾はそろって中国の通信関連企業のファーウェイ(華為技術)を自らの通信網から排除し、他の国々も追随するようにと訴えた。

アメリカ政府は中国の通信機器大手、ファーウェイ(華為技術)に制裁を加えている(写真:anhafiz29/Shutterstock.com)
アメリカ政府は中国の通信機器大手、ファーウェイ(華為技術)に制裁を加えている(写真:anhafiz29/Shutterstock.com)

 2020年2月になると、アメリカの司法省はファーウェイとその複数の子会社が謀議の上で企業秘密を盗み出し、不当な利益を得たとして起訴した。法執行機関による捜査は引き続き重要な役割を果たすだろう。ただし、中国共産党はあまりに多くの大学や研究機関、企業に浸透しており、中国の産業スパイの全容を暴くには、調査報道のジャーナリストたちを含めた総がかりの対応が求められる。

 表現の自由、起業の自由、そして法の下での保護は互いに欠かせない関係にある。そして、これらが一体となって我々に競争上の優位性を与える。それは、中国の産業スパイやその他の中国からの経済的な攻勢に対抗する上で役立つばかりか、中国共産党の政策への批判を控えさせ、逆に支持させることを狙って仕掛けてくる影響力拡大のための活動を打ち負かす際にも有効だ。

(訳=村井浩紀)

日経ビジネス電子版 2021年10月12日付の記事を転載]

トランプ前大統領の元側近が米中対立の先を見通す

 本書はもともと、出版社や周囲からはトランプ政権高官としてその内幕を暴露する回顧録として執筆されることが期待されていた。だが、マクマスター氏は「我々の安全や自由、繁栄に突きつけられた最も重大な挑戦について読者の理解が深まるような本を書きたかった」という。
 34年に及ぶ米陸軍での経験、戦略家・歴史家としての見識を踏まえ、冷戦終焉(しゅうえん)後のアメリカの外交政策を検証、独善的な「戦略的ナルシシズム」に染まり、戦略上の失敗を重ねてきたと厳しく指摘するものとなった。米中対立が深まる世界の今後を見通す上で不可欠な歴史認識と、「戦場」としての世界のリアリティーをしっかりと伝えている。

H・R・マクマスター(著) 村井浩紀(訳) 日本経済新聞出版 4180円(税込み)