中国は国家主義的な経済モデルを国外に拡大しようとしており、また、様々な国際機関を自国のために利用しようとしている。こうした動きへの反発が、中国内外で表面化してきた。中国共産党の政策に対抗するために、日本やアメリカなど民主主義国家はどのような手段をとればよいのか。トランプ政権の国家安全保障担当大統領補佐官を務め、歴史的な対中政策の転換を主導したH・R・マクマスター氏の著作 『戦場としての世界 自由世界を守るための闘い』 から一部抜粋して紹介する。
※本記事の内容は本書からの抜粋で著者個人の見解。タイトル、見出し、写真選定は編集部によるもの。写真はイメージ。

民主的な統治の強化が有効

 民主的な統治を国内外で強化することは中国共産党による抱き込み、強要、隠蔽の工作から自由で開かれた社会を守る最良の手段となる。この党は、独占的かつ恒久的に権力を掌握していることを、多元的な民主主義の仕組みに比べた強みとみなしている。しかし実際には、その見解に反する出来事が次々に現れている。

 中国共産党の標的となった国々では、市民が民主的な意思決定のプロセスに参加して、「一帯一路」構想の下での略奪的な政策に効果的な反撃を加えている。2018年から2020年にかけて、中国の「投資」はもはや前向きに評価されなくなった。中国共産党が仕掛ける「債務の罠(わな)」の本当の被害者である各国の国民が気づいた。

 2019年には、マレーシアの新しい(またかつての)首相であるマハティール・モハマドが、北京との「不平等条約」―中国の国民に屈辱の世紀の記憶を呼び覚ます言葉遣いでもある―の再交渉ないし打ち切りを公約した。スリランカ、モルディブ、エクアドルなどの小国では新政権が誕生して、これまでに中国が資金を提供し、建設も請け負ったインフラ事業によって、各国がどれほど多くの債務を負わされ、主権を侵害されているかを次々に暴露した。

 標的となっている国々の民主主義を支える制度やプロセスの強化は、中国の攻勢を押し返す最良の対策かもしれない。各国の市民は統治のあり方について発言し、国の主権を守りたいからである。

 1950年代に中国からアメリカに移住し、画期的なコンピューター会社のワング・ラボラトリーズを創設したアン・ワング(王安)は、第二の祖国について次のように観察する。「一つの国として見た場合、我々は常に自分たちの理想にかなう振る舞いをしているわけではない。(中略)しかし、我々は革命に至る手前で自分たちの過ちを正す仕組みを持っている」。

日本やアメリカは中国とどう対抗するか(写真:motioncenter/Shutterstock.com)
日本やアメリカは中国とどう対抗するか(写真:motioncenter/Shutterstock.com)

 各国の民主主義の制度やプロセスに対する支援は、単なる利他主義の実践にとどまらない意義がある。中国やその他の敵対勢力は不正な行為を通じて自分たちの利益を促進し、他の国々を踏み台にしようとしている。民主主義は、そのような敵対勢力と効果的に競争するための現実的な手段なのである。

 民主主義が機能している国は中国共産党による略奪的な動きを突き止め、指導者たちに防衛の責任を持たせる。すると、党は権威主義的な体制にしか強制力を発揮できなくなるだろう。そこでは、市民の福祉よりも指導者たちの豊かさと独占的な権力の掌握が優先されている。

中国の国家主義的経済モデルへの対抗

 中国が国家主義的な経済モデルを堅持し、広めようとしている以上、アメリカおよび志を同じくする国々は一丸となってそれに対抗する決意を示さなければならない。さもなければ、中国は分断して征服せよという切り崩しのアプローチをとるだろう。この多国間協力は国際機関の尊厳と有用性を守るためにも不可欠だろう。中国共産党が世界貿易機関(WTO)などを屈服させ、自らの利益に沿うように運営をねじ曲げようとしているからだ。

 しかも、貿易や経済の領域にとどまらず、様々な国際機関の内部で中国に競争を挑む必要がある。中国は計画的に自国の幹部を主要な国際機関の上層部に押し込んできた。例えば、中国は国際民間航空機関(ICAO)の事務局長ポストを握っているが、2016年にはこれを外交的に台湾を孤立させるキャンペーンに利用した。また、国益のためには国家による虐待も正当化されるという中国共産党の規範を述べ立てるために、国連人権理事会という場を使った。

 中国による目に余るほどの国際機関の悪用は、やはりWTOに集中している。北京は2001年にWTOへの加盟合意書に署名した際の約束の多くを、20年近くたった今も履行していない。国内企業が享受している国家からの補助金について報告を拒み、また、外国企業に対しては国内市場にアクセスを認める代わりに独自の中核的な技術を強制的に移転させる慣行を続けたままだ。

 中国が経済的な報復で脅すため、WTOに苦情を申し立てる企業は少ない。中国共産党はこの抱き込みと強要の策略に、隠蔽まで加える。ルールを変えて技術移転は表向き「自発的」な対応になったが、企業にとって市場へのアクセスを得るためには依然、義務のままだ。

 また、中国は自らを発展途上の市場であり、特別扱いを認めるようにと主張し続けているが、これは本質的には、自分は世界の市場へのアクセスという恩恵にあずかる一方で、グローバルなルールと基準は守らないと言っているに等しい。

 自由かつ公正で互恵的な貿易に取り組むアメリカやその他の国々は、どこかの時点で中国に対する威嚇を検討しなければならなくなるかもしれない。中国が慣行を改めず、他の加盟国が満たしている基準を守らないのであれば、WTOから除名すると。

中国は2001年、WTOに加盟したが……(写真:Bernsten/Shutterstock.com)
中国は2001年、WTOに加盟したが……(写真:Bernsten/Shutterstock.com)

 中国と自由市場型の経済との間では、当然の成り行きとしての経済的な「デカップリング(切り離し)」が起きている。中国の不公正な経済慣行のせいだけではない。権威主義的な体制とのビジネスでは、リスクがますます大きくなっていることが根底にある。アメリカという存在は、このデカップリングを経済成長の鈍化やグローバルなサプライチェーンの混乱から守りつつ進行させることに役立つかもしれない。

 中国共産党の政策への最も効果的な対抗措置は民間セクターが握っている。中国の不誠実な戦術や不当な扱いが明らかになり、企業は中国市場へのアクセスが費用に見合うものなのか疑問視している。中国市場への投資の削減、そして、中国からの製造業やその他の産業の撤退は、党指導部に本物の経済改革こそが最高の利益なのだと説得する唯一の方法になるだろう。

自由で開かれた国々は自信を持つべきだ

 アメリカをはじめとする自由で開かれた国々は自信を持つべきである。中国と効果的に競争し、中国共産党の侵略に対抗し、内部に変化を促すチャンスはある。中国の振る舞いは、世界の真ん中に位置する国に従属することを望まない国々の間で反発の機運を急速に高めている。

 中国の内部でも、改革期に自由化の見通しを感じ取っていた人々の間では上からの統制の強化に反発が生まれている。李克強や他の幹部は対外的に自信を見せるが、実は社会と経済の根本的な問題の解決に失敗したのだと気づく知識人、ビジネスマン、政策立案者が増えている。多くの人々が、あたかも不安定な火薬樽(だる)に腰かけているように感じている。そのような現実を2019年から2020年にかけて香港で起きた抗議運動は際立たせた。

 経済成長の鈍化も、新型コロナウイルスへの対応に表れた政府の不手際と誠意のなさへの大衆の怒りも、同じように実態を浮き彫りにしている。「中国製造2025」などの計画の下、技術の開発と実用化が進む時代を迎えているものの、自給自足型の経済大国を作り上げるという中国共産党の大胆な試みが成功するかどうかは分からない。また、党は統制に執着するが、これはグローバルな市場でイノベーションを起こし、競争していくための基盤となる学問の自由や起業の自由とは相容(い)れない。

 党が1979年から2015年まで施行した一人っ子政策の下での社会設計の試みは、巨大な男女の人口格差を伴いながら急速に進む高齢化をもたらした。この人口動態の歪(ひず)みが今後どのような影響を及ぼすのかは不透明だが、極めてネガティブなものであることは確かだ。

公正な競争によってこそ「トゥキュディデスの罠」は避けられる

 それでも、我々のシステムの中国に比べた強さを認識することよりも、その強さを守り抜く決意のほうが重要である。我々は、中国が「総合国力」の追求を通じて成し遂げたことから学べるのであり、とりわけ中国との競争は、アメリカとその他の国々が後れを取る分野で改善を促す刺激になるだろう。

 具体的な取り組みには教育改革やインフラの改善、そして、自由市場の原則と矛盾せずに公共と民間の投資を巧みに統合する健全な形での経済的な国益追求の取り組みが含まれるだろう。

 中国との競争は危険をはらんでいて、「トゥキディデスの罠」に向かうのに等しいと強調する人々もいる。「トゥキディデスの罠」とは、台頭する国(中国)と衰退する国(アメリカ)の間では軍事衝突が起きる可能性が高いことを表現する造語で、世界の勢力図の構造的な変化の歴史をたどれば見えてくるという。

 台頭する国と衰退する国に与えられた潜在的な選択肢の中で最も両極端なのは戦争に突き進む、ないしは、不本意ながら相手を受け入れることだろう。しかし、そのどちらでもない中間を見つけ出すことが罠の回避につながる。

 私は中国側のカウンターパートたちと協議した際に、公正に競争することこそ米中が対決せずにすむ最良の手段だと説明した。もしアメリカが中国の南シナ海での国際法および国家主権の侵害(例えば人工島建設のための埋め立てや軍事拠点化)に無頓着なままでいたなら、かえって紛争が起きた公算が大きかっただろう。もし中国が国家機関を使ってアメリカの重要な技術を盗んでいるのを我々がとがめないままでいたなら、彼らの秘密裏の活動は縮小されたどころか、より攻撃的になっていただろう。

 両国が透明性の高い形で競争を進めれば、対立がエスカレートする事態が避けられ、互いの利益が重なる差し迫った課題での協力も可能になる。米中が競争しているからといって、気候変動や環境保護、食料・水資源の安全、感染症の世界的流行の予防と対策、さらには北朝鮮の核・ミサイル開発といった問題での協力を排除する必要はない。

公正に競争することによって米中は対決を避けられる(写真:pixfly/Shutterstock.com)
公正に競争することによって米中は対決を避けられる(写真:pixfly/Shutterstock.com)

 しかし、中国の経済成長が減速した場合、中国共産党は警戒心を強めるだろう。党は独占的な権力の掌握を確実なものとするためにより過酷な手段を講じ、また、中国の様々な問題をアメリカやその他の国々のせいだとして声高に非難するだろう。

 中国共産党は、アメリカと自由世界に追いつき、追い越すために不健全な経済政策を展開してきた。逆説的だが、それが「中国の夢」に込めている勝利の物語を国民に届けることを妨げるかもしれない。中国には間違いがあった場合に国民のためにそれを是正するという民主主義に内在する能力も、平和的な不満の表明に対する寛容さもない。

 そのような中国が目の当たりにするものがあるとしたら、党に強く反発する動きだろう。党は2020年初めに新型コロナウイルスが発生したとき、対応に出遅れた。地方の幹部たちは当初、隠蔽を試み、続いて党に対する批判を抑えるためにぶざまな検閲を行った。これらは中国のシステムの弱さの指標である。

 将来、反対の機運が高まることを見越している党は、大急ぎで技術主導の警察国家を完成させようとしている。党はさらに関連の取り組みを加速する公算が大きい。そして、経済成長の勢いが鈍化し、党の指導部の不安が高まるにつれて、中国の対外政策と軍事戦略が南シナ海、台湾海峡、尖閣諸島などの一触即発の場所で危険な対立をもたらす可能性がある。

 中国語の言い回しを使うなら「擦槍走火(銃を磨いている間に不注意で暴発すること)」、つまり偶発的な軍事衝突が起きかねない。それゆえアメリカと同盟諸国は、中国共産党に対して軍事力を行使しても目的を達成できないと納得させられるだけの意志と軍事的な能力を持たなければならない。

効果的な競争こそ対決を回避する

 アメリカとその他の国々は、中国に対するあらゆる非難は「中国の前進を妨げる」封じ込めを意味しているという中国共産党の決めつけに反論しなければならない。また、中国との競争を外交の面だけでなく経済活動で、さらには軍事の面でも効果的に進めることが対決に至らない最良の道だと理解する必要がある。

 2019年、崔天凱駐米大使はワシントンの中国大使館で開かれたあるイベントで講演し、アメリカの対中アプローチは中国の台頭を阻止し、「中国の夢」という国民への約束を否定することを目指していると指摘した。マット・ポッティンジャーは中国語で返答し、アメリカはそのアプローチの呼び方を従来の協力と関与から競争に変えたと説明した。彼は、名と実を正しく一致させることの大切さを説いた孔子の教えを引用した。「名不正、則言不順、言不順、則事不成(名前が正しくなければ、言葉は実態と一致しない。言葉が実態と一致しなければ、何事も成功しない)」。

 国民の権利を犠牲にして、あるいは他の国々の市民の安全や主権、繁栄を犠牲にして、あなたたちが十分な夢を達成することなどあり得ない――。競争が目指すものは、そのように習近平国家主席と中国共産党の指導者たちを説き伏せることである。

(訳=村井浩紀)

日経ビジネス電子版 2021年10月13日付の記事を転載]

トランプ前大統領の元側近が米中対立の先を見通す

 本書はもともと、出版社や周囲からはトランプ政権高官としてその内幕を暴露する回顧録として執筆されることが期待されていた。だが、マクマスター氏は「我々の安全や自由、繁栄に突きつけられた最も重大な挑戦について読者の理解が深まるような本を書きたかった」という。
 34年に及ぶ米陸軍での経験、戦略家・歴史家としての見識を踏まえ、冷戦終焉(しゅうえん)後のアメリカの外交政策を検証、独善的な「戦略的ナルシシズム」に染まり、戦略上の失敗を重ねてきたと厳しく指摘するものとなった。米中対立が深まる世界の今後を見通す上で不可欠な歴史認識と、「戦場」としての世界のリアリティーをしっかりと伝えている。

H・R・マクマスター(著) 村井浩紀(訳) 日本経済新聞出版 4180円(税込み)