「自分たちが親世代より豊かに暮らせる可能性は低い」。今、そう考えている若い人たちは少なくありません。しかし、日ごろから経済活動の現場に触れて会社を見る目を磨き、働きながら投資を行うことで、「普通の人」が相当の資産を持つことは十分に可能だとビジネスコンサルタントの山崎将志氏は言います。投資で稼ぐ力を養うには、身近なビジネスに目を向けることも必要と山崎氏は言いますが、具体的には? 『 父さんが子供たちに7時間で教える株とお金儲けの教養。 』(日本経済新聞出版)より抜粋、内容を編集してお届けします。
あの株を買っておけば……身近な「タラ・レバ銘柄」
株式市場が活況になるたびに、株価が下がったあのときに買っておけば、仕込んでおけば、コツコツ買っておけばよかった、とほぞを噛(か)む人が少なからず出てくる。あのときにああしたら、こうしていれば……。かように株式投資にはタラ・レバの悩みが付きものである。
私にも「あのとき買っていたら……」という「タラ・レバ銘柄」は、いやになるほどある。その中でも、ニトリホールディングス(以下、ニトリ)と、カツ丼チェーン「かつや」を運営するアークランドサービスホールディングス(以下、ASH)の成長を見るにつけ、自分の先見の明のなさに頭を抱えたくなる。
ニトリの株価は現在(2021年本稿執筆時点)2万円前後であるが、10年前は3000円前後だった。10年間でおよそ7倍の伸びである。今やニトリは全国津々浦々で展開しているし、メディアでもしょっちゅう特集が組まれるなど、株式市場にも我々庶民にも人気企業だ。
10年前から既にニトリの店はたくさんあって注目もされていた。この10年で店舗をさらに増やし、商品の新陳代謝を進めて、ラインアップを拡大した。その結果、来店客が多くなり、1人当たりの購入点数が増え客単価も上がった。そして利益が増えた。何しろ34年連続増収増益だ。もちろん株価は上がった。
「カツ丼500円の店が儲かるわけがない」という残念な予想
もう1社、「かつや」を運営しているASHを見てみよう。現在、同社の株は2300円前後で取引されている。上場したのは2007年8月30日で、売り出し価格は20万円だった。その後株式分割が行われ、10年前の調整後株価である170円と比べると、何とおよそ14倍に伸びている。
かつやは私が好きな飲食店の一つで、自宅の近所にあるため昔からよく行っていた。あるときを境にゴルフ場への行き帰りに通る幹線道路沿いにぽつぽつ出来始めて、店を増やしているな、と感じていた。しばらくすると上場のニュースが出た。しかし私は株を買わなかった。
理由は単純だ。かつやで食べるのは好きだが、カツ丼1杯およそ500円(税抜き)の会社がそんなに儲(もう)かるとは思えなかったからだ。食事後に会計すると必ず100円引き(税込み)の券をもらえるため、リピートすれば400円(税抜き)がカツ丼1杯の実質価格だ。割引券を使えば、牛丼チェーンと値段はそう変わらない。牛丼を作るより、どう考えてもカツ丼のほうが手間がかかるし、来店客の滞在時間もかつやのほうが長い。だから利益率は牛丼チェーン以下のはずで、そんなに儲からないし、店も増やせないだろう、というのが私の印象だった。
上場当初は他の投資家も懐疑的だったようだ。新規上場時の売り出し価格は20万円だったが、初値はそれ以下の19万円だった。公開時の時価総額は50億円と、特に期待できる要素はないと思った。

ところが同社は、残念な私の予測に反して地道に店を増やし、アップセルや高価格商品の追加により客単価も上げてコツコツ成長していった。結果、過去10年で株価は14倍になったのだ。
「今まで上がってきたから買う」は投資で失敗する人の典型的な発想
さて、ここからが本題である。これほどまでに成長してきたニトリやASHの株を、これから買うべきかどうか。
株式投資で失敗する人の典型的な発想は「これまでずっと上がってきたから買う」である。株価はその会社が将来生み出す利益予測で決まる。まず利益の予想をしなければいけない。これから店が増えるか、売れる商品が増えるか、客単価が増えるか、客数が増えるかを予想して、利益がいくらになるかを考える。そうすると株価が何年後にいくらになるかおおよその試算ができる。そして、「○年後に、株価△円になるはずだ」と考えて株を買うのが、教科書的な方法だ。
株の売り買いは、「株価△円になるはずだ」という予測から見て今高いか安いかで判断しなければならない。株式市場は将来しか見てない。過去の株価は将来の株価に影響を与えない。だから、今まで上がってきたからこれからも上がるだろうという安直な予測は成り立たない。私は「テクニカル分析は将来の株価予測に何の役にも立たない」という意見を持っているが、それは今述べたことと同じ理由からである。チャートで表現されているのは既に終わったことなのだ。
「かつや」で考える、目標株価の割り出し方
かつやを例に予測の考え方を示そう。
かつやの店のフォーマットは既に決まっているから、利益の増加はざっくり言えば「店舗数の掛け算」である。まず今何店舗あって、仮に日本国内のみに出店するならば、あと何店舗出せそうかと予測する。その予測は自分でゼロからやる必要はなく、会社が発表している計画をチェックすればよい。そして本当にそれが実現できるのかを想像するのである。
かつやは現在429店あり、毎年一定数を増やす計画がIR資料で示されている。現在の株価は計画が達成されることを前提に、多くの市場参加者の予測によって形成されている。
株価形成の過程では主に以下3種類の投資家の意見が交錯している。
①計画通りにはいかない、つまり今の株価は高過ぎる
②計画通りにいく、つまり今の株価は適正だ
③計画よりもうまくいくはずだ、つまり今の株価は安過ぎる
そして新たにこの会社の株を買う人は「③の意見を持っている人」ということになる(実際には何の根拠もなく買っている人もいるが)。
仮にあなたが「類似業態を見ても、将来的に2000店舗はいくのではないか」と予測するとしよう。429店舗から2000店舗になるのなら、店舗当たりの利益水準などその他の条件が一定だという前提に立てば、利益はおよそ「5倍」と試算できる。ここからこの会社の将来的な株価も「5倍」と考えられる。それに比べたら今は安い。だから買うと判断するのだ。
目標株価の計算は専門的な話をすればきりがないが、かつやのようなシンプルな商売は、店のフォーマットが一定で、メニューも値段もだいたい決まっている。1店舗当たりの売り上げと利益のモデルが作りやすく、それを店の数だけ「掛け算」すればいい。それで計算すると今の株価は安いのか、高いのかをだいたい計算できる。厳密な計算をしなくても、幅を持って試算すれば十分現実に対処できる。

セリア、丸亀……アナログな商売にも儲けるチャンスは転がっている
他にも身近なビジネスに注目してみると面白い。例えば100円ショップのセリア。10年前と比べて、株価は10倍程度まで成長している。ピーク時の株価を見れば17倍にもなっている。単価の安い100円ショップに投資しても十分儲かるということが分かる。先日イオンがキャンドゥを買収するとの報道があったが、それはつまり、「イオンは子会社化によってキャンドゥをさらに成長させられると考えている」ということだ。
また、丸亀製麺を運営しているトリドールホールディングスの株価も10年間で7倍弱程度になっている。
株式投資を始めると視野が広がる。世の中の多くの人はただ買い物や飲食をしているだけで、よく利用する店であっても、その店舗の利益や成長率などに着目することはない。「この店、儲かってそうだな」とか、「新しい商品がたくさんあって楽しそうだな」という客としての見方に、今回話した観点を加えれば、きっと株式投資で成功する。
また既に投資を行っている方々の中には、小売りや飲食のようなアナログビジネスにはあまり興味を持たない人も多いだろう。しかしこうした業態でも株価が10倍以上にもなったビジネスがたくさんあることを知れば、選択の幅が広がる。
ニトリ、かつや、丸亀、セリアが好きな人が、そのビジネスの成り立ちに着目し株式投資を勉強すればお金持ちになれる可能性がある。それはつまり誰でもお金持ちになれる可能性がある、ということでもあるのだ。
[日経ビジネス電子版 2021年10月27日付の記事を転載]
今から何ができるか?
「普通の人」がお金持ちになるための唯一の方法とは?――世界時価総額のトップを占めるGAFAMから身近な日本企業まで、さまざまな会社の「儲けの仕組み」に注目しながら、理解しづらい株価の決まり方や株価情報の見方、初心者におすすめの投資方法まで、対話形式で解説する異色の投資入門書。
山崎将志(著) 日本経済新聞出版 1760円(税込み)