2024年11月に行われた米国大統領選挙は、ドナルド・トランプの圧勝となった。経済アナリストの安田佐和子さんが選ぶ、「トランプ2.0」を考察するための本、3冊目は『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽(あお)る流行の悲劇』。性の多様性(ジェンダーダイバーシティ)を重んじる風潮の中で、「性別違和」を覚え、ホルモン剤を投与したり、胸部切除の手術を受けたりする少女が急増している。背景には、医療保険改革(オバマケア)、SNS(交流サイト)上のインフルエンサーの存在、学校教育、精神医療の影響があるという。
10代から性を変える処置が可能に
トランプ再選を読み解く1冊として最後に紹介するのは、『 トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇 』(アビゲイル・シュライアー著/岩波明監訳/村山美雪、高橋知子、寺尾まち子共訳/産経新聞出版)です。本書は米国で大変な話題となり、日本語版の帯では「あの“焚書(ふんしょ)”ついに発刊」と書かれています。最初に誤解のないように言うと、本書は性的マイノリティーに対するヘイト本ではなく、性は多様なものであるという風潮の中で、米国の少女たちが置かれている現状をリポートした1冊です。
トランプ再選とトランスジェンダーがどうつながるのか? と思う人もいるかもしれません。2025年1月20日に行われたトランプ大統領の就任演説では、「性別は男性と女性の2つのみとする」という文言が入りました。これは性的少数者の権利を重視してきた民主党の方針とは大きく異なります。
少なくない数の女の子は、思春期になると、急激な身体的変化から自分の性に違和感を覚え、自分のことを「僕」と言ったりするなど、男の子のような振る舞いをすることがあるかと思います。多くの場合は一過性の出来事で終わります。しかし、米国ではそれを一時的なものとは考えず、「性別違和」と診断することによって、性を変える処置も可能になる制度が整ってしまったのです。
これは民主党による医療保険改革(オバマケア)で、保険会社に対し「性的指向と性自認による差別禁止」を適用し、性を変えるためのホルモン治療や手術を行う場合、健康保険を適用することが義務付けられたことによります。一見、差別禁止という観点からは正しいようにも思えますが、問題はその「年齢」でした。
驚くべきことに、カリフォルニア州では13歳から、親の承認を受けていれば胸を切除する手術が受けられます。また、あるアイビーリーグの大学では、18歳以上で「インフォームド・コンセント可能」と証明できれば、男性ホルモンであるテストステロンを投与できます。
親にしてみれば20万ドル(日本円換算で3100万円)もの大金を払って子どもを名門大学に通わせたのに、親が知らないうちに性を変えようとしている──という状況も起こり得るのです。こうしたオバマケアなどに危機感を覚え、子どもへの影響を考えたリベラルの人々が、保守へ転じて、トランプに投票したとも考えられます。
トランスジェンダーを自認する少女が増えた理由
「性別違和」というのは、以前は「性同一性障害」と呼ばれ、ほとんどが男子に見られました。2012年までの科学論文では11~21歳の女子で性別違和を訴える例は示されませんでした。しかし、ここ10年ほどで、まさに「トランスジェンダーになりたい少女たち」が急増しました。米国で性別違和を診断、治療するジェンダー・クリニックは2007年に1カ所しかありませんでしたが、今では50カ所を超えているそうです。
本書によると、その大きな理由として考えられるのがSNS(交流サイト)です。思春期になり、胸が膨らむなど体の変化が現れると、少女たちは自分の容姿が気になり始めます。SNSで見るようなきれいな女の子になれないなら、「男の子になったほうが楽だ」と思ってしまうそうです。
彼女たちは「男性になりたいのかどうかは分からない」ものの、「女性でいたくない」。そんなときにSNS経由でトランスジェンダー関連の動画に触れます。トランスジェンダーの当事者たちは精神的な結びつきが強く、悩みを打ち明けると親身に相談に乗ってくれたりします。そしてトランスジェンダーのコミュニティーに自分の居場所を見つける少女が増えています。
幼少期に性別違和の兆候がなかったにもかかわらず、思春期に「自分はトランスジェンダーである」と訴える女子の特徴は、主に次の2つといわれています。1つは「長期間にわたってSNSに熱中した後でトランスジェンダーと言い出す」。もう1つは「女子の友人グループでトランスジェンダーと訴える子がいる」。前者は共感によるコミュニティーへの過度な依存の問題が考えられ、後者は周囲に過剰適応したり、文化的熱狂に踊らされたりしている可能性もあります。どちらにも共通するのは、自身の判断が他者や環境に大きく左右されている恐れがあるという点です。

本書によると、性別違和に悩む子どもたちをクリニックに連れて行くと、「思春期ブロッカー」の使用を勧められます。思春期ブロッカーとは性的犯罪者の化学的去勢にも使用される薬剤で、投与するとホルモン治療(テストステロン投与)が必要になるばかりか、不妊、正常な骨密度の成長抑制、脳の発達障害、知能指数の抑制といった影響を及ぼします。そしてホルモン治療は子宮内膜がん、卵巣がんの原因となる場合もあります。日本ではあまりクローズアップされていない事態が、米国で起きているのです。
こうした少女たちへの適切なサポートはどう進めたらよいのでしょうか。やはり、それは家族をはじめとする周囲の大人たちの役割が鍵になると思います。前回「 バンス副大統領が白人貧困層の現実描く『ヒルビリー・エレジー』 」で紹介した『 ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち 』(J・D・ヴァンス著/関根光宏、山田文訳/光文社未来ライブラリー)で、著者のアメリカ副大統領バンスが貧しい生活から抜け出せたのは、祖母が「自分に可能性がないと思ってはいけない」と、常に言い聞かせてくれたおかげでした。
ちなみにバンス自身も10代の頃「女の子が嫌いだ、世界で一番の親友はビルだけ。自分はゲイかもしれない」「プロテスタントでは同性愛は悪とされているから地獄に墜(お)ちる」と思い悩んだことがありました。祖母に相談したところ、男の子に対して性的な衝動を感じるのかとの直接的な質問でバンスの迷いを吹き飛ばしたのです。
子どもたちは思春期になると、アイデンティティーを模索する時期に入ります。他者とは違う特別な自分をアピールしたり、周囲の注目を集めたりするための行動の中に、「自分はトランスジェンダーだ」という発言も含まれているかもしれません。多感な少女たちが内包する問題は、今や時代風潮やSNSの影響を受け、思いがけない方向へ進んでいることを本書は教えてくれます。
文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか
