2025年1月20日に始まった米国のトランプ第2次政権は、世界を大きく揺さぶり始めている。経済アナリストの安田佐和子さんが選ぶ「トランプ2.0」を考察するための本4回目は『AMERICAN MARXISM アメリカを蝕(むしば)む共産主義の正体』(マーク・R・レヴィン著/徳間書店)。
関税政策の「本丸」は中国
今回は本の紹介に入る前に、まずニュースをにぎわせているトランプ政権の関税政策についてお話ししたいと思います。
2025年1月に第2次トランプ政権が始まってから、相次いで関税政策が発表されました。2月には米国が輸入するすべての鉄鋼・アルミニウムに25%の関税をかけると表明。3月からは適用除外を求めていた日本をはじめ、全貿易相手国が対象となりました。4月2日には相互関税が発表され、一部の制裁対象国を除き、世界各国が対象となっています。
なぜ、トランプはこれだけ関税政策にこだわるのでしょうか。まず、レジーム・チェンジの企図があります。米国は1940年以降、2つのレジーム・チェンジを主導、1つめはブレトン・ウッズ体制、2つめはレーガン政権以降の「新自由主義体制」でした。そのうち、新自由主義体制は米国にとって(1)貿易赤字、(2)製造業の衰退、(3)財政の悪化--などを踏まえ、持続可能ではないと捉え、体制の転換を急ごうとしています。
次に、関税について「本丸は中国」だからです。相互関税でアジア諸国への税率が他国・地域より厳しい水準となった理由は、中国の迂回阻止を狙ったものでしょう。一方で、第2次トランプ政権には対中強硬派がそろっていると言われますが、別に中国をつぶそうとしているわけではありません。「中国がアジアで覇権を握るのを拒否したい」という戦略であり(連載第6回の記事ではこの「拒否戦略」についての本を紹介します)、中国の体制転覆までは望んではいません。だからこそ、ピーター・ナバロ通商・製造業担当上級顧問は、ベトナムをはじめとする国々が関税ゼロを提案しても、「十分ではない」として、一段の取引を求めているのだと思います。
トランプ関税によるインフレが懸念されていますが、米国内がインフレになれば、次の中間選挙で共和党は負けるでしょう。ここのところ反トランプ派の議員が相次いで政界を引退し、次の中間選挙も共和党が勝ちそうな流れにある中で、あえて負けにいく政策を取るとは思えません。トランプ政権は「これは経済革命だ、我々は必ず勝利する」と宣言しています。得意のディールで、体制転換と中国との覇権争いを有利に進めるための手を打っていることは間違いありません。
トランプ政権の考え方が見えてくる
トランプ政権とは何なのか。そのヒントとなるのが、『 AMERICAN MARXISM アメリカを蝕む共産主義の正体 』(マーク・R・レヴィン著/山田美明訳/徳間書店)です。著者のマーク・R・レヴィンは全米ネットのラジオ番組の司会者、弁護士で、テレビの討論番組や政治番組も担当する保守派の論客。本書は米国で120万部超のベストセラーになっています。
「自由の国」である米国に「共産主義がまん延している」と聞いても、にわかには信じがたいですよね。しかし、この本は共産主義の思想が学校や報道機関、企業、ハリウッドにまでいかに浸透しているか、そしてそれがいかに「進歩主義」「民主社会主義」「社会活動」といった言葉で覆い隠されているかを述べています。
トランプ陣営は、前副大統領のカマラ・ハリスに「Comrade Kamala」というあだ名をつけていました。これは、ハリスが2024年の大統領選の演説で「Turn the page」「New way forward」という言葉を使っていたからです。「ページをめくろう。新しい世界に向かおう」と言うのは、トランプ陣営からすれば共産主義の決めゼリフのように聞こえます。そこで共産主義を連想させる「comrade=同志」とハリスのファーストネームをかけ、「Comrade Kamala」と命名したのでしょう。
欧州には社会民主主義的な考え方が根付いていますが、米国は建国以来、基本的に「自由」「独立」の国です。その価値を回復しようとしたのが共和党のトランプ陣営。一方でこれまでの体制や価値観に疑問を唱え、多様性重視、気候変動対策、コングロマリット企業への規制を行ったのが、ジョー・バイデンやカマラ・ハリスの民主党でした。
本書では、いかに「米国化されたマルクス主義」が根付いてきたかを詳しく解説しています。本書のさわりを紹介しましょう。
・ニューヨーク・タイムズ紙の教育ライター、フェリシティ・バーリンガーの「アメリカの大学におけるマルクス主義の主流化」という記事によると、アメリカの大学では19世紀ドイツ哲学とのつながりが分断され、「アメリカ化」されたマルクス主義が生まれた。その教義は米国の歴史や制度、伝統などの「支配的な白人文化」を攻撃している。
・民主党が大学教育の無償化や学生ローンの返済免除により、大学進学者を増やそうとする理由は、学生に自由主義、科学、技術、工学、数学を教えるのではなく、急進的な理念を支持するよう多くの若者を洗脳するためである。
・ブラック・ライブズ・マター(BLM)は、マルクス主義と批判的人種論の融合から生まれた。BLMの創設者の1人、パトリッセ・カラーズ(マルクス主義者であると公言)は、合計数百万ドルもの4つの住宅を購入。ベストセラー本を執筆し、急進的な思想を広めるために、メディア企業と有利な契約を結んでいる。
・環境運動はアメリカの立憲君主制や資本主義を攻撃するもう1つの手段へと発展している。マルクス主義を中心とする運動やマルクス主義に似た運動の核心にあるのは、「脱成長」である。つまり人類は過剰な消費や生産を続けており、その責任は資本主義やアメリカにあるとする考え方だ。
レヴィンは、米国独立革命に対する反革命の大波が押し寄せている。だからこそ、建国の基本に立ち戻り、強い米国を取り戻すべきだと主張しているのです。

本書の内容を支持するかどうかは別として、私は「この本を読まずしてトランプ政権を語るなかれ」と思いました。本書を読み通せるかどうかによって、読者の立ち位置が分かるかもしれません。もしリベラルな価値観を重要視する方ならば、著者の主張に拒否反応が出て、おそらく読み通せないでしょう。
それぐらい強烈な内容の本ですが、米国で今、何が起きているかを知るには最適な1冊です。
取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)
