生成AI(人工知能)はビジネスをどう変えつつあるのか──。AIを用いて社会課題、ビジネス課題の解決を目指すエクサウィザーズは、ChatGPTの活用を早期からスタートし、社内利用だけでなく新規サービスの展開も加速している。そこで今回は、同社の代表取締役社長・春田真氏に直撃。経営からビジネスづくり、そして働き方まで、生成AI活用の現実と課題、そして未来について、同社をはじめ複数社に生成AI関連の顧問として参画し、2024年2月に新著『 生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方 』(日経BP)を刊行した梶谷健人氏が聞いた。[日経クロストレンド 2024年2月1日付の記事を転載]
- 社員が自発的に新サービスづくりに踏み出すチャレンジが重要に
- 大手企業の「予算がないからできない」は逃げ
- 単なる業務の効率化ではなく、プロセス自体にメスを
- 生成AI時代は“1社独占”にはならない
- デジタル感度の高い若い世代にいかに託すか…
「ChatGPT」登場のインパクトと意味をどう捉えるべきか
梶谷健人氏(以下、梶谷) 春田さんは第3次AIブーム(編集部注:2000年代はじめのディープラーニング技術の本格展開が火付け役となったトレンド)のころからAI領域を見ていますよね。生成AIの今回の動きをどう感じていますか。
エクサウィザーズ春田真氏(以下、春田) AIに関する大きな波という意味では、12年にトロント大学のジェフリー・ヒントン教授のチームが画像認識の世界的なコンテストで優勝して「ディープラーニング」が一気に注目を集めました。日本では、15年に東京大学の松尾豊教授が書いた書籍『人工知能は人間を超えるか』(KADOKAWA/中経出版)が大きな話題になったことは記憶に新しいです。
その後、18年に米Googleが自然言語処理モデル「BERT(バート)」を出したことで、AIに可能性を見いだすエンジニアが増えたと思います。それでもビジネスシーンでの活用にまではなかなか広まりませんでした。
ところが22年11月、米OpenAIの「ChatGPT」が公開されたことが一気に潮目を変えました。ビジネスシーン、特に経営層にAIの威力が伝わったと感じています。自分で触ってすぐに結果が出てくることが純粋な驚きになり、AIでもっと何かできるんじゃないかという期待感が高まりました。
今、日本では、生産性をどのように向上させていくかが大きなテーマになっていますが、経営者であれば誰でもChatGPTがそれに寄与することを感じているはずです。ここが、前回のAIブームとの大きな違いですね。
エクサウィザーズ代表取締役社長
梶谷 技術的な進化もありつつ、ChatGPTは自分で触れて肌感を持ちやすいのが、これまでのAIとの大きな違いということですよね。
春田 そうですね。例えば、会社の社長が取引先に行く場合を考えると、従来はスタッフが取引先の情報をまとめて、社長にレクチャーするなど準備に多くの人が必要でした。でもChatGPTを使えば、社長自身で相手がどんな会社かを一瞬で調べられる。これは極めて簡単な事例ですが、経営層が自分で触ってメリットを体感できることは大きい。
エンジニアの開発視点でも変わったなと実感しています。以前のAIは、タスクごとにモデルの学習が必要でした。しかし、ChatGPTでは、ある程度学習済みの汎用的なモデルが提供されるので、AI企業以外でも取っつきやすくなりました。もちろん、コードを書くのも楽になりました。
梶谷 春田さんが社長を務めるAIスタートアップのエクサウィザーズは、ChatGPTの社内活用がとても早かった印象を受けます。
春田 そもそもAIの会社ですから、BERTが出てきたころからエンジニアがいろいろ取り組んでいました。でも、実利用という意味ではChatGPTになってからが大きかったですね。
顧客にChatGPTを説明する機会が増えることを考え、エンジニアだけでなく、全職種に使ってもらうことにしました。そうしているうちに、23年3月の段階でChatGPTを活用した新しいプロダクトをつくってみることになりました。
まず出てきたのが、株主総会の想定問答をつくるのに膨大な労力がかかっているという課題です。そこでChatGPTを活用したIR業務効率化支援サービス「exaBase IRアシスタント powered by ChatGPT」を開発し23年5月にリリースしました。
社員が自発的に新サービスづくりに踏み出すチャレンジが重要に
梶谷 生成AIを活用したサービスづくりを実際に行ってみて、社内の変化ですとか気付きのようなものはありましたか。
春田 会社としては、生成AIで新しいプロダクトをつくるというアクションを、多くの人が自発的に起こしてくれたのが大きかったですね。
プロダクトづくりが高速化し、汎用的なモデルを活用しながら個別具体の課題解決につなげられる可能性が出てきました。ですので、アイデアを持っていたり、サービスをつくりたいと思っていたりする社員が、「(サービスを)つくったら本当に世の中に出せる」「本当にお客様に使ってもらえる」と理解してくれたこと、これが戦略的には大きいですね。
今回はIR領域のサービスをリリースしましたが、採用や人事、経営企画でも、自分たちが欲しい機能をできるだけシンプルにつくって、プロダクトにする可能性をみんなが考えるようになりました。
梶谷 メンバー目線でも肌感を持ちやすくて、身近な課題と結びつきやすかったことは、事業化の速さに関わるということですね。
春田 はい。こういうものを使ったら、こんなことができるんじゃないかと思うことがまず大事で、それにチャレンジしていく中で、新しいことが見えてくると思っています。
世の中のサービスは、基本は自分が使いたいからつくられたと思うんですよね。企業には、経理や財務をはじめ、いろいろなシステムがあります。その中にいる人が何か新しいことをしようとしても、システムを変える必要があって、そのためにはシステム投資と開発要員を準備しなければいけない。それでは動きません。
でも、データが格納されている箱があり、それぞれの機能がデータを“いい感じ”で引っ張ってくるような仕組みをつくれれば、改修やアップデートのたびに大規模な開発をしなくてもよくなります。現場のアイデアで新しいことを実装しやすくなるうえ、コスト面でブレーキがかかりにくいというのが、今回の生成AIの1つの価値ではないかと思っています。
ChatGPTが出てきたころは、生成AIを入り口にしたポータル的なサービスが広がっていくのではないかと話していました。でも、最近は一歩進んで、司令塔としていろいろなシステムを結びつけて、必要なデータを加工させていくような存在になっていくと考えています。
大手企業の「予算がないからできない」は逃げ
梶谷 生成AIに関して、欧米圏と比べると大企業の動きは遅いように感じます。根本の課題は、硬直的な予算と、経営層があまり触ってない肌感の欠如ということでしょうか。
春田 予算主義自体は悪いとは思いませんが、柔軟性がないことが課題だと感じています。
私はもともと銀行にいたので、大きな組織になればなるほど、自分たちの部門の予算があり、それを守ろうとすることを理解しています。加えて、それに予算のつくり方が真面目で、“遊び”があまりないため突発性に弱い。何かが起こって対処したいときに、「予算を持っていない」という話になりがちです。
生成AIでも「予算がないからできない」といったように、予算主義の中で動けないことが少なくないと思います。ですが、大企業こそ、事業を広くやっているわけですから、「今、こっちで稼げていてこれだけ利益が出ているから、別の領域に投資しても帳尻が合う」というマネジメントをすることも可能だと思います。
例えば、当社エクサウィザーズの法人向けChatGPTは1ユーザー当たり月額約1000円ですが、自分たちの部門に100人いたとしても、100人×1000円=10万円。数カ月分の投資ができないということはないと思います。もちろんコスト以外の部分での確認や検証が理由の場合もあるでしょう。ただ、使ってみることはすぐにでもできるはずです。
梶谷 なぜ、導入や活用に時間がかかるのでしょうか。
春田 生成AIに対する脅威を、まだあまり感じていないのかなと思いますね。自分たちのビジネスを脅かすような状態になる、もしくはビジネスチャンスがあると判断すれば取り組むのだと思います。
単なる業務の効率化ではなく、プロセス自体にメスを
梶谷 全体的なスピードは遅いながらも、生成AI活用に既に動き始めている企業はあります。様々な企業との取り組みを進める中で気付いたことはありますか。
春田 興味深いのは、生成AIの活用というテーマになると、社内で業務の領域を超えて、様々な部門、部署からアイデアが出てきたり、生成AIでこういうプロジェクトをやりたいといった意見が積極的に出てきたりします。生成AIが錦の御旗のようになって、積極的な担当者が増えているように感じます。
一方で、課題もあります。生成AIを使うと、個人ではメールが簡単に作成できたり、長文の要約や外国語の翻訳なども容易にできたりします。ただ、これだけでは、少し前に話題になった「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)」とどう違うのかが分かりにくい。
生成AIでどれだけプロセスが可視化され、その先の効率化につながったのかを示すのに加え、“その先”まで入っていかなければいけないと思います。
例えば、「生成AIを使ったら、プレゼン資料がこんなに簡単につくれる」と言うのは簡単ですが、そこにとどまらずもっと進んで「この資料は本当に必要なのか」という視点を持つことが重要です。同じように、定期的に報告している資料があるなら、変化があったときにだけプッシュ型で送る仕組みにすればいい、といった具合です。
そもそも資料をつくる必要がないなら、その時間を本当にやるべき仕事や価値の高い仕事に振り分けていくことが、本当の効率化となり、新しい価値を生んでいくことになります。
梶谷 なるほど。従来の効率化は、AとBとCのプロセスがあったときに、それぞれの効率を120%にしますというものでした。しかし、生成AIは、そもそもAもBも飛ばして(不要にして)、Cだけにもできうる技術。プロセス自体を見直す転機にもなるということですよね。
春田 そうです。文系的なアプローチでは、Aをどう改善するか、Bをどう改善するか、Cをどう改善するかになりがちだと思うんですよ。プロセス全体を見直そうとしない。でも、エンジニアの考え方では、プロセスAとBはいらないから、一気にCをやろうとなります。生成AIによって、エンジニアの発想を文系の人も使える可能性が出てきたわけです。
生成AI時代は“1社独占”にはならない
梶谷 生成AIでは、OpenAIやMicrosoftといった土台になるレイヤーのプレーヤー自身がSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を提供していて、胴元がゲームに参加しているような特殊な環境にあると思います。その中で、日本企業として、どのようなところに勝ち筋を見いだしていけばいいとお考えですか。
春田 正直言って、勝ち筋はあまり分かっていません。これはたとえ話として聞いてほしいんですが、私はOpenAIなどは、インターネットのようなある種のインフラだと思うんです。それに対して、僕らは、インターネットにつなげる入り口としての「ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)」のような存在だと考えています。
ただし僕らは、入り口としてだけでなく、その先に使いやすい環境やプロダクトを用意していこうとしています。当面は、ビジネスユースが多くなると思っているので、その企業にフィットするサービス、プロダクト、技術的なサポートを用意することが重要です。ざっくり言えば、お客様が使いやすいものに整えていく、ということです。
もう一つは、生成AIを使うにあたって、企業に必要な業務プロセスの刷新にも対応していく必要があります。既にあるプロダクトの提供だけでなく、一緒にプロダクトをつくっていくことで、企業の生産性をトータルでどう上げていくか、伴走していこうと考えています。
現状では、そうした生成AI活用のマーケットができているとは言えない段階です。大事なのは、AIを誰もが使う世界観が現実味を帯びている中、潜在顧客は極めて膨大にいる、ということです。ネット時代に1社が全てを独占していないように、1社が全部取るようなことはない、と考えています。
初期のインターネットではWebサイトはPC向けにつくられていました。その後、モバイルが普及したときに、モバイルに最適なUIやUXに切り替えるモバイルファーストでぐっと伸びた企業がありました。同じように、“生成AIファースト”の局面になったときに、どのようなサービスが伸びるのか、どのような業務にフィットするのか、どんな変革が起きるのか、考えることはとても重要だと思います。
振り返ってみると、インターネットの隆盛期、モバイルアプリの勃興期、本当にたくさん、それも玉石混交のサービスやアプリが出てきましたよね。生成AIでも、もっと次々と出てきてもいいんじゃないかと感じますね。
正直、現状ではどういう形がお客様に受け入れられるのかまだ見えていません。ですから社内では、「こんな機会に出合うことはめったにない。脅威でも何でもなくて、チャンスでしかない。そのチャンスを生かして、自分たちに何ができるのか、果敢にチャレンジしてほしい」と話しています。
デジタル感度の高い若い世代にいかに託すか…
梶谷 生成AIが発展すると、生産性が上がるだけでなく、個人の能力も大幅に強化されるというリポートが発表されています。春田さんは、生成AIが進化していく中で、企業の組織がどう変わっていくイメージをお持ちですか。
春田 生成AIのような新しいテクノロジーに関しては、若い人の方が感度がいいに決まっています。テクノロジーに対する体感値も高く、技術に可能性を感じることができますから。
だから会社としては、若い人たちの感覚を生かしながら、彼ら彼女らに仕事を任せられる組織編成にすることで、新しい何かが生まれてくるのではないかと思っています。
また、通常業務の中では、生成AIがアシスタント的な存在となり、いろいろなことを代行する形で円滑に回してくれるようになるでしょう。
ただし、突発的な問題が起きたとき、AIはオプションの提示はできますが、その中でどれを選択するかまで任せるのはまだ難しいと思いますので、当面は人が対応することになると考えています。それも事例やデータを蓄積していけば、AIが対応していくようになると思います。
梶谷 中間で判断したり、指示を出したりするような業務は代替されていくということでしょうか。日本では、AIによって人の業務が奪われていくことに対して、ネガティブな文脈で語られがちだと思いますが。
春田 結果的にその部分に人がいらなくなったら、その人たちでまた別のビジネスをやればいいと思います。否定的な話ではなく、自分たちの領域をどんどん広げていく中で、全然違う新しいものが生まれてくるんだと思います。
組織が変わる中で、売り上げをつくるために何が必要で、どの部分を人がやるのか、AIがやるのか、機械がやるのかといった、プロセスが可視化され、最適な組み合わせが見えてくるのだと思います。
梶谷 企業の中だけでなく、生活はどのように変わると考えていますか。
春田 社会がいきなり激変するわけではないと思います。例えば、カーナビが普及して道を覚えなくなったり、携帯電話が普及して電話番号も頭に入れなくなったりしました。このように、テクノロジーが浸透して、いつの間にか人の行動が変わったり、社会が変わったりしていくのだと感じています。
現在の企業における生成AIは、パーソナル秘書のようなイメージが近いですよね。それが近い将来、普段の生活の中にも入ってくることは容易に想像ができます。生成AIは、私のことを一番よく知っていて、私が便利でうれしいと思うことをやってくれる存在になる。そこからどんどん賢く進化して、何でも相談できる“親友”のようなものになっていくのではないかと感じています。
もちろん、こういったテクノロジーに負の部分があることは分かっていますし、それを否定はできません。マイナス面がある、起こり得るという前提で活用していくことが重要です。
また、人に極めて近いテクノロジーであり、情報操作や悪用されることも想定されるため、一定のルールづくりも必要です。ただ、その前提として「どのような世界にしたいか」を考えていくことが大切。それがない中で規制だけをつくっても、ルールのためのルールになってしまう。技術の進化が極めて速いため難しいかもしれませんが、つくりたい未来、“世界観”を提示していく覚悟が必要になるのだと思いますね。
梶谷健人(著)、日経BP、1980円(税込み)






