2023年10月、生成AI・大規模言語モデル(LLM)を活用しユーザーをサポートする「メルカリAIアシスト」機能の提供を発表したメルカリ。同社はそれに先駆け、生成AI・LLM専門チーム(以下、生成AIチーム)を発足させている。なぜメルカリは生成AIに注力するのか、そしてサービスにどう実装してきたのか。2024年2月に『 生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方 』(日経BP)を刊行したPOSTS代表の梶谷健人氏が、生成AIチームの代表である執行役員 VP of Generative AI/LLMの石川佑樹氏に聞く。その前編。[日経クロストレンド 2024年1月30日付の記事を転載]
- メルカリが本丸のサービスにすぐに実装したわけ
- 適用範囲は拡大中 ただし使いにくい領域も
- 多言語化×生成AIの可能性
メルカリが本丸のサービスにすぐに実装したわけ
梶谷健人氏(以下、梶谷) 2023年10月に「メルカリAIアシスト」が登場しましたが、本丸のメルカリサービスにこんなに早く生成AIを実装してきたことには驚きました。
石川佑樹氏(以下、石川) メルカリAIアシストは、生成AIやLLMを活用し、メルカリ上でお客様一人ひとりに最適な行動を促す機能です。メルカリではこれまでも社内で生成AIやLLMを活用してきましたが、お客様が使うサービスに適用するのは今回が始めての取り組みとなります。
梶谷 具体的にはどのような提案が出てくるのでしょうか。
石川 メルカリAIアシストは、メルカリ内での「売りたい」「買いたい」といったあらゆるアクションに併走することを目指しています。とはいえ、いきなり全てに対応するのは大変なので、まずは分かりやすいところに使うことにしました。
現在は、出品した商品がより売れやすくするための改善提案機能に特化して提供しています。
メルカリには、過去の取引の履歴や経験、データから「タイトルを改善したら注目されそう」「説明文にXXという要素を加えたら売れそう」「商品の元値を書いたほうが売れやすい」「服ならサイズを書いたほうが購入されやすい」といったノウハウが蓄積されています。AIアシストがそのノウハウを使い、買われやすくなるようなタイトルや説明文を提案する、というわけです。
梶谷 ユーザーの反応はいかがですか?
石川 (取材時点では)まだリリースしたばかりということもあって多くの声を確認しているわけではないのですが、データ上は目新しい機能というのもあってか想定より使ってもらっていて、AIアシスト経由で売れた商品のデータも出始めてきた、という状況です。
なので現在は、AIアシストの機能を使っていただく段階から、「実際に売れるか」「使い続けていただけるか」といった満足度に関する指標を注視する段階に入ったと認識しています。
梶谷 提案ルールはカテゴリーによって変えているんですか?
石川 変えています。カテゴリーごとに裏側でロジックを組んでいて、提案が本当に販売に貢献できるのかを評価し、ある程度の成果を出せると判断した約20カテゴリーからAIアシストの展開を始めています。もちろん、このカテゴリーは順次広げていく予定です。
梶谷 その内部的な評価は人力ですか?システムですか?
石川 現在の20カテゴリーは主に人手で対応しました。しかし全体ではものすごい数のカテゴリーがあるので、ここからは仕組みをつくらないといけないと考えています。
梶谷 この論点はいわゆる大規模言語モデル運用(LLMOps)と呼ばれる、LLMの開発オペレーションに関連するものですよね。僕の顧問先でもLLMの出した結果を人力でチェックしているケースが多いのですが、手間と時間が非常にかかっています。一方で、うまくLLMOpsをシステム化できている会社では、開発スピードが速まっています。
石川 生成AIやLLMの面白い点は、AI自体が考え、アクションし、結果を基にまた次の行動を起こせるように振る舞えることです。なのでシステム化が進めば将来的には、出品や購入でやりたいことをAIに指示しておけば、後はユーザーが何もせずとも、勝手に取引をしておいてくれる可能性すらあります。
こういったことはいずれ当たり前になるのかもしれませんが、早くから取り組むことで技術的な蓄積を重ねたり、使い方を考えたりすることが大事です。そういう意味でも生成AIは、今後も組織として積極的に活用していきたいです。
適用範囲は拡大中 ただし使いにくい領域も
梶谷 生成AIを事業に取り入れているという企業でも、現在は裏側の業務効率化に使っているケースが多い印象があります。今回メルカリは一部分とはいえ、ユーザーに見える形で生成AIを出してきました。
石川 もちろんメルカリでも、社内で生成AIは使ってきました。僕ら生成AIチームのミッションは2つあって、1つはお客様に新しい体験を届けること。メルカリAIアシストはこちらで、ちょっと背伸びをしたチャレンジだと言えます。
もう1つは社内の生産性を上げること。こちらについては他の会社でもよくやっているように、社内用ChatGPTみたいなものをつくることから始めました。社員をテスターとして巻き込む。ポイントは「テストであるということを明言しなかった」ことにあります。
テストだと思って使ってもらうのではなく、自然に、自発的にどう使っているのかを見たかったからです。米OpenAIの「ChatGPT」のインターフェースはシンプルなつくりになっていますが、社内ではもうちょっと適したインターフェースがあり得ると思っているので、社内で取得したデータを使いながら形を捉えていくことも考えています。
とはいえ、生成AIを使わずとも、これまでのAI技術で既に解決できている課題もたくさんあります。例えば、社内のいろいろな疑問に回答してくれる社内botは既にありますし、資料を英訳してくれるシステムもあります。ですが生成AIを使えばこれらの精度を上げたり活用の幅を広げたりできる可能性があるとは考えています。
ただ、どの領域に生成AIを適用すべきかはまだ議論の余地があると思っています。
例えばコスト削減にはROI(投資収益率)が測りやすいから使いやすい。一方で、価値増幅・体験向上などはROIが測りにくいので使いにくいとは感じています。そういう意味では今回のAIアシストは後者寄りの施策なので、割とチャレンジングな取り組みですね。
梶谷 現状の取り組みを通じて、何か見えてきた可能性や気付いたことはありますか。
石川 マーケティングやキャンペーンのクリエイティブに生成AIを使おうとすると、相性のいい/悪いジャンルが出てくるのではと思っています。
可能性はかなり感じていますね。例えば、もともとIP(知的財産)やブランド関連のものは権利関係もあり、キャンペーンなどでクリエイティブをつくることは難しい状況でした。ただ、生成AIを活用することで、特定のブランドを取り上げるのではなく、抽象化したイメージや内容で伝えられる手段が出来てきたと思います。
梶谷 コスト削減ではなく、価値増幅のほうのROIでは、例えば売買マッチング率の向上といった指標を見ているのでしょうか。
石川 そうですね。当然マッチング率の向上は売り上げに直接つながりますから、そこにどれぐらい貢献するのかは重要です。AIアシストといえども、お客様がやりたいことが、この機能・技術でどれぐらい満たされるのかという点では他の施策と変わらないので、同様の指標を用いることが多いです。
多言語化×生成AIの可能性
梶谷 グローバル関連の話も聞かせてください。生成AIを使えば多言語対応のハードルがかなり下げられるのではないかと思いますが、メルカリには影響がありそうですか?
石川 まだトライ段階ですが、商品紹介の翻訳には一部で既に着手しています。
メルカリ内の翻訳でポイントになるのは、例えば「XXXというトレーディングカードのYYYというキャラクター」といった具合に、固有名詞がたくさん登場することです。
今までの機械翻訳のAPIだと、それを適切に訳すのは難しい面がありました。ただLLMでは翻訳に文脈も利用するので、適切に訳してくれる確率がかなり高まります。なので以前は翻訳を実装しにくかったのですが、LLMの登場によって道筋が見えてきました。
梶谷 メルカリCEOの山田進太郎さんは、世界中で物のやりとりができるようにしたいという構想を描いていますよね。
石川 はい。メルカリでは、日本で出品した商品を米国で表示、購入、配送するといった越境取引への取り組みを進めたいと考えています。そういった観点からも、LLMや生成AIを越境取引に用いるということは外せないですね。
梶谷 もし越境取引をしようとしたら、単に翻訳するだけでなく、国・地域によって商品の説明の仕方を変えたほうが売れやすい、といったことも発生するのではないでしょうか。
石川 可能性はあります。国によってレギュレーションが異なる可能性もありますし、そういった部分をお客様が気にすることなく、生成AIでよしなにやってくれると利用が広がると思います。
梶谷 今までは日本向けに日本語で、米国向けに英語で書いて、情報も必要に応じて変えて……としていたものが、日本語で出品しておけば、後は生成AIが自動で最適化してくれるかもしれないですね。
石川 それはあり得ると思います。
ちなみに、生成AIの多言語化への活用は、社内でも必要だと考えています。メルカリには海外バックグラウンドの方も多くて、社内では当たり前に英語が飛び交っています。とはいえ、もちろん英語が苦手な人もいますし、日本語が苦手な外国人従業員も少なくありません。社内の言語が増えること自体はポジティブなので、各自が自分の得意な言語で話して、生成AIのようなツールがそれを多言語化してくれるといいなとは思っています。
梶谷 なるほど。ここまで、メルカリという既存の巨大サービス、または社内での生成AIの活用という話を聞いてきましたが、新たなプロダクト開発への生成AIの利用も検討されていますか?
石川 検討はしています。ただAIはデータがあるとレバレッジが効くものですよね。そういう意味でメルカリには巨大なデータが既にそろっているので、AIが使える余地が大きいんです。新しいサービスではそれがゼロになるので、AIをどう使うかは、別の観点が必要だと考えています。
梶谷 インターフェースという意味で生成AIはどう影響すると考えていますか?というのも、僕は生成AIは、CUI(文字ベースのインターフェース)からGUI(グラフィックベースのインターフェース)を経て、その次の世代をつくるぐらいの変化を起こし得るのではないかと考えています。今のメルカリがGUI時代のサービスだとして、生成AIはそれを大きく変える可能性があるのではないでしょうか。
石川 それもあり得ると思います。ただ、生成AIベースのサービスとして、将来的にはディスラプティブ(破壊的)なアイデアが生まれてくるのだとは思いますが、そのアイデアがいつ出てきて、いつ実装されるのかという時間軸は考える必要があります。
梶谷 確かに、スマホが登場してから、スマホネーティブのサービスが出てくるまではかなりタイムラグがありました。そういう意味では、既存サービスに生成AIが使われるのではなく、生成AIネーティブなサービスが出てくるとなると時間がかかるのかもしれません。
後編では、生成AIをいかに社内で広げていくのか、生成AI時代の企業、組織の在り方などについて聞いていく。
(写真/古立康三)
梶谷健人(著)、日経BP、1980円(税込み)





