スマートフォンから自動車、兵器、人工知能(AI)に至るまで、あらゆる技術革新の中核を担う半導体。産業界に限らず、株式市場や国際政治においても半導体の重要性は高まり続けています。ビジネスパーソンや投資家、政策担当者が身につけておきたい半導体産業の基礎知識から2026年現在の企業間、国家間競争の最前線までを描いた書籍『半導体覇権 国家に翻弄される巨大企業』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から一部を抜粋・再構成してお届けします。今回は「現役幹部が焦燥をあらわにするサムスンの苦境」についてです。
過去最大の赤字を計上したサムスンの苦境
「新しい技術の確保に私たちの生存と未来がかかっている。困難な時こそ、先制的な研究開発と揺るぎない投資が必要だ。より果敢に、より熾烈(しれつ)に挑戦しよう」
サムスン電子の毎年恒例の年頭所感。2024年1月の李在鎔(イ・ジェヨン)会長のコメントには危機感がにじんでいた。この頃には韓国内でも「サムスン危機論」が語られ始めていた時期だ。
23年12月期の半導体部門の営業損益は14兆8800億ウォン(約1兆6000億円)の赤字(前の期は23兆8200億ウォンの黒字)となったのだ。半導体部門の赤字は15年ぶりで、過去最大の赤字を計上した。
最大の要因は半導体市況の悪化だった。新型コロナウイルス禍によるリモートワークや遠隔授業の浸透によってパソコンとタブレット端末に特需が生まれたことで、23年には反動で半導体メモリーの在庫が積み上がった。結果的にサムスン主力の「DRAM」と「NAND型フラッシュメモリー」の2種類の販売価格がともに急落した。
23年は競合の韓国SKハイニックスも米マイクロン・テクノロジーも巨額赤字に陥った。ただ24年の回復局面を比べると、市況要因だけではないサムスンの苦境も見えてくる。
24年、世界の半導体産業の景色はAIの浸透によって一変した。そして長らくメモリー半導体市場を支配してきた巨人サムスンの優位を覆した。AI時代に求められる高速処理可能なHBM(広帯域メモリー)の開発競争で、宿敵SKハイニックスに先行を許したのだった。専門調査会社トレンドフォースによると、サムスン電子は25年、約30年ぶりにDRAM市場のシェア首位の座をSKハイニックスに明け渡した。
技術力と資本力で世界を圧倒してきたサムスンが波に乗り遅れた原因は、経営陣の「先見性の甘さ」とリーダーシップの不在にあったとされる。SKがHBM開発に早期から取り組み、研究開発に集中投資していた時期、サムスンはHBMをニッチ市場と過小評価し、開発プロジェクトに優秀な人材、開発投資を充てなかった。
当時、サムスングループの経営トップの李在鎔氏は朴槿恵(パク・クネ)元大統領側への贈賄容疑などで長期にわたり拘束され、裁判対応に追われていた。そのために大規模なM&A(合併・買収)や大胆な投資といったトップダウンの決断が求められる場面でリーダーシップを発揮できず、組織全体の意思決定が遅れた。この経営判断の遅れがHBMの開発競争において致命的なマイナス要因となったとみる関係者は多い。
サムスン幹部が劣勢を公言
サムスンはAI半導体時代の到来を見誤って技術開発を怠った。結果的に開発人材の一部はライバルSKに移り、さらにサプライヤー各社もSK側との研究開発を重視するようになった。
SKは日本の中堅・中小メーカーを訪ね歩くという地道な陣営づくりを進めた。SKのHBM開発リーダーを務めたのはサムスン出身の技術者だった。東北大学に留学経験があり、日本の後工程技術のサプライヤーに明るい。特殊技術を持つ日本のニッチ企業と共同研究や独占契約を結ぶことで、サムスンやマイクロンといったライバルを引き離した。
収益の源泉だったDRAM市場で王座を明け渡したことは、サムスン電子にとって大きな痛手だった。AIという技術の新潮流において「技術の潮流を読む力」と「トップのリスクを恐れない決断力」が企業の勝敗を分けるという厳しい教訓を突きつけた。
サムスンの現役幹部が「もはや技術的優位があるとは言い難い」と公然と語るほど苦境は鮮明だ。韓国社会の視線はさらに厳しい。かつて就職人気トップだったサムスンがそっぽを向かれ始めた。
現在の就職人気ランキングではネイバーやカカオといったネット企業が上位を占める。さらに理科系の学生は医学部への進学を希望する傾向が強く、国家核心産業と定める半導体分野で最大企業であるサムスンが優秀な人材を採用できなくなっている。

日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)
