スマートフォンから自動車、兵器、人工知能(AI)に至るまで、あらゆる技術革新の中核を担う半導体。産業界に限らず、株式市場や国際政治においても半導体の重要性は高まり続けています。ビジネスパーソンや投資家、政策担当者が身につけておきたい半導体産業の基礎知識から2026年現在の企業間、国家間競争の最前線までを描いた書籍『半導体覇権 国家に翻弄される巨大企業』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から一部を抜粋・再構成してお届けします。今回は「韓国の国家戦略の中核を担うも、政権との距離に悩むサムスン」についてです。
「世界3大のAI大国」を目指す韓国
2025年10月30日夜。ソウル市南部の繁華街にあるフライドチキンの有名チェーン店で、サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)会長は世界が注目する人物をもてなした。
米エヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)。同氏の15年ぶりの訪韓は、アジア太平洋経済協力会議(APEC)開催に伴うCEOサミットへの登壇が表向きの目的だった。
同時に26万個を超える最新の画像処理半導体(GPU)を韓国の官民に販売するというトップセールスの旅でもあった。
サムスンはエヌビディアから5万個のGPUを買うことを約束した。エヌビディアは自社半導体メモリーの顧客でもあり、関係を深めることが韓国の製造業全般にプラスの効果をもたらす。サムスンはその中心的な役割を担った。
ファン氏に先立ち、李会長は同年10月1日にもソウル中心部の大統領府の一室で1人の青年と向き合っていた。
米オープンAIのサム・アルトマンCEO。半導体メモリー世界首位のサムスンとAI開発で先頭を走るオープンAIのトップの会談。この舞台を演出したのは、李在明(イ・ジェミョン)大統領だった。
25年6月に発足した李在明政権が掲げる最重要政策の実現に向け、韓国最大の企業が動き出した。
李在明政権は韓国を30年までに「世界3大のAI大国」に育てることを国家の最重要課題として掲げた。米国と中国に次ぐ3位につける目標だ。核となるのはサムスンをおいて他にはない。半導体技術と生産能力を持つサムスンの全面的な協力が不可欠だ。
国家戦略を担うも政府との距離に悩む
サムスンは中核企業のサムスン電子、情報システムのサムスンSDS、商社・建設のサムスン物産、造船・プラントのサムスン重工業の主要4社で、オープンAIと世界でのAIインフラ構築に関する協定を結んだ。この提携は李在明政権と足並みをそろえたものだ。サムスンは半導体とデータセンター、クラウドというグループが長年培ってきた技術を総動員し、オープンAIに対する総合的なサポート体制を敷く。
台湾積体電路製造(TSMC)と並ぶ生産能力を誇る半導体が軸となる。サムスンはオープンAIが進める巨大AIインフラプロジェクト「スターゲート」の戦略的パートナーとして、AIの計算能力を支える高性能かつ低消費電力の高性能メモリー「DRAM」を安定供給する。半導体メモリーで世界市場をけん引し、システム半導体やファウンドリー技術も併せ持つサムスンは、AIの学習から推論に至るまで、各プロセスに必要な製品・サービスを持つ。サムスンにしかできない総合力が、韓国をAI大国へ導く技術的な基盤となる。
サムスンは同時に、AI競争力の強化のために、大規模な研究開発投資と国内外の施設投資を継続すると表明した。
米韓を代表するテクノロジー企業が韓国の大統領府主導で手を組む。国家を挙げた産業政策において最大財閥サムスンは常に先導することを求められてきた。その半面、時の政権の要求を受け入れ続けることによって野党側の反発を招き、政権交代後に捜査を受けるケースもあった。歴史を振り返れば「政経癒着」と批判されて財閥トップが捜査対象となり、逮捕されたこともあった。
国家戦略の重責を担わされ、韓国政府との距離に常に悩まされてきた韓国財閥。李在明政権におけるAI推進の国家戦略においても、サムスンがその中核的な役割からは逃れられない。

(第10回に続く)
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)
