日本を代表する建築家、隈研吾さんインタビュー2回目は、著書『 日本の建築 』(岩波新書)を執筆するにあたり、影響を受けた本を聞く。『日本の歴史をよみなおす』(網野善彦著)からは、単線ではなく複線の日本社会像を知り、『近代家族の成立と終焉(しゅうえん)』(上野千鶴子著)からは、モダニズムの住宅が資本主義と結びついていくことの理論的な枠組みを学んだ。(聞き手は元「日経アーキテクチュア」編集長で『 隈研吾建築図鑑 』[日経BP]の著者でもある宮沢洋さん)
パラレルラインの日本像
隈さんは『日本の建築』の「はじめに」で、「この国の(建築の)歴史を眺めれば、そこにシングルラインでは記述しようのない多様性があり、複線性に溢(あふ)れているのは明らかである」と書かれています。私は社会人になってから建築を学び始めたので、隈さんが指摘されたようなシングルラインの建築史には違和感があり、本書を読んで、「こんなふうに自由に建築を見てもいいんだ」と励まされました。
隈研吾さん(以下、隈) それはよかった。日本の建築の場合には、シングルラインといっても、モダニズムと和という二つのシングルラインがあって。それぞれが家元的に、閉鎖的に、排除的に、進化していきました。僕はそれを破壊してナマモノとしての日本建築論を書いて、日本建築に自由を持ち込もうと思ったんです。
今日は、隈さんの8年にわたる執筆を後押しした本も教えていただけたらと。
隈 はい、3冊選んでおきました。1冊目は歴史家の網野善彦さん(1928~2004年)が書かれた『 日本の歴史をよみなおす(全) 』(ちくま学芸文庫)です。
「日本は農業中心の社会だった」という世間一般のイメージがどうつくられていったかを解き明かす本ですね。
隈 網野さんのこの本は、日本中が稲作中心で、神道だった、みたいなシングルラインの日本像を根底から覆し、パラレルラインの日本像を示してくれました。いろいろな畑作もあったし、移動する職人も商人もいたし、日本をにぎやかで楽しい場所として再定義してくれた。そういう意味ですごく勇気を与えてくれた本です。
網野さんにはお会いしたことが?
隈 直接はありません。網野さんの甥(おい)にあたる中沢新一さんからいろいろなエピソードを聞きました。それで網野さんに興味を持った。中沢さんとは愛知万博(2005)のイニシャル・コンセプト作りを一緒にやって、「自然の叡智」というコンセプトを立ち上げて盛り上がったわけですが、そのときの自然は柳田国男的、稲作的自然を超えた自由な自然を思い描いていました。僕は原広司(建築家)の柳田好きの影響もあって、ずっと柳田国男の民俗学を愛読していたので、この本を初めて読んだときには、目からウロコで非常に新鮮でしたね。もちろん柳田にも、官僚と民俗学者という二人の自分に引き裂かれた面白さはあります。それも網野という補助線を引いて見えてきた柳田の二面性です。
『日本の歴史をよみなおす(全)』文庫版の「あとがき」には、「もしもこの書を読んで、あらためて日本の社会のあり方について、『常識』に安易に従うのでなく、自分の頭で考え直してみようとする若い人が1人でもふえれば、まことに幸せである」とあります。隈さんの本は、まさに網野さんの思いに突き動かされたものにも思えます。
隈 そうかもしれません。
近代批判のバックボーン
2冊目は?
隈 上野千鶴子さんの『 近代家族の成立と終焉 新版 』(岩波現代文庫)です。上野さん(1948年生まれ)は、僕と同世代で、理論的なバックボーンをもらったのが上野さんだった。『 家父長制と資本制 マルクス主義フェミニズムの地平 』(岩波現代文庫)にも大きな影響を受けていますが、これは他でもよく挙がるので、今回はその論を進めた『近代家族の成立と終焉』にしました。
上野さんにどんな影響を?
隈 モダニズムの住宅が、要するに“販売可能な小さな建築”だという意味で、資本主義とくっついていたということを、最初に僕にはっきり教えてくれたのは『家父長制と資本制』でした。
僕は1980年代の終わりにニューヨークで『10宅論 10種類の日本人が住む10種類の住宅』(ちくま文庫)を書いて、帰ってきてすぐに出版したんです。そのときは、自分の中のコンクリート打ち放し住宅の神格化に対しての疑問やストレスを晴らすつもりで書いていたわけです。
それを読んだ上野さんが僕を社会学のシンポジウムに呼んでくれた。梅棹忠夫さん(人類学者、1920~2010年)も登壇するシンポジウムでした。そこで、上野さんの日本の家父長制批判の考えであるとか、その原型が梅棹忠夫さんの専業主婦批判にあったとか、そういうことを知りました。上野さんとはそれまで面識がありませんでしたが、『10宅論』の中に近代批判に通じるものを読み取ってくれたわけで、僕にとっては大きな出会いになり、そのあとも友人関係が続きました。
当時、『10宅論』の中の安藤忠雄分析(安藤忠雄氏の人気はコンクリート打ち放しという「貧しさ」によって金持ちに精神的免罪符を与えながらも、空間の抽象性とたぐいまれな素材感覚から「貧乏くさくない」と感じさせるもので千利休に通じる、という分析)をとても面白く読みました。あれはストレス解消だったのですね。
隈 ある意味仕事のなかった自分の憂さ晴らしをしているだけでした。だからその背後に歴史観とかいったものは全然見えてこない。そのシンポジウムに参加して、上野さんの著作を読んで、自分がコンクリート打ち放しモダニズムの建築家たち全般に対して感じていたうさん臭さは「そういう社会学的な理屈で説明できるんだ」と気づいたわけです。上野さんは僕にとって恩人みたいな人です。
取材・文/宮沢洋 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子
“隈建築”はどのようにして進化を遂げたのか、それぞれの面白さをキーワードで分類し、イラスト豊富な図鑑形式で紹介します。建物それぞれについては、デザイン面や技術面での専門的な解説を加えました。巻頭、巻末には隈氏本人のロングインタビューも収録。
宮沢洋著/日経BP/2640円(税込み)



