日本を代表する建築家、隈研吾さんが『 日本の建築 』(岩波新書)を執筆するにあたり、影響を受けた本の3冊目は『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』。学生時代、内田祥哉(よしちか)と鈴木成文(しげぶみ)は、隈さんにとって天敵のような存在だったという。しかし、彼らの中にモダニズム批判の視座を見つけるにつれ、この2人が自分を育ててくれたのではと思い至ったという。連載第3回。(聞き手は元「日経アーキテクチュア」編集長で『 隈研吾建築図鑑 』[日経BP]の著者でもある宮沢洋さん)。

建築構法学の創始者

『日本の建築』執筆にあたって、影響を受けた本の3冊目は建築の専門書です。2017年刊行と比較的最近の本ですね。

隈研吾(以下、隈) はい。『 内田祥哉 窓と建築ゼミナール 』(内田祥哉著/門脇耕三、藤原徹平、戸田穣、YKK AP 窓研究所編/鹿島出版会)を選びました。

内田祥哉さん(1925~2021年)のことは、建築関係でない方はあまり知らないと思います。内田さんは昭和を代表する建築家の1人で、建築構法学(構造物をどのように施工するかという方法論の研究)の創始者でした。隈さんも東京大学時代に学ばれています。この本は内田さんが生前に、窓と構法について、若手の建築家たちと議論した本ですね。

 日本建築論を書き直してみようということになったときに、近代建築批判と日本建築を結ぶピボット(回転軸)みたいな役割を果たしているのが、内田祥哉や鈴木成文(建築計画学の学者で公営住宅の標準型「51C」の設計にも参加、1927~2010年)のような学者ではないかとある日思いあたったんです。彼らはダサかったのではなくて、その当時のモダニズムや、磯崎新さんがリードしていた時代の流行に対して批判的な、確実な視座を持っていた学者ですね。

『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』(内田祥哉著/門脇耕三、藤原徹平、戸田穣、YKK AP 窓研究所編)
『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』(内田祥哉著/門脇耕三、藤原徹平、戸田穣、YKK AP 窓研究所編)
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当時はダサく見えたけれど

モダニズムに対して批判的とは?

 彼らは、モダニズムの正統に位置するル・コルビュジエの方向にも行かないし、共産主義的な方向にも行きません。その間の人間の生活に密着したところで何か建築の面白い可能性を探そうとしたのが内田先生や鈴木先生だったと、僕は今回書きながら発見をしていきました。

 『日本の建築』の中にも書きましたが、学生時代、内田先生や鈴木先生は僕の作品に対していつも批判的で、天敵でした(笑)。当時僕が憧れていたのは、やっぱり磯崎新さんのようなデザイン重視の建築でしたから。僕はその浅はかな弟子に見えたんでしょうね。

天敵とはあんまりな……。

 僕だけじゃなくて、当時の東大のデザイン志望の学生は、みんなそういう感じで彼らを見ていました。なんてダサいことをやっているんだろうと。モダニズムの最先端に乗り遅れた変なおやじたちっていうふうに思っていました。ところが、だんだんとあの2人の背後の思想の確実さ、真の意味でのヒューマニズムが見えてきたんです。

「学生時代はダサいと思っていた先生が、偉く思えてきました」と話す隈研吾さん
「学生時代はダサいと思っていた先生が、偉く思えてきました」と話す隈研吾さん
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若い世代に内田祥哉再発見の動き

彼らの何が自分を育てたと思うようになったのですか。

 彼らは、モダニズムが実際の人間の生活とどう関係があるの? というところを言っていたわけです。内田先生が立ち上げた建築構法学でいえば、建築の構造をどういうふうにつくるかということは、結局、建築現場における人間の生産行為に結びついています。一方で、機能主義とかモダニズムとか言っているものは、実際には世の中のクラフトマンシップとは無関係に、自分たちをどんどんピュアな世界に閉じ込めている。そういうことに対する批判を、内田先生は具体的な事例を通じてユーモアたっぷりに教えてくれた。

 同じように建築計画学の鈴木先生も、モダニズムに対して終始批判的な精神を持ち続けた人だったと思います。

2人をそういうふうにはこれまで見ていませんでした。

 そのことを僕だけが感じていたのではなくて、この本を書く前から、若い人たちの中に「内田祥哉再発見」みたいな動きが生まれていることをしばしば感じていたんです。

隈さんが学生時代、内田先生をダサいと思っていたというのは、今の学生にも勇気を与えますね。そんなエピソードも含めてかなり刺激的な内容の『日本の建築』なのですが、「けしからん」という声はありませんか。

 いいえ。今のところは。歴史家の方からは、「日本建築史の書き方として斬新だ」とか、今話したような「内田祥哉・鈴木成文に光を当てたところが画期的だ」「歴史家には絶対書けない本だ」、そういう声が届いています。

『日本の建築』(隈研吾著)
『日本の建築』(隈研吾著)
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意外に批判しづらい内容なのでしょうか。

 どうなんでしょう。さきほど、国立競技場の設計が始まったことが執筆のきっかけだったと言いましたが(連載第1回「 隈研吾 『和の大家』という呼ばれ方に反論したかった 」)、僕はこの8年間に国立競技場の件で磯崎新さんなどから徹底的に批判されました。ものすごく辛辣に言われたので、かえって吹っ切れました。『日本の建築』はそうした磯崎さんの隈批判に対する正面切っての反撃として書いたものなので、もはや批判されることを恐れない心境から書き切ってみたわけです。

取材・文/宮沢洋 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子

M2から国立競技場まで、日本を代表する建築家の進化をたどる

“隈建築”はどのようにして進化を遂げたのか、それぞれの面白さをキーワードで分類し、イラスト豊富な図鑑形式で紹介します。建物それぞれについては、デザイン面や技術面での専門的な解説を加えました。巻頭、巻末には隈氏本人のロングインタビューも収録。

宮沢洋著/日経BP/2640円(税込み)