世界一に輝いたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のメンバーは所属チームに散り、いよいよプロ野球のリーグ戦が開幕。プロ野球には、以前と比べて、技術や戦術が進化している部分が多くあります。今回は、2番打者の役割の変化やバッティングの進化などを取り上げます。日本のプロ野球球団やメディアなどに精緻なデータを提供してプレーの分析を行う企業、データスタジアムの山田隼哉アナリストに聞きました。

なぜ2番に強打者を置くようになったのか

かつて2番打者といえば、打率は低くてもバントがうまいつなぎ役、というイメージでしたが、最近は強打者が入るケースもありますね。なぜ変わったのでしょうか。

 メジャーリーグではもともと2番に最強打者を置くという考え方がありました。日本のプロ野球で大きく変わる分岐点になったのは、2015年のシーズンでしょう。この年、セ・リーグは東京ヤクルトスワローズが優勝しましたが、主に2番に入ったのが川端慎吾選手でした。足はそれほど速くないし、バントもしないのですが、出塁率が非常に高い。この年の首位打者ですからね。その結果、チームの得点力が増したのです。この成功は、各球団の打順に対する考え方に少なからず影響を与えたはずです。

 データ的にも、その正しさは実証されています。単純な話ですが、年間を通して考えると、上位打線のほうが打席に入る回数は多くなりますよね。ならば、なるべく出塁率が高い、もしくは長打力がある打者を上位に並べたほうが、得点力は上がるはずです。反対にいうと、例えば強打者を6番に入れるのは損ということです。せっかく打つ可能性が高いのに、打席に入る回数が減りますから。1試合で見れば1打席の差ですが、年間で見ればけっこうな差になります。

第3回 「WBCでも注目 捕手の評価を一変させたスキルとは?」 で、トラッキングデータを使うことでピッチャーの練習方法が劇的に変わったと伺いました。バッターについてはどうですか。

 やはりトラッキングデータを使うことで、スイングスピードやスイングの軌道などが数値化できるようになってきています。

 それによって、打者を結果だけで評価するのではなく、その結果が起きたプロセスまで科学的に分析できるようになりつつあります。どういう身体の使い方をしているか、きちんとバットの芯でボールを捉えているかまで分かりますから。メジャーリーグでは、打者として通用するために最低限必要なスイングスピードまで、具体的な数字として明らかになってきています。近い将来、マイナーリーグの選手に対して、「このスピードではメジャーに行けないよ」といった指導を行うようなことも考えられるでしょう。

 こうして「見える化」されることは、選手個人にとってもメリットはすごく大きいと思います。自分の課題が明確になって、どこを修正して、どこを伸ばせばいいかが見えてきますからね。これまでバッティングは、選手が自らの感覚に頼ってやっていた面がありましたが、データ活用が拡大することによって、今後、大きく進化することが期待されます。

データを超越することが一流選手

データでそこまで分かると、コーチの役割も変わりそうですね。

 変わりました。むしろ変わらなければいけないと説いているのが、WBCの投手コーチを務め、今年から千葉ロッテマリーンズの監督に就任した吉井理人さんの著書『 最高のコーチは、教えない。 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)です。

コーチの役割について解説する『最高のコーチは、教えない。』
コーチの役割について解説する『最高のコーチは、教えない。』
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 従来のコーチの指導は、自身の経験をもとに「こうしなさい」と選手に一方的に教えるのが一般的でした。しかしそうではなく、選手本人に自発的に考えさせることが大事だと。コーチはそのためのヒントを提供したり、プレーしやすい環境を整えたりして選手をサポートすることが仕事であると書いています。

 今は、データによって選手それぞれが自分の課題を発見しやすくなったわけですから、選手自身が考えて、試行錯誤しながら練習することはいっそうやりやすくなっていると思います。

 さらに、本書には、そのデータさえ超越して、自分の考えを優先していいんだという話も出てきます。野村克也さんにまつわるエピソードなんですけどね。

野村さんといえば、「ID野球」で有名です。データ活用の先駆者というイメージがありますが。

 実は、勘違いされている面があるというのです。ピッチャーの話ですが、例えば、ピンチに立たされたとき、相手バッターをどう攻めればいいかをデータとして知っていることは重要。それが安心材料になって、とりあえず落ち着くことができますから。しかし、ピッチャーはいつもデータ通りには投げられないので、イニングや得点状況にもよりますが、まずは自分が投げたいボールを投げればいいと吉井さんは教えられたそうです。

 ところが、「ID野球」が誤解されて浸透したため、データを頭に入れたキャッチャーが、ピッチャーにデータ通りに投げさせる風潮があるといいます。それは野村さんの本意ではなかったし、吉井さんももっとピッチャーが自分で考えて投げるべきだと主張しているわけです。

イチローさんも引退会見の席で、「最近の選手は頭を使わなくなっている。もっと使うべきだ」という趣旨の発言をしていましたね。

 サンディエゴ・パドレスのダルビッシュ有投手も同じようなことを言っています。チームにはデータアナリストがいて、相手打線について分析してくれると。しかしそれとは別に、本人も登板前にはデータをしっかり見て、自分なりに試合のプランニングをするのだそうです。

 データというのは両刃の剣なんですね。合理的な最適解を出してくれるので、コーチやアナリストがそれに基づいて指示を出し、選手もそれに従うのがよいと考えることもできます。

 しかし、それだけでは、選手はもちろん、みているファンも面白くないですよね。データを踏まえた上で、もっと自分で考える選手が増えてほしいし、実際にそういう選手が活躍するプロ野球であってほしいと思います。

パ・リーグはセ・リーグより強いのか

日本のプロ野球では、一時、交流戦や日本シリーズの結果をもとに、「パ・リーグのほうがセ・リーグより強い」とよく言われていました。しかし、交流戦では、一昨年、昨年と連続でセ・リーグが勝ち越し、そのような話が消えた印象です。実際のところはどうなのでしょうか。

 どちらが強いかを判断するのは難しいのですが、1つのヒントになりそうなのが選手の平均年齢です。かつて、選手の全盛期は脂の乗った30歳以降と言われた時期もありましたが、今は違います。選手のパフォーマンスと年齢を照らし合わせると、野手のピークはだいたい27~28歳、ピッチャーはもっと若くて25~26歳であることが分かりました。その前提に立てば、より若い選手を多く出したほうが強そうですよね。

 それで調べてみると、かつてセ・リーグの選手の平均年齢はパ・リーグを上回っていました。例えば2007年のデータでは、セ・リーグのバッターは平均30.9歳、ピッチャーは29.4歳。パ・リーグのバッターは30.0歳、ピッチャーは28.0歳。つまりバッターで0.9歳、ピッチャーで1.4歳の差があったわけです。おそらくこれも、勝率と無関係ではないでしょう。

「データを踏まえた上で、もっと自分で考える選手が増えてほしい」と話す山田さん
「データを踏まえた上で、もっと自分で考える選手が増えてほしい」と話す山田さん
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なぜセ・リーグの選手の平均年齢が高かったのでしょうか。

 かつては、お金を持っているセ・リーグの球団がフリーエージェント(FA)になった選手を多く集めたことも一因でしょう。FAの資格を得た時点で全盛期を過ぎている可能性が高いわけですが、大金を払って獲得した球団としては活躍してもらわなければ困る。だから試合に出し続けることになり、結果的に高齢化したと考えられます。

 一方、FAで選手が去った球団では、若手選手がその穴を埋めることになりますね。年齢差が生まれたのは必然と言えるでしょう。それが勝率の差につながったのかもしれません。

 しかし、近年はセ・リーグでも世代交代が進み、パ・リーグとの年齢差はほとんどなくなっています。ピッチャーに関しては、セ・リーグのほうが若いぐらいです。確かに、村上宗隆選手(東京ヤクルトスワローズ)とか、高橋宏斗投手(中日ドラゴンズ)とか、若くして活躍している選手がたくさんいますよね。もはや年齢によるセ・パの戦力差はないと考えていいと思います。

取材・文/島田栄昭 写真/鈴木愛子