世界一に輝いたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のメンバーは所属チームに散り、いよいよプロ野球のリーグ戦が開幕。プロ野球には、以前と比べて、技術や戦術が進化している部分が多くあります。今回はピッチャーに焦点を当て、変化球や球速、配球、先発と中継ぎピッチャーの起用法などを解説。日本のプロ野球球団やメディアなどに精緻なデータを提供してプレーの分析を行う企業、データスタジアムの山田隼哉アナリストに聞きました。

なぜ変化球の種類は増え続けるのか

最近の日本のプロ野球をみていると、かつてはなかった変化球の名前が登場しています。例えば、「ツーシーム」や「カットボール」です。これらはどういう変化球ですか。

 決して新種の魔球ではありません。乱暴な言い方をすると、まずツーシームは昔からある「シュート」の呼び名が変わっただけ。握り方はほとんど一緒で、軌道としては右ピッチャーであれば右方向に曲がっていきます。アメリカではずっとツーシームと呼ばれていて、その文化が日本に入ってきた。ただし、今でもシュートと呼ぶピッチャーはいます。それぞれの選手が呼びたいように呼んでいる感じですね。

 カットボールもそうです。分類としては右ピッチャーであれば左に曲がる「スライダー」ですが、もう少しスピードが速くてストレートに近い軌道のボールをアメリカではカッターとかカットファストボールと呼んでいた。その影響ですね。

最近になって新しく生まれた変化球はありますか。

 変化球そのものが増えているというよりは、それをどう分類して命名するかですね。今はトラッキングによってボールの変化量を細かく分析できます(第3回 「WBCでも注目 捕手の評価を一変させたスキルとは?」 参照)。右方向や左方向、あるいは縦方向にどれだけ変化しているかを、数値として出せる。それをみて、このあたりの変化量のボールをこう呼ぼうと決めているわけです。

 例えば、昨年出てきた新しい呼び方の球種に、「スウィーパー」があります。通常のスライダーよりも大きく横に曲がる変化球で、近年のメジャーリーグでは有効だということが分かってきた。それで投げるピッチャーが増えてきたので、何か名前をつけたほうがいいだろうとなったわけです。

ピッチャーの球速が上がった理由

20年ぐらい前より、ピッチャーの球速が上がっている気がします。

 実際にそうなんです。1990年代ぐらいまでは、1軍のピッチャーのストレートの球速は145キロでも十分速いぐらいでした。しかし今では、150キロを超えるピッチャーがどのチームにもたくさんいる。右ピッチャーの平均で146~7キロぐらいです。もう145キロを下回るピッチャーは苦しい時代になってきています。よほどコントロールがいいとか変化球がいいとか特徴がない限り。

なぜ速くなったのでしょうか。

 理由は大きく2つ考えられます。1つはウエートトレーニングの成果。以前に比べて、プロ野球選手の身体はひと回り大きくなりました。それは、フィジカルに対する考え方やトレーニングの方法が大きく変わったからです。これは、サンディエゴ・パドレスのダルビッシュ有投手がかねて提唱し、実践してきたことですが、パフォーマンスを向上させるためには身体を鍛えて大きくすることが欠かせないと。その影響を、若い選手を中心に強く受けているのだと思います。

 もう1つは身体の科学的な動作解析が進んだためでしょう。以前は、ピッチャー個々人の身体能力や努力に委ねられていました。しかし今は、こういう投げ方をすればより速い球になるということが解明されてきたのです。

 だから、それを踏まえてこういうトレーニングをしようとか、投げ方をこう変えようということができるようになった。その恩恵を受けているのはプロだけではありません。アマチュアの選手もそうで、今や高校生でも140キロを投げるピッチャーは珍しくありません。

「ピッチャーの球速は上がっています」と話す山田さん
「ピッチャーの球速は上がっています」と話す山田さん
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「3球勝負」が増えた背景

配球も以前よりずいぶん変わったような気がします。「とにかく低めに」というのがこれまでのセオリーだったと思うのですが、最近は、狙って高めのストレートを投げて空振りを取るシーンを目にします。

 タイプにもよりますが、高めのストレートを増やしているピッチャーは一定数います。平良海馬投手(埼玉西武ライオンズ)などはその典型でしょう。自身のボールの性質上、それが最も空振りを取りやすいそうです。

 実際、ストレートは高めのほうが有効という認識は、以前からメジャーリーグでは一般的でしたが、日本のプロ野球にも徐々に浸透しています。第1回 「WBCでバントや盗塁の『スモール・ベースボール』は有効か」 でもお話しした通り、「フライボール革命」でアッパースイングのバッターが増えていますからね。

セオリーといえば、カウント0-2(ノーボール、2ストライク)から1球外すというパターンが減っていませんか。

 そうですね。1球外すことにあまり意味はないという考え方が浸透し、3球勝負の割合は年々上がっています。そもそもなぜ1球外していたかというと、チームによっては「0-2からヒットを打たれたら罰金」といったルールを設定していたからだといわれています。日本ではプロセスを大事にする傾向があり、4球目で勝負するのが定石という発想だったわけです。

 しかしこれは、手段が目的化していますよね。バッターを抑えることが本来の目的なのだから、勝てると思うなら3球で勝負してもいいじゃないかということです。

優勝の行方は「中継ぎ投手陣」次第

近年、先発ピッチャーは100球まで、という考え方が定着しています。

 確かに、日本のプロ野球における先発投手の平均投球回は年々下がり続けています。一方、メジャーリーグではもっと複雑な管理を行っています。第3回 「WBCでも注目 捕手の評価を一変させたスキルとは?」 でご紹介した本『 ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法 』(トラヴィス・ソーチック著/桑田健訳/KADOKAWA)によれば、球数のみならず、投げた球種や緊迫した場面での投球回数などから先発ピッチャーの疲労度を分析し、降板のタイミングを決めたり次の登板日を調整したりしていたそうです。

データを活用して躍進したピッツバーグ・パイレーツを描いた『ビッグデータ・ベースボール』
データを活用して躍進したピッツバーグ・パイレーツを描いた『ビッグデータ・ベースボール』
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 また、早めの継投は、ピッチャーの肩や肘への配慮だけではなく、バッターとの対戦を有利にするためという意味もあります。先発は、投げ続ければ1人のバッターと3~4回は対戦することになります。データを分析すると、だいたい3巡目以降になると打たれる割合が上がることが分かってきました。ピッチャーは疲れてくるし、バッターは目が慣れてくるので当然かもしれません。

 では、3巡目に入るタイミングはいつかというと、だいたい5回前後。なので、先発をいつまでも引っ張るのではなく、早めに交代して失点の芽をつんでおこうという考え方が浸透してきているわけです。

そうすると、中継ぎピッチャーの負担がずいぶん増えたのでは?

 増えましたね。特に勝ち試合が多いチームは、勝ちパターンの中継ぎピッチャーが何日も連投することがあります。しかし、シーズンを通して考えると得策ではないと分かってきました。春先に調子がよくて酷使されたために、夏から秋にかけて疲れが出て成績を落としたり、翌年に響いたりすることがありますからね。

 そこで最近は、例えば2連投したら1日休ませるとか、ある点差以内になるまでは勝ちパターンの継投をしないとか、ブルペン全体の負担は上がっても、個人の負担は分散させるようにしています。2021年、22年と2年連続でリーグ優勝した東京ヤクルトスワローズもオリックス・バファローズも、そうしたチーム方針を見て取ることができました。

反対に言うと、粒ぞろいの中継ぎピッチャーをそろえられないチームはなかなか強くなれないということでしょうか。

 そうですね。いくら勝ちパターンがしっかりしていても、その他が弱い投手陣では1年間、戦い続けることは難しいでしょう。また、1シーズンだけではなく、長期的な視点で中継ぎピッチャー全体を育てなければいけない時代になっています。そういうことのできるチームが勝っていくと思いますね。

「ブルペン全体の負担は上がっても、個人の負担は分散させるようにしています」
「ブルペン全体の負担は上がっても、個人の負担は分散させるようにしています」
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取材・文/島田栄昭 写真/鈴木愛子