人は聞きたい情報だけを聞き、それ以外を無視しようとする──。これは「確証バイアス」と呼ばれるもので、意思決定を誤った方向へ誘導します。その確証バイアスの罠(わな)に落ちた実例を『 賢い人がなぜ決断を誤るのか? 』の一部を抜粋・再構成して解説します。
石油を発見する画期的な方法が?
1975年、第1次オイルショックをきっかけに、フランス政府は省エネルギーを奨励する広告キャンペーンを始めた。スローガンは、「フランスに石油はないが、アイデアはある」。同じ年、2人の男がフランスの国有石油企業エルフ・アキテーヌを訪れた。彼らに石油業界での経験はなかったが、掘削せずに地下の石油を発見する画期的な方法を考案した、と主張した。その方法とは、特別な機械を装備した飛行機が空から石油を「探知する」というものだった。
もちろん、その「自称テクノロジー」はいかさまであり、だましの手口は、あらかじめ石油が埋蔵されていることを示す画像を作成しておいて、試験飛行中にリモコンでその画像をスクリーンに映し出すという単純なものだった。
ばかげた話だと誰もが思うが、エルフ・アキテーヌでは、研究開発部門の科学者からCEOまでが、その話を真に受けた。さらには、フランスの首相と大統領を説得して、この新手法の試験に莫大な資金を投入することを承認させた。しかも、この詐欺は4年以上続き、同社に約10億フランの損害を与えたというから驚かされる。1977年から1979年までに同社が詐欺師に支払った総額は、支配株主であるフランス政府に支払った配当金を上回った。
これほどあからさまなペテンに、なぜフランスを代表する企業の経営陣だけでなく、フランス政府までもが引っかかったのか。石油を探知する飛行機を信じるとは、どこまで愚かなのか。重責を担うビジネスエグゼクティブがこんな途方もないホラを信じるなんて、通常では考えられない!

歴史は正確に繰り返された
それとも、引っかかるものなのだろうか。ここで30年後の2004年まで、時計の針を一気に進めよう。今回の場所は米国カリフォルニアだ。テラリアンスという名のスタートアップが、資金を調達しようとしている。創設者のエルレンド・オルソンに石油業界での経験はなかった。彼は元NASAのエンジニアだ。そして資金調達の目的は何か。皆さんのお察しの通り、「飛行機から石油を探知する技術を完成させる」だった。
場所と役者が違うだけで、あとは同じだ。今回だまされたのは、ゴールドマン・サックス、ベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンスなど、そうそうたる投資会社だった。
「発明家」オルソンには、テキサスのカウボーイを思わせる武骨な魅力があった。投資された金額は、インフレの影響を調整すると、エルフ・アキテーヌの場合とほぼ同額の5億ドル。歴史は正確に繰り返された。エルフの時と同じく、実験は全くの期待外れに終わった。当然ながら、飛行機から石油を「探知する」のは不可能だ。
重大な意思決定を前にすると、聡明(そうめい)でその道に精通し、経験豊かなプロフェッショナルでも、なぜか目が曇ってしまうことがある。そうなったのは、運を天に任せて無謀なリスクを冒そうとしたからではない。どちらの「石油探知」案件でも、投資家たちは十二分に注意を払った。しかし、事実を厳しく精査しているつもりでも、投資家たちはすでに結論を出していた。なぜなら、投資家たちは、ストーリーテリングの呪いをかけられていたからだ。
人間は生来、ストーリーを求めている
ストーリーテリング・トラップは、日常的なものを含む、あらゆる種類の経営上の意思決定について、私たちの思考を脱線させる。誰かからよくできた話を聞かされると、人はそれを裏づける要素を探し始める傾向があり、それらを探し当てる。
ストーリーテリングの力が強いのは、人間は生来、ストーリーを求めるようにできているからだ。ナシーム・タレブが『ブラック・スワン』で記した通り、「私たちの心は素晴らしい説明機械であり、ほぼすべてのことに意味づけをすることができて、あらゆる現象を説明しようとする」。
私たちをストーリーテリングのトラップに陥れる精神的メカニズムには、確証バイアスという、よく知られた名前が付いている。持論を支持する情報に注目し、反証となる情報は無視しようとするバイアスで、推論のミスを引き起こす原因の1つだ。
確証バイアスは政治の領域で強く働く。ソーシャルメディアのユーザーは、自分と興味・関心が似通った人の投稿をよく読む。それらは自分の意見と一致しやすいので、自分の意見が強化される。これが今ではおなじみの「エコーチェンバー」「フィルターバブル」と呼ばれる現象だ。
加えてソーシャルメディアは、誤った情報や誤解を招く情報、いわゆる「フェイクニュース」を拡散する。確証バイアスの影響を受けやすいユーザーが、自分の信念と一致するフェイクニュースを額面通りに受け取るのは当然だ。また、確証バイアスは、政治に関する意見だけでなく、科学的な解釈にも影響する。話題が気候変動に関して、あるいはワクチン接種や遺伝子組み換え作物に関してでも、私たちは、自分の意見の裏づけになる情報は無批判に受け入れるが、持論と対立する情報に対しては無視しようとする。
このトラップに陥るのは、鈍感で、注意散漫で、思慮に欠け、政治的に偏った人であり、要は教育や知性の問題だ、と思う人がいるかもしれない。だが、それは全くの誤りで、マイサイド・バイアスは知性とはほぼ無関係だ。
まず、明白なことから述べよう。ここで論じているリーダーは愚かではない。愚かどころか、失敗の前、場合によってはそのあとでも、非常に有能な経営者と見なされてきた。エルフ・アキテーヌの経営陣は実力主義のフランス社会で勝ち抜いてきた面々であり、世間知らずのはずがない。ゴールドマン・サックスやクライナー・パーキンスの投資家にしてもそうだ。
したがって、私たちは、それらを例外として片づけるのではなく、シンプルにこう自問すべきだ。「厳選されたチームに囲まれ、実績のある組織を率い、広く称賛されている意思決定者が、私たちには雑に思えるトラップになぜ陥ったのか」。それに対するシンプルな答えは、「素晴らしいストーリーに心を奪われると、確証バイアスが抑えられなくなる」ということだ。同じことは、ほかのバイアスについても当てはまる。
ストーリーを信じたくなると、もう止まらない
石油探知飛行機をめぐる2つの物語に戻ろう。1975年と2004年の詐欺は、詳細は異なるが、腕の立つ自称「発明家」が、よくできた話でカモをだましたという大筋は同じだ。
1975年、フランスは第1次石油危機に見舞われていた。「発明家」はエルフ・アキテーヌと国に、エネルギー面での自立を約束した。フランスにはエアバスと世界をリードする原子力計画と、革新的な高速鉄道TGVがあり、自国の優れたテクノロジーとその将来性を信じていた。世界の誰も見つけていない、想像さえしていない革命的なテクノロジーをフランスが考案して、かつての栄光を取り戻すストーリーである。加えて、エルフ・アキテーヌの会長がかつて防衛大臣だったことを知る詐欺師たちは、自分たちのテクノロジーを軍事利用する可能性もちらつかせた。地中の石油を空から見つける技術を使えば、海中の戦略型原子力潜水艦を見つけられるかもしれない――。
この自称発明家に工学的スキルはなかったが、あることに秀でていた。それは観客にアピールするストーリーの構築だ。当時の状況において、彼らが語るストーリーには抗しがたい魅力があった。のちにエルフ・アキテーヌの会長が告白したように、「それを信じようとする全体的なムードに誰もが取り込まれた。そのせいで、疑念を抱く人々は、それを口に出せなかった」。
標的とする観客に合わせてストーリーを変えるというスキルは、2004年の「リメイク」においても顕著だった。この時、発明家たちは「石油とガス業界のグーグル」を生み出す「革命」を投資家たちに約束した。まさに2000年代初頭の野心的な投資家が夢見たストーリーだった。すなわち、「(規模の大きな)業界全体に革命を引き起こす破壊的なテクノロジー」だ。
この観点から見れば、あらゆる弱点は強みになり、あらゆる危険信号は青信号になる。オルソンが石油について何も知らないことを投資家は心配すべきだったのではないか。「いや、そうではない。画期的なイノベーションというのは、業界内部からではなく、新しいビジョンを持つ破壊的な起業家からもたらされるものだ!」。専門家のほぼ全員が、非常に懐疑的だったという事実についてはどうか。「それは、むしろ有望案件の素晴らしい兆候だ。テラリアンス(オルソンの会社)はこの保守的で無気力なセクターに嵐を巻き起こすに違いない!」
あなたが素晴らしいストーリーを信じたくなると、もう止まらない。この投資で財産の一部を失い、ようやく夢から覚めた投資家の1人はこう語った。「空からそんなデータが取れるなんて、私には信じられなかった。しかし、彼らの話を聞き終えて、私はこう言った。『なるほど! 検討してみよう』。結局のところ、大昔からあった手口で、カリスマ的な人物が、信じたくてたまらないストーリーを引っさげてやってきたというだけのことだ」
[日経ビジネス電子版 2021年7月14日付の記事を転載]
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オリヴィエ・シボニー(著)、野中香方子(訳)、日経BP、2200円(税込み)